楢崎引退…強かった「前所属・横浜フリューゲルス」への思い 


楢崎正剛が引退を発表しました。

先月「名古屋を退団、移籍」と報道されましたが、引退の道を選んだようです。

もう、ゴールを守る姿を見ることができないと思うと寂しい限りです。

フリューゲルスが消滅してからは、名古屋に移籍、クラブの黄金時代を築きました。

2010年にはJリーグ初のキーパーでMVP。

全盛期のあなたは、多くのビッグクラブから移籍の勧誘を受けましたが、どんな好条件の話もこと断り続けたと言われています。

移籍したら前所属から「横浜フリューゲルス」という名前が消える。

そうはさせない、というのがその理由だと知ったとき、嬉しくて申し訳なくて泣いてしまいました。

テレビ画面のテロップや、新聞雑誌の活字に、あなたの前所属「横浜フリューゲルス」を見つけた時、いつも心の中にポッと灯がともったような気持ちになりました。
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ファンクラブ会報誌「F !」に連載されていた「ならざきせいごうの完封宣言!」。「楢」の字が「樽」と勘違いされて「たるざき」と呼ばれることがあるとか、クラブの広報が出身地を間違ったことで本当は「奈良」なのに「徳島」と思われてることや、若い楢崎が徒然なる思いを毎号原稿用紙に直筆で綴ってくれていました。

J1通算出場試合数は歴代1位の631。燦然と輝く大記録です。

そして2位は、遠藤保仁の602です。

なんと誇らしいことでしょう。



私のとって横浜フリューゲルスは今でも、生々しい記憶です。

過ぎ去ったモノクロームの思い出なんかじゃありません。

まだ産まれたばかりの娘を連れて家族で応援に行った三ツ沢、日産。
 
 
あの思い出は、モノクロームなんかじゃありません。

横浜フリューゲルスとの6年間の思い出は生涯、極彩色です。

今でも、ゴール裏であなたに精一杯の声援を送っていたことを思い出します。

「まもーーーれッ!!!、せいごぉーーー!!! 」

「まもーーーれッ!!!、せいごぉーーー!!! 」

「まもーーーれッ!!!、せいごぉーーー!!! 」