7−Footers 巨人たちの名簿
現代の巨人、タイソン・フューリーですら6フィート9インチ、206㎝しかありませんが、ボクシング150年の歴史を紐解けば、巨人は珍しくありません。
「時代にともなって大型化している」なんて勘違いかもしれないと不安になってきます。
よーく考えると、恐竜がそうであったように、いつだって過去は巨大な存在なのです!
7ft= 2.133600m 。2メートル13センチを超えるゴリアテ(巨人)なて21世紀になってからもほとんどいないのに、栄養状態の悪い昔のボクシングではありえないだろう…なんて考えるとしたらニワカもいいとこです。
21世紀の私達が自信満々で史上最大と推すニコライ・ワルーエフがちょうど7フィート。しかし、ニコラは「セブン・フィート・クラブ」の中では最も可愛い小さな男の子に過ぎません。
ワルーエフと同じセブン・フーターは〝リッチモンドのガリバー〟ジル・アンダーソン、6戦全勝4KOで引退したコロンビアの無敗巨人ルイス・アルベルト・ゴンザレス、マーセラス・ブラウン(トレバー・バービックとトミー・モリソン、ラモン・ブリュースターに敗北)と、記録の残るだけで3人もいます。
ワルーエフは孤独な巨人ではないのです。
7フィート1インチ(216㎝)ではアトランタ・ホークス(NBA)でもプレーしたトム・ペイン、430ポンド(195kg)でリングに上がったカール・キャンセラー、兄弟親戚にNBAプレイヤーがいるジュリウス・ロングが並び立ちます。
7フィート2インチ(218㎝)でもアイルラドのジム・カリーに、南アフリカのイワート・ポティジーター。ちなみにポティジーターのリーチは239㎝、もはや理解不能の世界です。
さあ、さらなる異次元の世界へようこそ。7フィート4インチ。224㎝。「世界8つ目の不思議」と言われたアンドレ・ザ・ジャイアントが、まさに7フィート4インチでした。
ボクシング界には記録に残るだけで「人間山脈」が二人もいたのです。
まずは、ジョン・ランキン。渾名はそのまんまのBIG。1967年にたった1試合しか戦わなかったとはいえ、全勝のヘビー級です。

そして、ルーマニアのガウジャ・ミチュ。↑
リング誌では強豪の「ジョージ・ゴドフリーに敗北」とありますが、BoxRecで見ると、この試合はエキシビションですね。
しかし、このミチュ、7フィート9インチ説もあります。つまり2メートル36センチです。アンドレよりも12㎝も高かったことになります。
1935年に2試合を戦いどちらもKO勝ちで、将来が嘱望されましたが…ここでキャリアが途切れてしまいました。
なんと21歳の若さで結核に斃れてしまったのです。1935年のヨーロッパ、ルーマニア…最悪の時代です。現代に生まれていたらどんな驚愕のパフォーマンスを見せてくれていたのでしょうか。
当たり前ですが、フューリーはもちろん、アンソニー・ジョシュアやデオンティ・ワイルダーもこの参加資格が厳しすぎる倶楽部には身長が低いので入会できません。
「巨人」と聞いてすぐ思い浮かぶプリモ・カルネラは6フィート5インチ1/2(197㎝)しかないので論外。偉大なジャイアント馬場ですら、2メートル9㎝しかないので門前払いです。
あしからず。
現代の巨人、タイソン・フューリーですら6フィート9インチ、206㎝しかありませんが、ボクシング150年の歴史を紐解けば、巨人は珍しくありません。
「時代にともなって大型化している」なんて勘違いかもしれないと不安になってきます。
よーく考えると、恐竜がそうであったように、いつだって過去は巨大な存在なのです!
7ft= 2.133600m 。2メートル13センチを超えるゴリアテ(巨人)なて21世紀になってからもほとんどいないのに、栄養状態の悪い昔のボクシングではありえないだろう…なんて考えるとしたらニワカもいいとこです。
21世紀の私達が自信満々で史上最大と推すニコライ・ワルーエフがちょうど7フィート。しかし、ニコラは「セブン・フィート・クラブ」の中では最も可愛い小さな男の子に過ぎません。
ワルーエフと同じセブン・フーターは〝リッチモンドのガリバー〟ジル・アンダーソン、6戦全勝4KOで引退したコロンビアの無敗巨人ルイス・アルベルト・ゴンザレス、マーセラス・ブラウン(トレバー・バービックとトミー・モリソン、ラモン・ブリュースターに敗北)と、記録の残るだけで3人もいます。
ワルーエフは孤独な巨人ではないのです。
7フィート1インチ(216㎝)ではアトランタ・ホークス(NBA)でもプレーしたトム・ペイン、430ポンド(195kg)でリングに上がったカール・キャンセラー、兄弟親戚にNBAプレイヤーがいるジュリウス・ロングが並び立ちます。
7フィート2インチ(218㎝)でもアイルラドのジム・カリーに、南アフリカのイワート・ポティジーター。ちなみにポティジーターのリーチは239㎝、もはや理解不能の世界です。
さあ、さらなる異次元の世界へようこそ。7フィート4インチ。224㎝。「世界8つ目の不思議」と言われたアンドレ・ザ・ジャイアントが、まさに7フィート4インチでした。
ボクシング界には記録に残るだけで「人間山脈」が二人もいたのです。
まずは、ジョン・ランキン。渾名はそのまんまのBIG。1967年にたった1試合しか戦わなかったとはいえ、全勝のヘビー級です。

そして、ルーマニアのガウジャ・ミチュ。↑
リング誌では強豪の「ジョージ・ゴドフリーに敗北」とありますが、BoxRecで見ると、この試合はエキシビションですね。
しかし、このミチュ、7フィート9インチ説もあります。つまり2メートル36センチです。アンドレよりも12㎝も高かったことになります。
1935年に2試合を戦いどちらもKO勝ちで、将来が嘱望されましたが…ここでキャリアが途切れてしまいました。
なんと21歳の若さで結核に斃れてしまったのです。1935年のヨーロッパ、ルーマニア…最悪の時代です。現代に生まれていたらどんな驚愕のパフォーマンスを見せてくれていたのでしょうか。
当たり前ですが、フューリーはもちろん、アンソニー・ジョシュアやデオンティ・ワイルダーもこの参加資格が厳しすぎる倶楽部には身長が低いので入会できません。
「巨人」と聞いてすぐ思い浮かぶプリモ・カルネラは6フィート5インチ1/2(197㎝)しかないので論外。偉大なジャイアント馬場ですら、2メートル9㎝しかないので門前払いです。
あしからず。
コメント