予想の範囲内のレースだったとはいえ、現日本記録保持者の大迫傑は今回も優勝できず、設楽悠太は自滅。



前日本記録ホルダー設楽悠は宣言通りに先行逃げ切りのレースを展開。とはいってもキロ3分ペース。来年の東京五輪を想定するならけして速過ぎるペースではありません。

注目の選考レースで大胆な先行逃げ切りをした例としては1987年福岡国際マラソンの中山竹通がすぐに思い浮かびます。今回の設楽悠を上回るキロ2分台、世界記録を大幅に上回るペースで突っ走り、終盤失速するも2時間8分18秒で優勝しました。

今回は暑さの残る東京。中山は雪混じりの氷雨が降りつける福岡。コンディション的には32年前の中山の方が難しいレースだったのは言うまでもありません。

それにしても、あのまま逃げ切っていれば「勇気ある優勝」でしたが、結果論ではなく設楽悠は作戦を間違えました。23km過ぎから失速、ときどき後ろを振り返る弱気を露呈しました。

この作戦を取る選手は弱気の振り返りは絶対の禁物です。それを早い段階で見せてしまうのは、この作戦を遂行するだけのハートがなかったと言わざるをえません。

30kmからは3分20秒台と女子よりも遅いペースになり、おそらく最後は市民ランナーレベルの4分台まで落ち込んでいたでしょう。「練習で何度も一人旅で42kmを押し切れていた」というならまだしも、練習では30kmまでしか走らない設楽悠にとって、この作戦は無謀でした。

ゴールドコーストマラソンで独走、2時間7分50秒で優勝していましたが、後続から強い相手が追いかけてくる重圧と恐怖に精神的にも肉体的にも削られていったことでしょう。

まあ、結果論ですね、やっぱり。勇気ある選択でした。




一方、現日本記録保持者の大迫は今回も優勝は叶わず。トップ選手が集う大会ばかりとはいえ、これでマラソンは5戦全敗。

今回は3分10秒ペースの第二集団の中で待機しましたが、スプリットは3分20秒まで落ち込み、大迫はもちろんどの選手にとっても遅いリズムの檻の中に閉じ込められて硬直してしまいました。

3分10秒で入って3分20秒まで落ち込む中で勝負を競うーー練習ではありえない展開に、3位でゴールした大迫は「最後は足が残っていなかった」と疲弊していました。

遅いペースの泥沼にはまり自分のリズムで走れなかったら、どんな選手でも最後のキレは失われてしまいます。30km過ぎから悩まされた差し込み(腹痛)も遅鈍なペースに肉体が〝アレルギー反応〟を示したのかもしれません。


元日本記録保持者は先行逃げ切りに大失敗し、現日本記録保持者は後方待機で消耗していきました。それぞれ作戦も内容も違いますが、敗北してしまいました。

設楽悠は集団に抜き去られた時点で、心もへし折られたかと思いましたが棄権せずに完走しました。大迫も一度も攻撃的な姿勢を見せれず、受身のまままた優勝を逃しましたが、それでも3位をゲット。

その意味では、さすがでした。

しかし、MGCは画期的な代表選考会ともう一つ、来年の本番に向けてのシミレーションの性格もありました。後者の意味では少なくとも、男子については収穫は少なかったと言わざるをえません。