今や生きる伝説となった余市に続く、ニッカ第二のウィスキー蒸留所として建設されたのが「宮城峡」です。

竣工は1969年5月ですから、この5月で50歳の誕生日を迎えることになります。

みやぎ1

晴天に恵まれた2月16日、気温は7℃と東京よりも暖かいくらいでした。

もともともの名称は「仙台工場」。作られる銘柄も「仙台」でしたが、ウィスキーが生まれる場所には都会的な華やかさは不要です。

その誕生の挿話からして、樽に密造酒を隠すことで驚くべき熟成を見せたというウィスキーです。

ひなびた田舎こそが、その出生地としてふさわしいのは言うまでもありません。実際の住所は「仙台市青葉区」であっても「宮城峡」がよろしい。

宮城峡建設に陣頭指揮を執った竹鶴正孝は「電柱、電線の類は全て地下に埋めよ」「木の伐採は最小限にとどめよ、自然のスロープをなるべく生かせ」「建物は全て赤煉瓦を積み上げるべし」と命じたといいます。

スコットランドで多く見られる蒸留所のように「200年前の人がタイムスリップしてここに迷い込んでも、未来だとは気づかない」、そんな風景を作りたかったのでしょう。

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大麦麦芽を乾燥させていたキルン塔。現在は使われていませんが、宮城峡のシンボルとして残されています…象徴的な建物を遺すことは重要ですが、この蒸留所の赤煉瓦は継ぎ目が真っすぐになる直列積みで、本来はタブーとされる積み方です。

煉瓦の積み方にはフランス式やイギリス式など複数ありますが、耐久・耐震のため継ぎ目が一直線にならないように積み上げるのが常識です。

50年前竣工という新しい蒸留所だけに、煉瓦は鉄筋コンクリートの内部を覆う装飾の役割を果たしているだけなのでしょう。とはいえ、見た目はフランス式やイギリス式が美しいですね。