創設から44年、国民栄誉賞は1976年の第1回・王貞治から、直近2016年の伊調馨まで11人と1チームが受賞してきました。

この12の個人とチームが、国民栄誉賞にふさわしい日本国民に深い感動を与えてくれた素晴らしいアスリートであることは間違いありません。

その一方で、国民を熱狂させ大きな業績を残しながらも、国民栄誉賞を贈られることがなかったアスリートも数多く存在します。

そんな、ときの政権に愛されなかった?悲運の?アスリート10人を振り返ります。

ここでは受賞のオファーを断った福本豊やイチローは含みません。

①大場政夫

②輪島功一

③具志堅用高

④中嶋悟

⑤荻原健司

⑥野茂英雄

⑦松坂大輔

⑧野村忠宏

⑨村田諒太

⑩ブレイブ・ブロッサムズ

【6月4日修正】↑この10傑は時系列ですが、独断と偏見でランクすると1位:野茂、2位:村田諒太、3位:野村忠宏、4位:具志堅用高、5位:ブレイブ・ブロッサムズ、6位:中嶋悟、7位:荻原健司、8位:輪島功一、9位:大場政夫、10位:松坂大輔。

ここに「沢村忠」を入れるとなると、 松坂をランクアウトするしかありません。

そして、沢村が10位は、ないです。 「日本列島を熱狂させた」 というなら2位でも差し支えないかもしれません。

ただ、私は当時の熱気を知りません。そして、なによりも(ボクシングと比べると)キックに深い思い入れがありません。 沢村は6位ですかね…。

…とここまで書いて、ふと我に帰りました。

そもそも沢村は1976−2020の「国民栄誉賞があったけど、もらえなかったグレート」に該当するのかどうか?

むしろ「〝紀元前〟国民栄誉賞」 で「あったらもらえてた可能性大」に該当するかもしれません。

いずれにしても沢村忠は、泥酔な私にとって死角でした。 
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ボクシングのステイタスが今よりもはるかに高かった時代でも、大場と輪島のステイタスは別次元でした。

具志堅用高は防衛記録を伸ばすたびに総理大臣から祝辞をもらい、総理官邸へ表敬訪問もし〝内定〟と思われた時期もありましたが「ボクシングは若い人や女性の支持が少ない」という理由で見送られてしまいました。

F1ドライバー、中嶋は当時世界で最も華やかな舞台で戦う日本人でした。

荻原健司は〝宇宙人〟と呼ばれるほど別次元の強さで、国際ルールを変更するほどに欧州を震撼させました。

野茂はいわずもがな。

松坂の新人時代、あの過熱っぷりは異常でした。

野村と村田はやってのけたことの難易度だけなら、尋常なレベルではありません。

大きな感動を広く巻き起こしたという点では、ラグビーW杯は満点評価でしたが、No.1になれなかったことが受賞を逃した最大の原因でしょう。

優勝していたなら、文句なしの国民栄誉賞でした。

他にも偉大なアスリートがたくさんいると思います。

異論反論、大歓迎です。