日本人初のリング誌単独カバーを飾った井上尚弥。
そのリング誌2月号の4ページにわたる特集を拙訳します。

ワン・ツー。
世界中のボクシングジムで、最初に教えるコンビネーションだ。
まさにボクシングのABC。
多くのボクサーが、練習で美しくつなぐことが出来る簡単なコンビネーションがワン・ツーだ。
それでも、試合では最も予測されやすい、このコンビネーションがを美しくつながれることはあまりない。
さらに、それが衝撃的な破壊力を伴って、劇的に試合を終わらせてしまうとなると、そんな光景は滅多やたらに見られるものではない。
しかし、昨年10月7日の横浜アリーナで、その滅多やたらに見ることができないスペクタルが起きた。
最も不幸だったのは1万5000人の大観衆だったかもしれない。
あの会場にいた誰もが、その瞬間に何が起こったのかを把握できなかっただろう。
そのワンツーを放った25歳の日本人以外は。
ファン・カルロス・パヤノが背中からゆっくり倒れる様子を目の当たりにして、ドミニカ人の意識を完全に飛ばす途轍もないパンチが放たれたことに、もしかしたら最も近くで目撃していた両コーナーですらそのとき初めて気づいたかもしれない。
マリオネットの糸を断ち切ったように、部屋の電気を消したように、パヤノはパッタリと倒れた。
スローで見ても、そんな強烈なパンチには見えない。
しかし、ひたすらにコンパクトで、鋭いパンチが恐るべきタイミングでパヤノを捉えていたことは、VTRが伝えてくれる。
もはや〝習慣的〟にすらなった、破壊的な勝利は、どうして生み出されるのか?
ジュニアフライ級で世界王者になり、ジュニアバンタム、そしてバンタムと三階級制覇を果たしている井上が爆発的なパンチングパワーを失わないままクラスを上げて来たのは驚きでしかない。
世界的な名伯楽、ルディ・エルナンデスは「私のPFP1位は井上。彼は特別で、攻撃に関しては全てを持ち合わせている。そして、彼はまだ発展途上、我々はまだ井上のベストを見ていない」。
ルディの井上評は天井知らずだ。
「本当に優れたボクサーは誰が指導しようが関係ない。元々、そういうふうに生まれてくるのだ。シュガー・レイ・ロビンソンやモハメド・アリ、シュガー・レイ・レナード、ロイ・ジョーンズJr.。彼らはそういう選ばれし者だ。そして、おそらく井上も」。
その〝chosen one〟(選ばれし者)井上は、父親の慎吾の指導を受けてきた。
慎吾は短いアマチュア経験しか持っていない、その意味ではプロフェッショナルではない。
しかし、ボクシングへの情熱を断ち切ることができず、二人の息子、尚弥と拓真にその沸騰する想いを注いできた。
井上は「ボクシングの基本は父親から学んだ。特にディフェンスに関しては。父親から受けた影響は計り知れない」「6歳のときから練習を重ねてきたが、特別なことは何もしていない。基本的なことを磨いてきた。その過程で自分のタイミングを習得することができた」と語る。
これまで数多くの日本人ボクサーを指導し、現在は伊藤雅雪をコーチするエルナンデスはタイミングについて「教えることは難しい。相手と自分の空間で起こるすべてのことを把握することはもちろん、正確に予測までしなければならない」と、教えることではなく、自分で習得するしかない種類のものだと明かしている。
「井上の動きを見れば、彼には自分と相手の空間で何が起きているのかを瞬時に把握し、その次に何が起こるのかを正確に予測できていることがわかる。自分がいるべき場所と、絶対にいてはいけない場所をわかっているのだ。それはフロイド・メイウェザーが持っている能力と同じ種類のものだ」。
では、井上は世界的なスターになれるのか?
実は、日本ですら井上のポジションはスターとは言えないかもしれない。
日本で人気があるスポーツは野球とサッカー。ボクシングはその他スポーツの一つに過ぎない。
さらに、日本ではミドル級での五輪金メダリストで、セカンドタイトルとはいえWBA王者の村田諒太の存在が あまりにも大きかった。
しかし、村田の陥落と井上のWBSSでの衝撃的なKO勝利は、二人の立場を逆転させるかもしれない。
もちろん、バンタム級の井上が、王者時の村田と同等のスポンサーを集めることは不可能だが。
それでも「ホリプロと契約したことで井上の露出は、テレビのバラエティ番組や雑誌の表紙などで劇的に増えている」(ボクシングライター宮田有里子)。
リング誌の表紙を飾ったことも、日本では大ニュースとなった。
井上にかけられた夢。アジアから世界のスーパースターへ。
それは極めて狭き門だが、この超難関を突破したファイターが一人だけいる。
宮田は「1998年にマニー・パッキャオが後楽園ホールで寺尾新を粉砕した現場にいたが、パッキャオが世界的なスーパースターになるとは想像できなかった」と述懐している。
また、ルディも「パッキャオは特別の中の特別だ。彼のバックグラウンドやカリスマは、誰にも真似はできない」と、フィリピン上院議員は例外だと指摘している。
パッキャオはどんな試合にも快諾し、満面の笑みをふりまいてリングに入場すると、スピードあふれる面白い試合を創造し、観客やテレビの視聴者をたちまちファンに取り込んだ。
そして、彼は英語をマスターすることで、自らをプロモートする術も持っていた。井上は英語を一切話せない。
もちろん、ロベルト・デュランも英語を話せなかったから、それがスターダムへの大きな障害になるとは限らない。
今年の前半に井上はIBF王者エマニュエル・ロドリゲスと最強トーナメントの準決勝を戦う。そして、大方の予想通りに勝つだろう。
決勝の相手はゾラニ・テテとノニト・ドネアの勝者。
井上が優勝したときモハメド・アリ杯とともにWBA(ファーストタイトル)、WBC、IBF、WBOの4つのアルファベットタイトルに加えて、リング誌の118ポンド王者のベルトも腰に巻いているはずだ。
ルディも「バンタム級には敵はいない」と太鼓判を押している。
井上は、彼が憧れるパッキャオの高みにまで登ることは出来ないだろう。
しかし、彼が従前の日本やアジアのボクサーの枠を超えて、世界的な名声を手に入れる可能性は、インターネットや地球規模の情報伝達によって、極めて高いだろう。
衝撃的なKOを演出するリングを降りると、幼い子供とカラオケを楽しむこともある井上は「日本でボクシングをもっとメジャーにするという使命は、大きなモチベーションになっている。まだまだやらなければならないことが山積しているが、子供達が自分に憧れてボクシングを始めてくれたら、こんなに嬉しいことはない」。
モンスターなら、きっとその使命を全うするはずだ。
そのリング誌2月号の4ページにわたる特集を拙訳します。
MAN ON FIRE


世界中のボクシングジムで、最初に教えるコンビネーションだ。
まさにボクシングのABC。
多くのボクサーが、練習で美しくつなぐことが出来る簡単なコンビネーションがワン・ツーだ。
それでも、試合では最も予測されやすい、このコンビネーションがを美しくつながれることはあまりない。
さらに、それが衝撃的な破壊力を伴って、劇的に試合を終わらせてしまうとなると、そんな光景は滅多やたらに見られるものではない。
しかし、昨年10月7日の横浜アリーナで、その滅多やたらに見ることができないスペクタルが起きた。
最も不幸だったのは1万5000人の大観衆だったかもしれない。
あの会場にいた誰もが、その瞬間に何が起こったのかを把握できなかっただろう。
そのワンツーを放った25歳の日本人以外は。
ファン・カルロス・パヤノが背中からゆっくり倒れる様子を目の当たりにして、ドミニカ人の意識を完全に飛ばす途轍もないパンチが放たれたことに、もしかしたら最も近くで目撃していた両コーナーですらそのとき初めて気づいたかもしれない。
マリオネットの糸を断ち切ったように、部屋の電気を消したように、パヤノはパッタリと倒れた。
スローで見ても、そんな強烈なパンチには見えない。
しかし、ひたすらにコンパクトで、鋭いパンチが恐るべきタイミングでパヤノを捉えていたことは、VTRが伝えてくれる。
もはや〝習慣的〟にすらなった、破壊的な勝利は、どうして生み出されるのか?
ジュニアフライ級で世界王者になり、ジュニアバンタム、そしてバンタムと三階級制覇を果たしている井上が爆発的なパンチングパワーを失わないままクラスを上げて来たのは驚きでしかない。
世界的な名伯楽、ルディ・エルナンデスは「私のPFP1位は井上。彼は特別で、攻撃に関しては全てを持ち合わせている。そして、彼はまだ発展途上、我々はまだ井上のベストを見ていない」。
ルディの井上評は天井知らずだ。
「本当に優れたボクサーは誰が指導しようが関係ない。元々、そういうふうに生まれてくるのだ。シュガー・レイ・ロビンソンやモハメド・アリ、シュガー・レイ・レナード、ロイ・ジョーンズJr.。彼らはそういう選ばれし者だ。そして、おそらく井上も」。
その〝chosen one〟(選ばれし者)井上は、父親の慎吾の指導を受けてきた。
慎吾は短いアマチュア経験しか持っていない、その意味ではプロフェッショナルではない。
しかし、ボクシングへの情熱を断ち切ることができず、二人の息子、尚弥と拓真にその沸騰する想いを注いできた。
井上は「ボクシングの基本は父親から学んだ。特にディフェンスに関しては。父親から受けた影響は計り知れない」「6歳のときから練習を重ねてきたが、特別なことは何もしていない。基本的なことを磨いてきた。その過程で自分のタイミングを習得することができた」と語る。
これまで数多くの日本人ボクサーを指導し、現在は伊藤雅雪をコーチするエルナンデスはタイミングについて「教えることは難しい。相手と自分の空間で起こるすべてのことを把握することはもちろん、正確に予測までしなければならない」と、教えることではなく、自分で習得するしかない種類のものだと明かしている。
「井上の動きを見れば、彼には自分と相手の空間で何が起きているのかを瞬時に把握し、その次に何が起こるのかを正確に予測できていることがわかる。自分がいるべき場所と、絶対にいてはいけない場所をわかっているのだ。それはフロイド・メイウェザーが持っている能力と同じ種類のものだ」。
では、井上は世界的なスターになれるのか?
実は、日本ですら井上のポジションはスターとは言えないかもしれない。
日本で人気があるスポーツは野球とサッカー。ボクシングはその他スポーツの一つに過ぎない。
さらに、日本ではミドル級での五輪金メダリストで、セカンドタイトルとはいえWBA王者の村田諒太の存在が あまりにも大きかった。
しかし、村田の陥落と井上のWBSSでの衝撃的なKO勝利は、二人の立場を逆転させるかもしれない。
もちろん、バンタム級の井上が、王者時の村田と同等のスポンサーを集めることは不可能だが。
それでも「ホリプロと契約したことで井上の露出は、テレビのバラエティ番組や雑誌の表紙などで劇的に増えている」(ボクシングライター宮田有里子)。
リング誌の表紙を飾ったことも、日本では大ニュースとなった。
井上にかけられた夢。アジアから世界のスーパースターへ。
それは極めて狭き門だが、この超難関を突破したファイターが一人だけいる。
宮田は「1998年にマニー・パッキャオが後楽園ホールで寺尾新を粉砕した現場にいたが、パッキャオが世界的なスーパースターになるとは想像できなかった」と述懐している。
また、ルディも「パッキャオは特別の中の特別だ。彼のバックグラウンドやカリスマは、誰にも真似はできない」と、フィリピン上院議員は例外だと指摘している。
パッキャオはどんな試合にも快諾し、満面の笑みをふりまいてリングに入場すると、スピードあふれる面白い試合を創造し、観客やテレビの視聴者をたちまちファンに取り込んだ。
そして、彼は英語をマスターすることで、自らをプロモートする術も持っていた。井上は英語を一切話せない。
もちろん、ロベルト・デュランも英語を話せなかったから、それがスターダムへの大きな障害になるとは限らない。
今年の前半に井上はIBF王者エマニュエル・ロドリゲスと最強トーナメントの準決勝を戦う。そして、大方の予想通りに勝つだろう。
決勝の相手はゾラニ・テテとノニト・ドネアの勝者。
井上が優勝したときモハメド・アリ杯とともにWBA(ファーストタイトル)、WBC、IBF、WBOの4つのアルファベットタイトルに加えて、リング誌の118ポンド王者のベルトも腰に巻いているはずだ。
ルディも「バンタム級には敵はいない」と太鼓判を押している。
井上は、彼が憧れるパッキャオの高みにまで登ることは出来ないだろう。
しかし、彼が従前の日本やアジアのボクサーの枠を超えて、世界的な名声を手に入れる可能性は、インターネットや地球規模の情報伝達によって、極めて高いだろう。
衝撃的なKOを演出するリングを降りると、幼い子供とカラオケを楽しむこともある井上は「日本でボクシングをもっとメジャーにするという使命は、大きなモチベーションになっている。まだまだやらなければならないことが山積しているが、子供達が自分に憧れてボクシングを始めてくれたら、こんなに嬉しいことはない」。
モンスターなら、きっとその使命を全うするはずだ。
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フシ穴の眼
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フシ穴の眼
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