日本のボクシング専門誌は「ボクシングマガジン」と「ボクシング・ビート〝系〟」が並走してファンを楽しませてきました。

総合スポーツ雑誌メディア、ベースボールマガジン社のラインナップの一つであるボクマガに対して、独立資本のボクシング・ビート系は休刊と発売元を変えながら、何とかかんとか生き残ってきました。

ボクビーのルーツは日本スポーツ出版社が1968年に創刊したボクシング・プロレス専門誌「ゴング」。

ゴングはボクシングとプロレスだけでなく、キックボクシングも詳報。1970年にアニメもスタートした「キックの鬼」の沢村忠や、70年代後半にマーシャルアーツブームを巻き起こしたベニー・ユキーデら傑出したパイオニアにも恵まれ、ボクシング1本のボクマガを超えて格闘技ファン必読誌になります。

ちなみに、MMA(Mixed Martial Arts)にも使われるマーシャルアーツですが、日本では「軍隊格闘技」など誤解されて普及しています。諸悪の根源はやはり梶原一騎です。

沢村忠もユキーデも極真空手の幻想と同じく、ある意味で梶原の〝創作〟でした。

「あしたのジョー」や「巨人の星」などの名作だけでなく、現実でも作品を残した梶原がダヴィンチ的な万能の世界観を持っていたことには時代背景に恵まれていたとはいえ、驚きと尊敬の念を隠せません。

梶原の「虚構」が巻き起こしたブームを「現実世界」が受け継ぎ、発展させることができなかったのは考えてみれば当然の帰結だったのでしょう。
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赤井英和の惨敗にブッチャーの練習風景、マーシャルアーツ展望…格闘技のごった煮雑誌「ゴング」は日本の格闘技をフルラインで報じてきました。

格闘技フルラインの取り組みは「キックや総合格闘技がもっとメジャーになれば、キックボクシングマガジンやマーシャルアーツマガジンに分離発展する」という明るい未来も描かれましたが、真逆の現実に悶え苦しむことになります。

キックボクシングは持続可能な団体を創ることができないまま、沢村の引退でブームは収束。

梶原の虚構に乗ったゴングの中で梶原の息がほとんどかからなかったボクシング編集が、1982年に「ワールド・ボクシング」として分離するのは自然の流れでした。

しかし、ボクシング専門誌として独立するということはすなわち、ボクマガと正面衝突することを意味していました。

ベースボールマガジン社の後ろ盾があるボクマガと違い、ワーボクはボクシング人気低落の影響をモロに受けてしまいます。

ボクシングの凋落が日米でさらに加速、インターネットが普及する21世紀に入ると、紙媒体が瀕死の状況に追い込まれます。

ただでさえ青色吐息のワーボクに、この危機を乗り越える体力など残っていません。2006年10月号を最後に休刊に追い込まれてしまいます。
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「現代医学はレナードを救えないのか!」「衝撃のミドル級〜ミドル級はアメリカの誇りだ!!」魅惑的な見出しの「ワーボク」。ボクマガとは違う視点で斬り込んだワーボクは増刊号も含めてよく購読していましたが、2006年に休刊。「ボクワー」となって復活しますが…。

それでもKKベストセラーズが発売元に手を挙げて「競馬最強の法則」誌の増刊号「ボクシング・ワールド」として復活。しかし「ボクワー」時代はわずか3年足らずで幕を閉じ、2009年休刊。

2009年にはフィットネススポーツが発売元になり、ボディビルダー向け専門誌「アイアンマン」の増刊として「ボクシング・ビート」が誕生しました。

今も「マガジン派」「ビート派」と好みが分かれています。

あなたはどちらが好きでしょうか?