ボクシングの世界を席巻していたアフリカ系アメリカ人(African-American)=以下「黒人」とします=の勢力が著しく減退した最大の原因は「ソ連崩壊によって地球の東半分が解放されたから」というだけでなく「黒人の生活レベルが上がったから」という見方もあります。

もちろん、本当の理由など神様にしかわかりません。

村田諒太のターゲットは二人とも黒人ではありませんが、こんなこと30年前のミドル級なら考えられなかったことです。
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もし、フィリピンが最貧困国から脱出し高度経済成長を遂げたらボクシングは弱くなる気もします。

もちろんそうならないかもしれませんし、そうなったとしても経済成長が理由かどうかなんて誰にもわかりません。

日本で最も競技人口が多く、最もシステマティックに若い才能を育成してきたサッカーを全世代で統括する日本サッカー協会に「技術委員会」というセクションがあります。

昨年、ここで非常に興味深い議題が上がりました。

「フル代表(W杯代表)のストライカーが高校サッカー部出身者ばかりなのは何故か?」。

ご存知の通り、最もサッカーの才能がある中高生は、久保建英のようにJユースのチームに所属します。様々な制約のある高校のサッカー部には入りません。

そのタレントの宝庫、Jユースでどうして試合を決めるシューターが生まれないのか?

エリート集団のJユースでは、①『何がなんでも俺が点を取る』というストライカーに不可欠のハングリーは自分勝手でチームの輪を乱すと敬遠される②左足のシュートは桁外れに強烈という個性は『右でも打てなきゃ意味がない』と伸ばそうとされない③全体を俯瞰できるパス回しのうまい選手育成に偏向している…などの弊害があるとも言われています。

最近のブラジル代表が精彩を欠くのも「豊かになって選手の教育システムが細かく充実したから」という逆説的な意見がありますが、だとしたらなんと皮肉なことでしょうか。

「鈴木一朗が巨人にドラフト1位指名だったならイチローは存在しなかった」と言われますが、あれほどの才能が巨人というチンケな枠に嵌められたかどうかは疑問です…しかし、それも本当のところは神様にしかわかりません。

そして、ボクシングに話を戻すと米国の有力プロモーターは世界中から若い才能を青田買いし、優秀な指導者をつけてサポートしますが、挫折するホープがなんと多いことか。

エリートアマのフェリックス・ベルデホがトップランクの庇護のもと慎重に育てられているのを見たウィルフレド・ゴメスは「プエルトリコのボクサーがここまで大切にされているのは素晴らしい」と感動していましたが、それは果たして良いことだったのでしょうか?
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もちろん、ベルデホがマニー・パッキャオのように強豪ビッグネームの噛ませ犬として起用されていたらもっと早い段階で無残な形で潰されていたでしょう。

ローマ五輪で金メダルを獲ったカシアス・クレイは村田諒太のようなプロジェクトチームを組んでプロデビューを果たしましたが、出来上がったのは設計図とは全く異なる規格外の化け物(英雄)でした。


昨日のハビエル・シントロンは採点でリードされているとわかっていながら最終ラウンドも勝負に出ず「私は若く学ぶことが多い」と吐きました。

井上尚弥に倒されたエマヌエル・ロドリゲスは意識がはっきりしてるにも関わらずコーナーに向かって弱々しく首を振り、ジェイソン・マロニー戦でもコーナーでやはり弱々しく首を振っていました。まだ試合は終わってないというのに…。

時代や試合の大きさが全く違うとはいえゴメスは母国で戦ったカルロス・サラテ戦を「負けたら吊し上げられる」、米国ラスベガスでサルバドール・サンチェスに負けたときは「国に帰れないと思った」と告白しています。

貧しい家族を支えていたファイティング原田にとって、人生が変わる世界戦は「死んでも勝たなければならない一生一度の大勝負」でした。

もし、原田が現代に生きていたら強豪王者ポーン・キングピッチを回避して別団体のフライ級王者や、一つ下のジュニアフライやストロー級に活路を見出していたかもしれません。

エデル・ジョフレなんて絶対に敬遠して決定戦を待つか、ジュニアバンタム級で王座を狙っていたはずです。

原田ならジュニアフライやジュニアバンタムに逃げても4階級、5階級制覇を成し遂げていたでしょう。しかし、事実上の一発殿堂や、パッキャオ出現までのアジア最強評価はおそらく無かったではないでしょうか?

亀田一家(だけではありませんが)も穴王者や決定戦狙いの世界戦などまずありえない1960年代に生まれていれば、強豪王者とばかり戦っていたはずです(そのステージまで辿り着けたとしたら、ですが)。

裕福になると規格外のアスリートは生まれないーーー皮肉な逆説に聞こえますが、これは真実かもしれません。

10年後にフィリピンの経済が劇的に改善して市民生活が豊かになったとき、ボクシングファンは大統領府で、かつてのファンに囲まれ、こんなふうに郷愁されているかもしれません。

「あなたみたいなワクワクするボクサーがいなくなってしまった」。 

若き大統領は満足そうに笑うでしょう。「それは素晴らしいことじゃないか!」と。