デオンティ・ワイルダーの野望、今回はESPNの名物コーナー「The Undefeated」(敗れざる者たちの物語)からです。
私に、この素晴らしい記事を伝える英語力と国語力があるとは思えませんが、拙訳・意訳、そして駄文、ご勘弁願います。
Can Deontay Wilder restore
デオンティ・ワイルダー はヘビー級黄金時代を再興できるのか?〜米国の切り札がタイソン・ヒューリーとの対決で「この没落したスポーツでの強打者の一人に過ぎないのか、それともそれ以上(米国ボクシングに復興をもたらす)なのか?」の答えを示す。
アラバマ州ノースポート。
秋の冷たい風が吹き付ける日が何日か続いていたある日。
3台のSUVでスカイ・ボクシングジムに到着したデオンティ・ワイルダーだったが、約束のスパーリングの時間には1時間30分も過ぎていた。
身長6フィート7インチ(201㎝)、体重220ポンド(99.7kg)前後。33歳の巨漢がドアを開けて入ってきたとき、報道陣(多くの英国メディアも詰めかけていた)は待ちくたびれていた。
この試合をPPVで生中継するショウタイムは、ワイルダーのドキュメンタリーを製作中で、ゆっくりとワイルダーの後ろにカメラを回して撮影を始めた。
アシスタントトレーナーのマーク・ブリーランドが「待たせたね」と笑って、私をリングサイドに呼び寄せてくれる。
マーク・ブリーランド。1984年ロス五輪のウェルター級金メダリストの英雄で、プロでも2度世界王者になった天才肌のボクサーは、今55歳。
メガネをかけて、ヤギのような白い口ひげも生やしている。
「デオンティが初めてグローブをはめたのは、19歳のことだった。19歳だぜ?信じられるか?」
「私は8歳のことだった。当時はそれでも遅いと言われたよ」。
ワイルダーは、プロ40戦全勝39KO。
目を瞠る戦績の強打者は、あまりにも遅い年齢でボクシングを始めていた。
私はブリーランドに尋ねた。「あなたは並外れた才能を持っていた。今のワイルダーをあなたと比較すると、技術的にはどのレベルにあるか?」。
痩身の元天才ボクサーの答えは驚くべきものだった。
「私が11歳か12歳の頃には、今のワイルダーよりももっと高等な技術を操っていたよ」。
「だけど、ワイルダーは、体格とパンチ力がモノを言う現代のヘビー級だ。あいつのパワーを見ただろう。彼は右の拳だけで全てをぶっ壊すことができるんだ」。
そんな力任せで、無敗のタイソン・ヒューリーに勝てるのだろうか?
たとえヒューリーに勝ったとしても、パワーだけでWBA/IBF/WBOの統一王者アンソニー・ジョシュアの壁を乗り越えられるのだろうか?
そんな力任せで、長らく仮死状態の米国ヘビー級を覚醒させることなど出来るのだろうか?
ブリーランドはふざけているのかもしれない。
あまりに惨めに落ちぶれた米国のヘビー級とボクシングを、皮肉ったのかもしれない。
それにしても、技術的に優れたボクサーが常に強打者に駆逐されるとでも信じているのだろうか?
それでも、米国にはワイルダーしかいない。
その次のヘビー級を探すとなると、33歳のドミニク・ブルージールだが、彼は2年前にジョシュアに粉砕されている。
元キックボクサーで300ポンド近い体重でリングに上がるジャーレル〝ビッグベイビー〟ミラーは、確かにパンチはあるが、90年代に同じ体格でイベントの余興役を務めた万年4回戦のバタービーンと何が違うのだろうか?
「バタービーンは今のヘビー級ならトップ10に入るんじゃないか?」。
私の質問にブリーランドは「それはない」と否定したが「トップ20には入るだろうね、間違いなく」と寂しそうに笑った。
それほどまでに米国ヘビー級が落ち込んだ闇は、深いのだ。
ワイルダーの対戦相手の質は、ヘビー級のレベルが低落していることを考慮しても、相当に酷い。
この春に、ようやく強豪と呼べるルイス・オルティスと拳を交えて10ラウンドで仕留めたが、その内容はスリリングなシーソーゲームで、7ラウンドにはTKO負け寸前だった。
その試合で、私たちは、絶望と希望をあらためて思い知らされる。
「(あまりに遅くボクシングを始めたために)技術は絶望的に稚拙だが、そのパワーがもたらす希望は計り知れない」。
米国の無残な状況を打破できるのは、小手先の技術ではなく、何もかもを根こそぎ吹っ飛ばすパワーであるとしたら、私たちは既に救世主を手に入れているのかもしれない。
しかし、ワイルダーの評価は微妙だ。
2008年北京オリンピックで銅メダルに輝いた。これは米国に持ち帰られた(ボクシング競技で)唯一のメダルだった。
しかし、ファンやメディアの受け止め方は「20年間もヘビー級の金メダルが取れていない」というネガティブなものだった。
ワイルダーは唯一のメダルをもたらした英雄ではなく、長い屈辱の歴史にピリオドを打つことが出来なかった敗者の一人として記憶されているのだ。
銅メダルを獲得して3ヶ月後、テネシー州ナッシュビルでプロデビューする。
イーサン・コックスを2ラウンドで沈めた試合で手にした報酬は、わずか3500ドルだった。
五輪メダリストの看板でゴールデンボーイ・プロモーションズと契約したにもかかわらず、3500ドルだったのだ。
「(ワイルダー がデビュー当時に鬼神の勢いだった)パッキャオのように中量級なら、もう少し報酬は上がってたのかな?でも、でっかい体で生まれたから仕方がない」。
米国ボクシングの黄金時代、選手が最も高給を楽しめた時代、信じられない金額でシュガー・レイ・レナードらがデビューした麗しき時代は遠く彼方に去っていた。
オッズや専門家の予想・評価がいかに頼りないものか、人々はあまりにも簡単に忘れてしまう。

私に、この素晴らしい記事を伝える英語力と国語力があるとは思えませんが、拙訳・意訳、そして駄文、ご勘弁願います。
Can Deontay Wilder restore
America’s glory days in heavyweight boxing?
The top-ranked U.S. fighter faces Tyson Fury and questions over whether he’s more than a big puncher in a declining sport

アラバマ州ノースポート。
秋の冷たい風が吹き付ける日が何日か続いていたある日。
3台のSUVでスカイ・ボクシングジムに到着したデオンティ・ワイルダーだったが、約束のスパーリングの時間には1時間30分も過ぎていた。
身長6フィート7インチ(201㎝)、体重220ポンド(99.7kg)前後。33歳の巨漢がドアを開けて入ってきたとき、報道陣(多くの英国メディアも詰めかけていた)は待ちくたびれていた。
この試合をPPVで生中継するショウタイムは、ワイルダーのドキュメンタリーを製作中で、ゆっくりとワイルダーの後ろにカメラを回して撮影を始めた。
アシスタントトレーナーのマーク・ブリーランドが「待たせたね」と笑って、私をリングサイドに呼び寄せてくれる。
マーク・ブリーランド。1984年ロス五輪のウェルター級金メダリストの英雄で、プロでも2度世界王者になった天才肌のボクサーは、今55歳。
メガネをかけて、ヤギのような白い口ひげも生やしている。
「デオンティが初めてグローブをはめたのは、19歳のことだった。19歳だぜ?信じられるか?」
「私は8歳のことだった。当時はそれでも遅いと言われたよ」。
ワイルダーは、プロ40戦全勝39KO。
目を瞠る戦績の強打者は、あまりにも遅い年齢でボクシングを始めていた。
私はブリーランドに尋ねた。「あなたは並外れた才能を持っていた。今のワイルダーをあなたと比較すると、技術的にはどのレベルにあるか?」。
痩身の元天才ボクサーの答えは驚くべきものだった。
「私が11歳か12歳の頃には、今のワイルダーよりももっと高等な技術を操っていたよ」。
「だけど、ワイルダーは、体格とパンチ力がモノを言う現代のヘビー級だ。あいつのパワーを見ただろう。彼は右の拳だけで全てをぶっ壊すことができるんだ」。
そんな力任せで、無敗のタイソン・ヒューリーに勝てるのだろうか?
たとえヒューリーに勝ったとしても、パワーだけでWBA/IBF/WBOの統一王者アンソニー・ジョシュアの壁を乗り越えられるのだろうか?
そんな力任せで、長らく仮死状態の米国ヘビー級を覚醒させることなど出来るのだろうか?
ブリーランドはふざけているのかもしれない。
あまりに惨めに落ちぶれた米国のヘビー級とボクシングを、皮肉ったのかもしれない。
それにしても、技術的に優れたボクサーが常に強打者に駆逐されるとでも信じているのだろうか?
それでも、米国にはワイルダーしかいない。
その次のヘビー級を探すとなると、33歳のドミニク・ブルージールだが、彼は2年前にジョシュアに粉砕されている。
元キックボクサーで300ポンド近い体重でリングに上がるジャーレル〝ビッグベイビー〟ミラーは、確かにパンチはあるが、90年代に同じ体格でイベントの余興役を務めた万年4回戦のバタービーンと何が違うのだろうか?
「バタービーンは今のヘビー級ならトップ10に入るんじゃないか?」。
私の質問にブリーランドは「それはない」と否定したが「トップ20には入るだろうね、間違いなく」と寂しそうに笑った。
それほどまでに米国ヘビー級が落ち込んだ闇は、深いのだ。
ワイルダーの対戦相手の質は、ヘビー級のレベルが低落していることを考慮しても、相当に酷い。
この春に、ようやく強豪と呼べるルイス・オルティスと拳を交えて10ラウンドで仕留めたが、その内容はスリリングなシーソーゲームで、7ラウンドにはTKO負け寸前だった。
その試合で、私たちは、絶望と希望をあらためて思い知らされる。
「(あまりに遅くボクシングを始めたために)技術は絶望的に稚拙だが、そのパワーがもたらす希望は計り知れない」。
米国の無残な状況を打破できるのは、小手先の技術ではなく、何もかもを根こそぎ吹っ飛ばすパワーであるとしたら、私たちは既に救世主を手に入れているのかもしれない。
しかし、ワイルダーの評価は微妙だ。
2008年北京オリンピックで銅メダルに輝いた。これは米国に持ち帰られた(ボクシング競技で)唯一のメダルだった。
しかし、ファンやメディアの受け止め方は「20年間もヘビー級の金メダルが取れていない」というネガティブなものだった。
ワイルダーは唯一のメダルをもたらした英雄ではなく、長い屈辱の歴史にピリオドを打つことが出来なかった敗者の一人として記憶されているのだ。
銅メダルを獲得して3ヶ月後、テネシー州ナッシュビルでプロデビューする。
イーサン・コックスを2ラウンドで沈めた試合で手にした報酬は、わずか3500ドルだった。
五輪メダリストの看板でゴールデンボーイ・プロモーションズと契約したにもかかわらず、3500ドルだったのだ。
「(ワイルダー がデビュー当時に鬼神の勢いだった)パッキャオのように中量級なら、もう少し報酬は上がってたのかな?でも、でっかい体で生まれたから仕方がない」。
米国ボクシングの黄金時代、選手が最も高給を楽しめた時代、信じられない金額でシュガー・レイ・レナードらがデビューした麗しき時代は遠く彼方に去っていた。
オッズや専門家の予想・評価がいかに頼りないものか、人々はあまりにも簡単に忘れてしまう。1973年「the Sunshine Showdown」で、ジョージ・フォアマンは1−4のアンダードッグだった。
〝暁の決闘〟でジョー・フレイジャーがどんな形でフォアマンに屠られたか、誰もが記憶しているだろう。
1964年、カシアス・クレイがソニー・リストンに挑んだ時、オッズは8−1。
リングサイドに座った御偉い記者連中46人のうち43人が「リストンのKO勝ち以外の結果はない」と断言した。
それどころか、オッズと専門家は、再戦でもリストン有利と叩いていたのだ。
彼らは、タイソンvsホリフィールドの2戦にも通じる、「リストンやタイソンはとにかく強い」という今なら誰にでもわかる間違った信仰を疑わなかった愚かな殉教者だ。
さらに遡って、1951年。
ロッキー・マルシアノが37歳のジョー・ルイスを8ラウンドにリング外に叩き落とす戦慄のKOを演出、試合後に「アイドルを殴ってしまった」と号泣した、あの試合もオッズはルイス有利だったのだ。
ヒューリー戦の掛け率は、おおよそ5-3でワイルダー有利だが、まだ決まってもいないジョシュア戦でもすでにオッズは立てられて、1−2で不利と見られている。
明後日のヒューリー戦ではキャリア最高の600万ドルが最低保障されているワイルダー。PPVの売り上げによっては更に加算される。
それでも、マイク・タイソンは1988年のマイケル・スピンクス戦の91秒で2100万ドルを稼いだ。
この数字は10年に及ぶワイルダーのキャリアで積み上げられた総報酬1600万ドルを上回る。
さらに、メイウェザーとパッキャオと比べると、ワイルダー のファイトマネーは、もはや何分の一なのかわからない〝微々たる〟金額に映ってしまう。
米国のヘビー級は地に堕ちたのだ。
かつてのヘビー級は伝説にも満ちていた。
ブルックリンで鳩を愛していた気弱な近眼少年、タイソン。
中学校を退学して時給1ドル洗車の仕事で働きづくめ母親と11人の兄弟の面倒を見たラリー・ホームズ。
アリがボクシングを始めるきっかけとなった無名の自転車泥棒(彼が名乗り出れば「非選手部門」の殿堂入り間違いなし)のエピソード。
ワイルダーも負けてはいない。
1985年、アラバマ州タスカルーサで、生まれたデオンティは〝期待通りの〟貧しい生活を送る。
プロテスタントの牧師だった父親には、自分の身は自分で守ること、一歩家を出たら戦う用意を常にしておけと厳しく育てられた。
いじめられて泣いて帰ることなどは、許されなかったのだ。
自立した少年は、シェルトン州立短期大学に通っていた19歳の時、恋人から「妊娠した」と告げられる。
そんな激動の年に、彼はボクシングを始めたことになる…なんという運命だろうか。
結婚に備えてレッドロブスターとIHOP(朝食専門のファストフード)でバイトをしながら、バドワイザーを運ぶトラック運転手までこなし、貯金したのだ(これらの仕事はプロ入りしてからも続けなければならなかった)。
デオンティ・ワイルダー、見上げた、立派な若者である。
2005年、娘が生まれる。しかし、可愛い娘は脊椎破裂の難病を患って生まれてきた。
治療費を捻出するために、ワイルダーは学業を断念、バイトのシフトも増やした。
そして、北京オリンピックで金メダルを目指す…。
この実直な青年の物語は、アリやタイソンにも負けないと思うが、もしかしたらボクシング凋落という時代に負けたのかもしれない。
多くの人が言うだろう。「ヘビー級が最もレベルの高かったアリの時代にワイルダーが生まれていたら、物語以前にボクサーとして大成していない」。
しかし、それは別の話だ。

スパーリングを終えたワイルダーに、ずっと聞きたかったことを尋ねてみた。
「あなたを最後に米国人ヘビー級王者は絶滅するかもしれない。だとしたら、どう思うか?」
ワイルダーは椅子に深くもたれながら、しばらく考えたあと「面白い質問だ。私はそうはあって欲しくない。自分が最後だなんて」と絞り出した。
「そういうことを言うひとはいるよ。私についてはいつも、誰もが間違ったことを言ってきた。私の実力、私の過去、現在、未来、全部だ。それを私はいつだって、覆してきた。その質問もそうだ。私が最後だなんて…ありえない」。
ワイルダーは、どこまでも真剣な目でまくしたてる。
「逆に、君が宇宙人からこう言われたらどんな気分だい?『お前を最後に人類は絶滅する』なんて。おぞましいだろ?そうはさせない。絶対に米国ヘビー級に黄金時代を取り戻してやるさ」。
「米国ボクシングが落ちぶれた?そんなこと、私がリングに上がる以前の過去の事にしてやる」。
「19歳でボクシングを始めるのは遅すぎる?それも、私が覆してやる。『19歳でボクシングを始めるってのは丁度いい頃合いだ』ってね」。
ワイルダーがジョシュアに勝利を収めて世界を統一しても、米国ボクシングが再興するかどうかは極めて疑問だ。
しかし、巨大な既成概念に立ち向かう彼の挑戦が尊いものであるのは間違いない。
それもたった一人で。
******
ワイルダーはジャブを起点にしたボクシングも出来ますから「パワーだけ」というのは、少し自虐的な気もしますね。
それにしても、ワイルダーのデビュー戦が3500ドルなんて…米国ボクシングは死んでます。 というかメイパックが異常だったんですね…。
確かに、リストンとタイソンは弱い相手には史上最強と思わせるほど滅法強い勝ち方のできるボクサーでしたが、強い相手にはあまりにも惨めな姿を曝け出してしまう〝いじめっ子〟型のボクサーでした。
米国に再びヘビー級の覇権を取り戻すことは至難の業です。ましてや、ここまでマイナー化したボクシングを再興するなんて。
それでも、確かに、ワイルダーの挑戦は素晴らしいと思います。
コメント
コメント一覧 (2)
あらてめて思い知らされました。
フシ穴の眼
が
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フシ穴の眼
が
しました