2005年10月29日。メキシコ・ハリスコ州トナラ。チョロ・ラリオスアリーナ。

全てはこの日から始まったのです。

印象的な赤い髪の毛とソバカスだらけの顔をしたまだ15歳の少年が、ジュニアウェルター級4回戦のリングに颯爽と上がりました。

対戦相手のアブラハム・ゴンザレスは18歳、戦績は0勝1敗。

リング誌がゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)に問い合わせたところ「カネロのデビュー戦の相手ということ以外は何もわからない」という答えが返ってきたように、場末の小さな会場で開催された若く未熟なプロボクサーを集めた些細なイベントの前座でした。

それでも狭くて粗末で窮屈なアリーナには、私たちがラスベガスの大会場や米国の巨大スタジアムで聞き慣れた「カ!ネ!ロ!、カ!ネ!ロ!」の大コールが、もう既に鳴り響いています。 

デビュー戦からあのコールがカネロの前進を後押ししていたことに、軽いショックを覚えてしまいます。

カネロ・アルバレスは最初から、カネロ・アルバレスだったのです。

純白のトランクスを履いた少年は、まっすぐ素直に伸びるジャブで距離を測りながらサークリング。好戦的なゴンザレスにロープに追い込まれても、頭を動かしダッキングでかわす姿からはデビュー戦の緊張感は伝わってきません。

そして4ラウンド、強烈なカウンターを叩き込み連打したところで、レフェリーストップを呼び込みました。

2戦目からはウェルター級にクラスを上げた少年は4戦目にスプリットドローを経験しながらも、2013年まで8年間無敗のまま42連勝の快進撃をマーク。

その間、WBA中米(vsガブリエル・マルティネス)、NSBF北米(vsルイス・アントニオ・フィッチ)、WBOラテン(vsエウリ・ゴンザレス)、WBCユース(vsマラット・クジーフ)、WBCシルバー(vsラシアル・レオネル・クエロ)を倒して地域タイトルをコレクションします。

この頃には、メキシコと米国西部でカネロ・アルバレスは最大のスポーツスターとなっていました。

少年の舞台はラスベガスの華やかな大アリーナに移り「カネロコール」は、1試合ごとにフォルティシモを奏でていきます。
 
そして、2011年カリフォルニア州アナハイムのホンダセンター。英国屈指の人気者リッキー・ハットンの弟マシューと空位のWBCジュニアミドル級王座を争い、12ラウンド大差判定勝ちで初の世界タイトルを手に入れます。

このとき、ハットンの名を持つとはいえ実力に疑問符がつくマシューを150ポンドのキャッチウェイトでリングに引き上げたことで、世界は20歳の若者の背後に嫌悪すべき大きな力が働いていることにあらためて気づきます。

このタイトルは巧妙なマッチメイクで6度防衛、無敗のWBA王者オースティン・トラウトも退けて二団体統一王座に就きます。

そして2013年9月14日。メキシコの独立記念日ウィークに合わせた超弩級のメガファイトを迎えます。

もし、この相手を倒せばカネロは世界中の妬みややっかみを黙らせることが出来る大勝負です。
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13歳年上、36歳のWBAスーパー王者フロイド〝マネー〟メイウェザーとの史上最大のメガファイトです。

THE ONE(唯一無二=無敗で残るのは一人だけ)と銘打たれたイベントは、何もかもが、本当に何もかもが規格外でした。

宣伝ツアーはニューヨーク、ワシントンDC、シカゴ、アトランタ、マイアミ、メキシコシチー、サンアントニオ、ヒューストン、フェニックス、ロスアンゼルスなど全米の主要都市をサーキット。
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前日計量は会場のMGMグランドガーデンアリーナを全開放、1万2000人が集まりました。大観衆のほとんどはメキシコ系のファン、多数決ならカネロの圧勝です。

当日の試合会場だけでなく、周辺ホテルでライブ上映されるクローズドサーキットでも、約3万枚のチケットがあっという間にソールドアウト。

「カ!ネ!ロ!、カ!ネ!ロ!」。

耳をつんざく、あのコールがあちこちで湧き上がっています。前日計量でこの音響だと、明日は鼓膜を破られないために耳栓が必要になるでしょう。

両者とも152ポンドのキャッチウェイトをクリア。

大声援の中、秤に乗ったカネロはリミット一杯の152ポンド、いつも以上のブーイングを浴びたマネーは150.5ポンド。

体格差は明らかに赤毛のメキシカンが上です。しかも、リバウンドが持ち味のカネロは翌日にはさらに肥大してリングインするはずで、事実上減量をしないメイウェザーは計量後に大量の水や食事を採る必要がないのでリバウンドはほとんどありません。

オッズはマネーが3−1〜4−1でマネー有利と見ていましたが「両者の体格差が試合の帰趨を決定する大きな要素になるかもしれない」と23歳の大きな若者が、36歳の小さなベテランを押し込むと見る予想もありました。

当日計量で両者の体重はさらに大きく広がっていました。13ポンドもリバウンド、165ポンドのスーパーミドル級にバルクアップしたカネロに対して、マネーは逆に0.5ポンド落として150ポンドちょうどと154のジュニアミドル級よりも147のウェルター級の方が近いという軽さでロープをくぐります。

それにしても…マネーやパックマンの減量なしの体重管理には驚くしかありません。減量を大前提とするスポーツで彼ら二人は他の選手とは全く異次元で戦っていたのですから。この恐るべき事実には、誰もが戦慄するしかありません。

試合は大方の予想通り、マネーの〝ボクシング教室〟に終始しました。ガードの外側をコンパクトなフックで叩いておいて、死角から最短距離で放たれるアッパーでガードを易々と割って見せます。

メイのメソッドには15ポンドの体格差で付け入る隙はなく、テクニックのカードを見せ合う36分間のポーカーゲームに引きずり込まれたカネロは完全に手詰まり。

この試合がドローに見えたCJ・ロスは、パッキャオvsブラッドリー戦に続く明らかな誤審を犯してしまい、後日ネバダ州体育協会に辞表(無期限休職願い)を提出しますが、その前に関係者から「あなたがジャッジペーパーを書くことは永遠にない」と事実上のクビを宣告されていました。当然です。

SHOWTIMEが生中継したPPVは史上2位の220万件(1位は2007年:メイウェザーvsデラホーヤの240万件)を売り上げ、金額ベースでは1億5000万ドルの史上最高記録をマーク。

マネーには最低保証されていた4150万ドルにPPV歩合3850万ドルが上積みされ、最終的には8000万ドルが口座に振り込まれました。

1200万ドルを手にしたカネロは「パンチが全く当たらなかった。(終盤追い上げたが?と励まされて)最後の2ラウンドは完全に流された。すごいボクサーだ」と潔く初黒星を受け入れます。

試合後の会見でデラホーヤは「これでカネロを温室育ちと呼ぶ者は誰もいなくなるだろう」と、アンダードッグの試合を勇敢に戦った秘蔵っ子をかばいましたが、メキシコ系以外のファンは「メイウェザーは負けて当然の相手。あのタッチボクシングに敗れても肉体的には何一つ傷つかない。今回もローリスクだった」と冷たい視線を変えませんでした。

翌日のCNNは権利の関係からいつものように静止画像で「マネーは優れた技術を見せたが試合はつまらなかった。カネロにも勇気が足りなかった」と伝え「マネーの試合は面白くないから見たくはないが、あの男と戦うなら話は別になる」とパッキャオ戦を煽りましたが…それはまた別の話です。

確かにマネー戦は敗北でも商品価値が落ちない、肉体的ダメージもない「ズルい試合」でした。

このあと、GBPは誰もが非難する摩訶不思議なロジックをかざして〝ミドル級〟にカネロを進出させ、世界中のファンからさらなる軽蔑の視線を集めることになってしまうのです…。