下の階級の王者がヘビー級王者を攻略した事例は、ボクシング150年の歴史を紐解いてもたったの6人しかいません。

四団体17階級時代の現代では、散歩のついでに出来る2階級制覇でも、ことヘビー級がらみとなるとその難易度は一気に跳ね上がってしまうのです。

その理由はたった一つに集約できます。

ヘビー級は、自分を弱体化する減量とは一切無縁だから、です。

より小さくより弱い相手が巣食う階級で戦うために、自分の弱体化を最小限に抑えるのが減量の目的です。

ヘビー級は時代とともに大型化してきましたが、ベルリンの壁が崩壊(1989年)、ソ連解体(1991年)によって、東側の白い巨人たちにプロのリングが解放されると、その速度は一気に加速しました。

このことは90年代以前は直下階級との体格差が、今ほど絶望的ではなかったことも意味しています。

しかし、現実的にはクイーンズベリールール制定から90年までの〝ヘビー級が近かった時代〟に無差別級を攻略したのはボブ・フィッツモンズ(1887年)とマイケル・・スピンクス(1985年)、イベンダー・ホリフィールド(1990年)の3人だけ。

なんと約120年で3人。40年に1人の確率です。

スピンクスが History Maker と渾名されているように、下の階級の王者がヘビー級王者からタイトルを奪うことはまさしく歴史を作ることでした。

そして、大型化が加速した90年代中盤以降の〝ヘビー級が遠くなった時代〟ではマイケル・モーラー(1994年)、ロイ・ジョーンズJr.(2003年)、デビッド・ヘイ(2009年)とわずか15年で3人が誕生。

これは、5年に1人が生まれた計算です。

巨人の時代にもかかわらず、下の階級からヘビーを制する複数階級制覇の成功例が劇的に増えている原因は、承認団体が四つに増殖、恣意的なランキングそうさが日常化したことに尽きます。

ロイが大差判定で下したジョン・ルイスはボクシング150年の歴史で飛び抜けた穴王者の1人です。

しかし、それでもヘイを最後に10年間も下の階級からヘビー級の壁を打ち破った猛者は出ていないのです。

階級と弱体化減量の壁を超えた6人、スーパー6の軌跡と評価を振り返ってゆきます。

オレクサンダー・ウシクが7人目のヒストリー・メイカーになる日を心待ちににして…。