前日、298日ぶりに長嶋茂雄が東京ドームに登場したからというわけではありませんが、池袋で仕事があり、ついでにやって来ました、立教大学。




学生時代は陸上競技の友人ライバルが何人かいましたが、キャンパスを訪れたのは6年ほど前。
娘とその友人を連れて見学に行ったときが初めてでした。
約6年前は赤煉瓦など全く眼中になく「シルバニアの世界だ」とはしゃぐ娘たちを微笑んで見つめるだけでしたが…、
今では、どこかに出向く際は赤煉瓦がないかを検索、今回も1号館(モリス館)なる建物が赤煉瓦建築であることを早速突き止めていました。
4月3日水曜日のお昼、学生は春休みのはず、キャンパスは人影もまばらでゆったり赤煉瓦を堪能できるに違いない!
…という確信はキャンパスに近づくにつれ Saint Paul University が刺繍されたり、プリントされたりのスタジャンやらジャージを羽織った若者が溢れかえるのを目の当たりにしてガラガラと崩れ落ちてしましました。
正門からキャンパスを望んで、新入生を勧誘するサークルのテーブルがズラッと並んで若い熱気で賑わっています。
そうか、授業が始まる前のフレッシュマンウィークとか、その類のヤツだなと少しウンザリしながら、美しいキャンパスに足を踏み入れます。

おお!
ボンクラな私でも6年前ならおぼろげに記憶かあるぞ、正門正面のこやつ!
これが1号館、モリス館だったのか!
確かに赤煉瓦、しかもお洒落にツタなど絡ませちゃっています。
しかも、しかも!フランス積みではありませんか!
長口と小口を交互に並べて積み上げるフランス積み、程よく劣化した赤煉瓦にツタが絡まり、お洒落です!

1919年(大正8年)落成…ということは関東大震災(1923年/大正12年)に見舞われたということです。
この1919年は、パンチョ・ビラ(フィリピン)が伝説の名王者ジミー・ワイルドを7回1分46秒でKO、アジア初の世界王者(フライ級)が誕生したアジアにとって最初の一歩を記した年でした。
2万3000人を超える大観衆が詰めかけたリングが組まれたのは、ニューヨークはポログラウンズ!プロモーターはテクス・リカード!
リング誌が創刊されるまであと3年待たなければならない、そんな〝紀元前〟の時代にモリス館は建てられたのです。
この1919年は、パンチョ・ビラ(フィリピン)が伝説の名王者ジミー・ワイルドを7回1分46秒でKO、アジア初の世界王者(フライ級)が誕生したアジアにとって最初の一歩を記した年でした。
2万3000人を超える大観衆が詰めかけたリングが組まれたのは、ニューヨークはポログラウンズ!プロモーターはテクス・リカード!
リング誌が創刊されるまであと3年待たなければならない、そんな〝紀元前〟の時代にモリス館は建てられたのです。
メーザーライブラリ記念館という、やはり年季物の赤煉瓦ツタ絡まりの建物では、立教学院を回顧する無料展示が常設されていて、関東大震災で被災した様子も伝えられていました。
外の雑踏が嘘のように、観覧者は私1人でした。

モリス館左手に隣接するチャペルももちろんツタを絡ませた赤煉瓦です。
そういえば「ツタの絡まるチャペルで〜🎵」と歌う「学生街の喫茶店」、あの舞台は立教大学だったのでしょうか?

正門の門柱ももちろん、赤煉瓦。
東京藝術大学のように崩落防止のワイヤーやネットをかけていないので、内部から鉄筋コンクリートで支える構造なのかもしれません。
いずれにしても、芯まで純粋な煉瓦造りではないようです。
それにしても、立教大学は日本一赤煉瓦建築が多いキャンパスかもしれません。
見事な赤煉瓦、ご馳走様でした。
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