偉大な選手は、指導者には向かない。
これはボクシングに限らず、あらゆるスポーツで共通して語られている定説です。
4月になってからも白井・具志堅スポーツジムでは日本ジュニアフライ級王者・高橋悠斗が「コロナで試合の見通しが立たないこと」から引退してしまいました。
高橋は3月にK&Wジムから白井・具志堅に移籍したばかりでした。
比嘉のように、白井・具志堅との間に行き違いがあったのかどうかはわかりませんし、何よりこのご時世ですから、高橋の気持ちが切れたのも理解できます。
それでも、文字通りの非常事態とはいえ、現役の日本王者が大手ジムを離れるばかりか、引退するというのは異例のことです。
古い話を蒸し返すのは気が引けますが、名護明彦もまたこのジムで才能を潰されたと見る向きがある1人でした。
日本のジム制度は、欧米とは違います。欧米で例えると「トップランク・ジム」や「ゴールデンボーイ・プロモーションズ ジム」の〝一括型〟が日本の常識です。
ただ、システムこそ違え trainer が担うべき役割は、世界共通です。
Gonzalez wanted to do it for his mentor, the late Alexis Arguello. (ローマン)ゴンザレスは彼のmentorであるアレクシス・アルゲリョに(4階級制覇を)捧げたかったのだ。
その理由は、①自分のやり方がベストだと信じ込んでいる②うまく出来ない人の気持ちがわからない③自分に厳しかったのと同様に他人にも厳しい④自分の時代が最もレベルが高かったと信じている⑤教えてやるという目線で選手を見下す⑥黒子の仕事なのに周囲がチヤホヤする⑦偉大な元選手が指導者として失敗すると目立つ…もう、いくつも思い浮かびます。
しかし、全ての理由は一点に集約されます。
とどのつまりは「自身の成功体験があまりに巨大であるが故にそこから離れて物事を考えることが出来ない」ということに尽きるのです。
とどのつまりは「自身の成功体験があまりに巨大であるが故にそこから離れて物事を考えることが出来ない」ということに尽きるのです。
今年3月13日、白井・具志堅スポーツジムは比嘉大吾との契約を更新しないと発表しました。
プロ野球でいうなら比嘉がFA宣言した格好で、JBC加盟のジム移籍を模索することになります。
一昨日、沖縄タイムスが横浜で練習中の比嘉を取材。「野木丈司との師弟コンビを復活させ、大湾硫斗も含めた3人で近くスポーツマネジメント会社と契約し、新興のジムで再スタートを切る予定」と報じました。
「この度、本人の希望により比嘉大吾は2020年3月11日の契約更新を行わず、この日をもって弊ジムを離れる事となりました。昨年夏、もう一度白井・具志堅スポーツジムで試合がしたいと本人たっての願いでジムに戻ってまいりましたが、このような結果となりました」(白井・具志堅スポーツジムの公式HP)ということで「本人の希望」を尊重した形です。
これまで、ボクサーの移籍には所属ジムの会長の了承や移籍金が発生するなど〝業界の慣習〟が存在、芸能界の事務所移籍並みの非常に厄介な〝不文律な問題〟が山積。
しかし昨年、最大3年の契約期間を満了すれば、所属ジムの会長の承諾なしに移籍することが可能となり、移籍金が発生しない「統一契約書」が導入され、選手は契約満了日の2か月前から更新を拒否することができ、他のジムとの交渉も自由に行うことができることになりました。
これまで、ボクサーの移籍には所属ジムの会長の了承や移籍金が発生するなど〝業界の慣習〟が存在、芸能界の事務所移籍並みの非常に厄介な〝不文律な問題〟が山積。
しかし昨年、最大3年の契約期間を満了すれば、所属ジムの会長の承諾なしに移籍することが可能となり、移籍金が発生しない「統一契約書」が導入され、選手は契約満了日の2か月前から更新を拒否することができ、他のジムとの交渉も自由に行うことができることになりました。
プロ野球でいうなら比嘉がFA宣言した格好で、JBC加盟のジム移籍を模索することになります。
一昨日、沖縄タイムスが横浜で練習中の比嘉を取材。「野木丈司との師弟コンビを復活させ、大湾硫斗も含めた3人で近くスポーツマネジメント会社と契約し、新興のジムで再スタートを切る予定」と報じました。
「比嘉のマネージャーは具志堅。日本最高のボクサーの1人だ。比嘉は具志堅と同郷であり、2人の結びつきはダイアモンドよりも固い」(リング誌2018年5月号)。
4月になってからも白井・具志堅スポーツジムでは日本ジュニアフライ級王者・高橋悠斗が「コロナで試合の見通しが立たないこと」から引退してしまいました。
高橋は3月にK&Wジムから白井・具志堅に移籍したばかりでした。
比嘉のように、白井・具志堅との間に行き違いがあったのかどうかはわかりませんし、何よりこのご時世ですから、高橋の気持ちが切れたのも理解できます。
それでも、文字通りの非常事態とはいえ、現役の日本王者が大手ジムを離れるばかりか、引退するというのは異例のことです。
古い話を蒸し返すのは気が引けますが、名護明彦もまたこのジムで才能を潰されたと見る向きがある1人でした。
日本のジム制度は、欧米とは違います。欧米で例えると「トップランク・ジム」や「ゴールデンボーイ・プロモーションズ ジム」の〝一括型〟が日本の常識です。
ただ、システムこそ違え trainer が担うべき役割は、世界共通です。
優れた trainer に求められる要素は、大きく二つ。
mentorとmotivaterです。どちらも適切な訳が思いつきません。
まず、mentor。ケンブリッジ辞書では a person who gives a younger or less experienced person help and advice over a period of time, especially at work or school と説明されていますが、ボクシングのtrainer を語る場合は、これではあまりにも広義です。
Gonzalez wanted to do it for his mentor, the late Alexis Arguello. (ローマン)ゴンザレスは彼のmentorであるアレクシス・アルゲリョに(4階級制覇を)捧げたかったのだ。
この文章ではわかりにくいかもしれませんが、ボクシングファンが思い描くロマゴンから見たアルゲリョはまさにmentorでした。
mentorには先生、家庭教師、教育者、相談相手…いろんな日本語訳が思い浮かびはしますが、ことボクシングとなると teacherやtutor、educater、precepter、associate professorとは少しニュアンスが違います。
mentorには先生、家庭教師、教育者、相談相手…いろんな日本語訳が思い浮かびはしますが、ことボクシングとなると teacherやtutor、educater、precepter、associate professorとは少しニュアンスが違います。
先生よりも格上感のある師匠、masterも微妙なギャップがありますが、スターウォーズに登場するジェダイ・マスター、ヨーダのような存在なら、少し近づきます。
教育者であり、特性を見据えた個別の技術指導ができ、さらにはその分野については広大で深遠な知識を持っている。
エディ・ファッチやエマニュエル・スチュワードや、フレディ・ローチ、アベル・サンチェスらはまさにmentorといえます。
ローチが柔軟で汎用の利くmentorかといえば微妙ですから、彼は攻撃型のボクサーに向く特殊なengineerとカテゴライズした方がいいかもしれません。
エディ・ファッチやエマニュエル・スチュワードや、フレディ・ローチ、アベル・サンチェスらはまさにmentorといえます。
ローチが柔軟で汎用の利くmentorかといえば微妙ですから、彼は攻撃型のボクサーに向く特殊なengineerとカテゴライズした方がいいかもしれません。
そして、もう一つのtrainerの役割が motivater。こちらはカタカナでモチベーターと書いても、通じますね。
カス・ダマトやクーヨ・エルナンデス、最近ではエディとホセのレイノソ親子ら、選手にとってmentorというよりも〝血族〟的な信頼を寄せることが出来るのがモチベーターです。
カス・ダマトやクーヨ・エルナンデス、最近ではエディとホセのレイノソ親子ら、選手にとってmentorというよりも〝血族〟的な信頼を寄せることが出来るのがモチベーターです。
選手からの信頼が絶大な彼らが、マネジメントやプロモートまでを担うケースも珍しくありません。
カネロ・アルバレスのマッチメイクについて、ゴールデンボーイ・プロモーションズがレイノソ親子の意向に沿うよう気遣いしながら進めているのはその典型です。
カネロ・アルバレスのマッチメイクについて、ゴールデンボーイ・プロモーションズがレイノソ親子の意向に沿うよう気遣いしながら進めているのはその典型です。
〝血族〟的な結びつきですから、本物の血族のケースも数多くあります。
辰吉粂二から亀田史郎、井上慎吾に海外でもアナトリー・ロマチェンコらが挙げられます。
そのメソッドが、親族以外に応用する汎用性に欠ける傾向があるのは当然かもしれません。
マービン・ハグラーを生涯に渡って指導・マネジメントしたペトロネリ兄弟も血族以上に血族的なモチベーターでした。
辰吉粂二から亀田史郎、井上慎吾に海外でもアナトリー・ロマチェンコらが挙げられます。
そのメソッドが、親族以外に応用する汎用性に欠ける傾向があるのは当然かもしれません。
マービン・ハグラーを生涯に渡って指導・マネジメントしたペトロネリ兄弟も血族以上に血族的なモチベーターでした。
一方で、血族を超えてinstructor としての才能が溢れていたロジャー・メイウェザーやロベルト・ガルシアのようなケースもあり、彼らはモチベーターというよりも、汎用性が高いmentor の資質を色濃く持っています。
前置きが長くなりましたが、個人的にはtrainer と athleteに求められる資質に大きな違いがあるとは思えません。
前置きが長くなりましたが、個人的にはtrainer と athleteに求められる資質に大きな違いがあるとは思えません。
mentor であれmotivaterであれ、そこに元偉大な選手という誰も真似できない経験値が加味されることがマイナスに作用することは、本来ならありえません。
「自身の成功体験があまりに巨大であるが故にそこから離れて物事を考えることが出来ない」。
その壁がいかに高くて分厚いか、巨大な成功体験などしたくても出来なかった凡人には知る由もありません。
トレーナーと選手の関係ではありませんが、かつて薬師寺保栄がWBCバンタム級の5度目の防衛戦に臨むにあたって、尊敬していたファイティング原田に会う機会があったそうです。
「これに成功したら原田さんに並びますよ〜」と親しみを込めた薬師寺の言葉に、原田は「お前のと一緒にするな」と真顔で返され、非常に残念な思いをしたと語っていました。
「原田さんが別格なのはみんなわかってるし、だからこそ普通に励まして欲しかった」と。
原田もまた意識はなくとも、巨大な成功体験の壁を自ら築き上げてしまっているのかもしれません。
偉大な選手は指導者に向かない。
… その原因は「自身の成功体験があまりに巨大であるが故にそこから離れて物事を考えることが出来ない」というだけのことです。
… その原因は「自身の成功体験があまりに巨大であるが故にそこから離れて物事を考えることが出来ない」というだけのことです。
優れたアスリートは、間違いなく、誰よりも優れたトレーナーになれるはずなのです。
ただ、そのために超えなければならない壁は、彼らが現役時代に乗り超えて私たちを熱狂させてくれた壁よりもずっと高く分厚い壁なのかもしれません。
具志堅用高に優れたmentorやモチベーターの才能があるか(具志堅はmentorではなくモチベーターですが)?
あるいはそうなれるように、その壁を越えることが出来るように、現役時代のように奮闘努力しているか?
もしかしたら、そうではないのかもしれません。
しかし、全てのスポーツにおいてプレーするのは選手です。そこは離れてはいけません。
ボクサーで言えば、自分が目指すスタイルのためにどんな練習が必要か、どんなメソッドが有効かは自分で考えることです。
比嘉が減量で大きな過ちを犯したとき、世間の多くは具志堅を糾弾しましたが冗談じゃありません。
減量するのは比嘉です。失敗したのも比嘉です。
パッキャオが減量に失敗して、ローチやアラムを非難する人がいますか?減量してるのはローチじゃないし、ましてやアラムでもありません。
栄養・コンディショニングコーチが存在していても、全責任は選手にあります。
もちろん、自分が追求する理想とトレーナーの考え方に乖離を感じたら、それは話し合って妥協点を探るか、それともより有効なメソッドを持っていると感じた別のトレーナーを選ぶべきです。
そして、比嘉は後者を選んだということです。
あるいは、ゲンナディ・ゴロフキンとサンチェスのような「金の切れ目が縁の切れ目」という関係も全く分かりやすくて、納得できます。
いずれにしても、統一契約書ルールがようやく立ち上がった日本のボクサーはもっと独立しなければなりません。
タイソン・フューリーの独立性は、もう本当に素晴らしい。あいつにtrainerは必要なのか、と思うくらいです。それぐらいでないといけません。
打倒デオンティ・ワイルダーの鍵が攻撃にあると見るや、血族的な結びつきがあり〝成功路線を順調に走行中〟だったベン・ダビソンを切り、シュガーヒルを起用する。そして、ワイルダー戦が終わると再びダビソンと手を組む…。
なんという、冷徹な勝利第一主義。なんという一貫したプロフェッショナリズム。
日本のボクサーはもっと独立しなければなりません。
分かりやすく言えば、もっとしたたかに立ち振る舞うべきです。ベタベタしたしがらみを無視し、独立して物を考えることが出来たのは、渡辺二郎くらいでしょうか。
誤解されるといけないので、具志堅を擁護しているわけではないことをお断りしておきます。
名声のある具志堅は、自分をスターにする道具だと考えるべきなんです。そこに、自分が共感できるボクシング哲学があれば、名声を利用し尽くしたあともとどまって構わないし、利用価値がなくなれば離れればいいだけです。
もちろん、そこに情が絡んでくることはあるでしょうが、そんなもの打ち捨てるべきです。
マニー・パッキャオは練習方法やカネの面でローチを切りましたが、長年連れ添った相棒の病の状態が良くないと聞くや、すぐに呼び戻しました。
そんなこそばゆい美談は、お山のテッペンに立って下界を見下ろす余裕のある人間が好きに演出してりゃいいんです。
比嘉なんて、まだまだ急坂を登る途中も途中、世間体や情なんて気にせずに自分のことだけ考えて全力疾走してりゃいいんです。
具志堅用高に優れたmentorやモチベーターの才能があるか(具志堅はmentorではなくモチベーターですが)?
あるいはそうなれるように、その壁を越えることが出来るように、現役時代のように奮闘努力しているか?
もしかしたら、そうではないのかもしれません。
しかし、全てのスポーツにおいてプレーするのは選手です。そこは離れてはいけません。
ボクサーで言えば、自分が目指すスタイルのためにどんな練習が必要か、どんなメソッドが有効かは自分で考えることです。
比嘉が減量で大きな過ちを犯したとき、世間の多くは具志堅を糾弾しましたが冗談じゃありません。
減量するのは比嘉です。失敗したのも比嘉です。
パッキャオが減量に失敗して、ローチやアラムを非難する人がいますか?減量してるのはローチじゃないし、ましてやアラムでもありません。
栄養・コンディショニングコーチが存在していても、全責任は選手にあります。
もちろん、自分が追求する理想とトレーナーの考え方に乖離を感じたら、それは話し合って妥協点を探るか、それともより有効なメソッドを持っていると感じた別のトレーナーを選ぶべきです。
そして、比嘉は後者を選んだということです。
あるいは、ゲンナディ・ゴロフキンとサンチェスのような「金の切れ目が縁の切れ目」という関係も全く分かりやすくて、納得できます。
いずれにしても、統一契約書ルールがようやく立ち上がった日本のボクサーはもっと独立しなければなりません。
タイソン・フューリーの独立性は、もう本当に素晴らしい。あいつにtrainerは必要なのか、と思うくらいです。それぐらいでないといけません。
打倒デオンティ・ワイルダーの鍵が攻撃にあると見るや、血族的な結びつきがあり〝成功路線を順調に走行中〟だったベン・ダビソンを切り、シュガーヒルを起用する。そして、ワイルダー戦が終わると再びダビソンと手を組む…。
なんという、冷徹な勝利第一主義。なんという一貫したプロフェッショナリズム。
日本のボクサーはもっと独立しなければなりません。
分かりやすく言えば、もっとしたたかに立ち振る舞うべきです。ベタベタしたしがらみを無視し、独立して物を考えることが出来たのは、渡辺二郎くらいでしょうか。
誤解されるといけないので、具志堅を擁護しているわけではないことをお断りしておきます。
名声のある具志堅は、自分をスターにする道具だと考えるべきなんです。そこに、自分が共感できるボクシング哲学があれば、名声を利用し尽くしたあともとどまって構わないし、利用価値がなくなれば離れればいいだけです。
もちろん、そこに情が絡んでくることはあるでしょうが、そんなもの打ち捨てるべきです。
マニー・パッキャオは練習方法やカネの面でローチを切りましたが、長年連れ添った相棒の病の状態が良くないと聞くや、すぐに呼び戻しました。
そんなこそばゆい美談は、お山のテッペンに立って下界を見下ろす余裕のある人間が好きに演出してりゃいいんです。
比嘉なんて、まだまだ急坂を登る途中も途中、世間体や情なんて気にせずに自分のことだけ考えて全力疾走してりゃいいんです。

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