「軽量級のボクシングは面白い。とにかく面白い。テレビで観戦ならヘビー級はもちろん、中量級よりも見応えがある」。

元リング誌編集長で現在はESPNに熱い記事を寄せてくれているナイジェル・コリンズの言葉を待つまでもなく、軽量級は面白いのです。

これは、絶対的な真理です。「軽量級は非力で小さなボクサーがペチペチじゃれあってるだけ」なんて言ってる馬鹿は、ボクシングを見たことがないのでしょう。

ちゃんと見てもそう感じるなら眼科にいくか、もしかしたら人間じゃなくて、本当に馬か鹿かもしれませんから、やはり動物病院で精密検査を受けるべきでしょう。

もちろん「面白くない軽量級の試合は最低だぞ」という意見は受け入れます。これは面白いものの裏返しです。強烈な光が深い闇を作るのは当たり前。

それぞれのスタイルがあるとはいえ、亀田興毅や和毅、オマール・ナルバエスのような選手を見てしまうと「頼むから転職してくれ」と叫んでしまいます。ナルバエスなんて「勝てないと分かったなら玉砕しろ!逃げるな!」です。

…深刻な事故を考えると、こういう罵声はダメなんですが、勇気のカケラもないナルバエスなんかは深刻な事故が最も無縁なボクサーに思えます。

ああ、こういうこと書いてしまうのも不謹慎ですね、ナルバエスは素晴らしく慎重なテクニシャンです、これからも頑張って、なるべく早く引退してください。

彼らには申し訳ないですが、貴重な時間を彼らを見ることに費やしたくはありません。惨敗するところは見たいですが。その意味で井上尚弥はスカッとさせてくれました。

話がブレまくりですが、そうです、軽量級の悲哀の話です。

鈍重な体格が平均的な欧米ではライト級ですら文字どおりに軽量級扱いされています。日本で専門誌などを見るとフェザーを中量級、ライト級を重量級と記述しているのも当たり前です。

世界基準にならって日本でもミドル級を「中量級」にするのは無理があり過ぎます。日本ではミドルは天井階級、重量級です。

よく考えると、ミドル級が天井の日本では自然な思考です。

ストロー/ジュニアフライ/フライ/ジュニアバンタムが軽量級、バンタム/ジュニアフェザー/フェザー/ジュニアライトが中量級、ライト/ジュニアウェルター/ウェルター/ジュニアミドル/ミドルが重量級です。

世界基準でライトまでが軽量級、ウェルター/ミドルは中量級になっちゃうと、日本では重量級がなくなります。

そして、欧米メディアでジュニアライト級からプロキャリアをスタートさせたオスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザーを「軽量級に光を当てた先駆者」と表現するのもまた自然な思考回路です。

「自分たちのクラスではない」という意識と、フェザー以下の軽量級選手の多くが彼らから見ると地理的にも遠いアジアや中南米、アフリカなど発展途上国から輩出されていることも、彼らの関心を低くしているのは当然です。

日本でもスーパーミドルとライトヘビー、クルーザーの重量級三役がマイナーなのも仕方がありません。

「WBSSはボクシングのワールドカップ」という寒いギャグを真剣に口にする井上信者の方々も、WBSSで唯一成功したファーストシーズンのクルーザー級トーナメントについて少しでも知っている人がどれほどいるのでしょうか?
IMG_3173 (1)
オリジナル8の時代。1954年2月18日の世界のボクシング界。世界チャンピオンは世界に8人だけでした。

ヘビー級:ロッキー・マルシアノ、ライトヘビー級:アーチー・ムーア、ミドル級:カール〝ボボ〟オルソン、ウェルター級:キッド・ギャビラン、ライト級:ジミー・カーター、フェザー級:サンディ・サドラー、バンタム級:ジミー・カラザース、フライ級:白井義男。

リング誌はボクシング黄金時代と、現代の違いを喝破しています。

「ネットもYouTubeもなかったが、1960年代までのボクシングファンは誰でも8人かせいぜい10人の世界王者の名前を諳んじることができた。今、マニアでも全ての世界王者を正確に記憶している人は少ない。覚えるのが大変だというのは主な理由じゃない。最大の理由は世界王者が記憶する意味がない、つまらない存在に落ちぶれたからだ」。

恐らく…8階級時代の軽量級は現代ほど軽視されていなかったはずです。

欧米でもリング誌やスポーツイラストレイテッドで、白井や原田の記事から立ち上ってくるのはダド・マリノやエデル・ジョフレを破ったミステリアスな東洋人への尽きない興味です。

かつて、世界王者の報酬はあらゆるスポーツ選手の中でも突出していてました。さらに、階級間の格差も現代ほど絶望的なものではありませんでいた。

今は、カネロやパッキャオ、ジョシュアはあらゆるプロスポーツでもトップクラスであるのに対して、軽量級のPFPファイターであるエストラーダやニエテスの報酬は日本のプロ野球選手の1軍控え選手にも遠く及びません。

団体と階級が癌細胞のごとき増殖が進行するにつれ、軽量級は羽毛よりも軽く見られてゆきました。

軽量級の悲哀が決定的になった80年代、米国のジェフ・チャンドラーは「私がどこを歩いても誰も気付かないが、日本のファンは素晴らしく尊敬してくれた」と回想しています。

エウゼビオ・ペドロサも「フェザー級はどこへ行っても添え物だけど、日本は熱狂して迎えてくれた」と感謝しています。

PFPにランクされたチャンドラーやペドロサですら舐めさせられた軽量級という名の辛酸。 

もちろん、エリック・モラレスやアントニオ・マルコ・バレラ、ナジーム・ハメド、マニー・パッキャオは特殊過ぎる例外です。

メキシコの超弩級の強豪だったり、イエメン王朝から莫大な寵愛を受けたり、超常現象のような快進撃をしたり…。

井上尚弥を上回るPFP3位まで登り詰めたリカルド・ロペスにノニト・ドネア、軽量級悲願のPFP1位を極めたローマン・ゴンザレス、その高評価に反して彼らは不遇でした。その理由は軽量級だから、の一点に尽きます。

「PFP4位!もう日本では見れなくなる。ベガスでPPV放送されて報酬は20億円」と脳みそに蛆虫が湧いている井上信者の声を聞いたら、彼らは皮肉っぽく笑うでしょう。

「井上は日本人だから20億円は無理でもその10分の1か20分の1くらいは稼ぐんじゃないかな?でも私たちには無理なんだよ。PPVは井上でも無理だ。パッキャみたいにウェルター級まで行けば別だけど、そうなると、もう軽量級の話じゃなくなるけどね」。

ロペスとロマゴン、もちろんドネアも。軽量級でPFPトップ3の評価を受けながら、常に脇役に甘んじるしかなかった軽量級の宿命的な悲哀。

一方で「軽量級がボクシング」の日本国内では、大きな意味を持つ試合がそれ相応の注目を集めながら繰り広げられてきました。