プロボクサーは何のために戦うのか。

プロである以上、それはカネです。
そして、プロである限り、歴史に偉大な爪痕を残したいという野望もあるべきです。
「この偉大な爪痕」というのが、なかなかの曲者です。
歴史に偉大な爪痕を残すのですから、それは客観的な評価、尊敬であるべきです。
この客観的で〝偉大な爪痕〟を残した典型的なレジェンドがマニー・パッキャオです。
史上唯一の8階級制覇、そのうち4階級(フライ、フェザー、ジュニアライト、ジュニアウェルター)でリネラル王者を撃破(この本物の〝4階級制覇〟も史上唯一です)、ボクシング界に衝撃を与えました。
腐敗承認団体と水増し階級の増殖から、80年代以降のスター選手は一つの階級にとどまることをよしとせず、ビッグネームを求めて複数階級制覇を目指すようになりました。
世界タイトルの意味が希薄化している惨状で、複数階級制覇はビッグネームを求めた結果でしかありません。
タイトルがスーパースターを作る時代はとうの昔に終わったのです。
今はタイトルがスーパースターに擦り寄る時代です。
パッキャオvsミゲール・コットや、カネロ・アルバレスvsゲンナディ・ゴロフキンらのメガファイトを契機に創設されたWBCのダイヤモンドやメキシコベルトなどや、WBAのスーパーなど正体不明で発作的なタイトルはその代表です。
客観的で偉大な爪痕を残したパッキャオは、金と名誉を目的としたがために、適正階級をオーバーするウェルター級を主戦場としています。
そこが、世界で最も荒稼ぎ出来る肥沃な階級だからです。

ESPNマガジン創刊20周年特集号から。全盛期はとっくに過ぎて負けも混んできたというのに「THE DOMINANT 20」(世界を支配するアスリート20人)の19位に選ばれたパックマン。
ボクサーでランクされたのは8位のメイウェザーと二人だけです。
ボクシング界での存在感は今なお巨大です。ちなみにパッキャオをかわして18位にランクされたのは、大谷翔平のチームメイト、マイク・トラウトでした。
同じことは、フロイド・メイウェザーにも言えることです。
いうなれば、自分の才能を最高に表現するよりも、金になる宗教画を描く画家のようなものです。
プロである限り、その評価はカネであるのは当然です。
FA宣言したプロ野球選手が「他球団の評価を聞きたい」という言葉を直訳すると「自分にいくらのカネを払ってくれるのか」ということです。
しかし、一方で大富豪のパトロンから莫大な報酬を積まれても〝宗教画〟を描くことを拒み、自分の才能に閉じ籠る求道者のようなボクサーもいます。
その代表はリカルド・ロペスでしょう。
野獣のマチズム(男らしい真正面からの打撃戦)が歓迎されるメキシコで生を受けながらも、精密機械に例えられるボクシングを研ぎ澄まし続けたフィニート。
1985年にストロー級でデビュー、 1990年に大橋秀行をストップしてこのクラスのWBCバージョンを獲得(その後WBAも吸収)、1998年までにこのタイトルを21度も防衛します。
なんと13年もの長きに渡り、最も体重管理の難しいこの階級にとどまっていたのです。
なんという自律、なんという節制でしょう。
「クーヨ・エルナンデスの最後にして最高の傑作」が究極に追い求めたのは、精巧に高められた技術ではなく、その高尚な自律と節制だったのかもしれません。
この13年間には、ウンベルト・ゴンザレスや、マイケル・カルバハルら軽量級ではありえないビッグネームとの対戦が期待されましたが、ロペスはジュニアフライ級転向を拒否し続けます。
ロペスの頑固な姿勢は「ビッグファイトを断るなんてプロじゃない」「ストロー級にとどまる意味などない」と辛辣な批判にさらされましたが、「チキン」と侮辱したのは対戦候補に挙がったゴンザレスら少数でした。
「フィニートが105ポンドにこだわったのは、そこでこそ最高のパフォーマンスが発揮できるから」だと、多くのファンやメディアが理解していたからです。
歴史的な世界王者にもかかわらず、拠点の米国では一度もメインを張ることがなかったばかりか、女子ボクサーの前座までつとめながら、自らの技術を研磨することだけに集中することを貫いたフィニート。
パックマンの絵筆は、とにかく高く売れる絵を描くために振るわれました。自分の才能が最も発揮できる場所よりも、カネと名誉をひたすら追い求めたのです。
フィニートは、宗教画を描くことをよしとしませんでした。
さて…。
先走ってロクなことがないのは数え切れないほど体験していますが、我らが井上尚弥です。
彼にとって最高のカンバスは、おそらく118ポンド、バンタムか、一つ上の122ボンド、ジュニアフェザー級です。
ロペスのように自らのフィールドに閉じこもり〝フィニート〟(素晴らしい、最高)を突き詰める、冷徹な職人になるのか。
それともパッキャオの情熱のように、誰もが無謀だと呆れ果てる大海原へ、その小さな船を漕ぎ出すのか。
もちろん、ほとんどのファンは後者を希望しているはずです。
しかし…井上が見せる競技に対する姿勢や言動から発散される空気の温度は、前者に近いようにも感じます。
「宗教画も描く熱いカブキ者」と「最高表現にこだわる冷徹な職人」。どちらが偉大かは、甲乙つけ難しです。
しかし、困難なのは前者です。
〝宗教画〟はパトロンやファンからのオファーがなければ描くことは出来ません。
さらに、ファンやパトロンは「10日後にMGMグランドアリーナまで行ってジュニアフェザー級最強王者と戦え」「超絶完全アウエーのアラモドームで1階級上のPFPファイターの咬ませ犬になれ」と無理難題を押し付けてきます。
井上陣営にも、もしかしたらそれに近いオファーが来ているかもしれません。
世の中の常識ですが、都合の良いことは発表しがちです(かつての長谷川穂積や、今なら井上尚弥の陣営が「オファーを出したが断られた、逃げられた」)。でも、これはお互い様だから、本当は言うべきではありません。
しかし、逆に自分たちが断ったオファーは、まず口に出しません。
どんなボクサーにとってもプライムタイムは、長くはありません。
同じことは、フロイド・メイウェザーにも言えることです。
いうなれば、自分の才能を最高に表現するよりも、金になる宗教画を描く画家のようなものです。
プロである限り、その評価はカネであるのは当然です。
FA宣言したプロ野球選手が「他球団の評価を聞きたい」という言葉を直訳すると「自分にいくらのカネを払ってくれるのか」ということです。
しかし、一方で大富豪のパトロンから莫大な報酬を積まれても〝宗教画〟を描くことを拒み、自分の才能に閉じ籠る求道者のようなボクサーもいます。
その代表はリカルド・ロペスでしょう。
野獣のマチズム(男らしい真正面からの打撃戦)が歓迎されるメキシコで生を受けながらも、精密機械に例えられるボクシングを研ぎ澄まし続けたフィニート。
1985年にストロー級でデビュー、 1990年に大橋秀行をストップしてこのクラスのWBCバージョンを獲得(その後WBAも吸収)、1998年までにこのタイトルを21度も防衛します。
なんと13年もの長きに渡り、最も体重管理の難しいこの階級にとどまっていたのです。
なんという自律、なんという節制でしょう。
「クーヨ・エルナンデスの最後にして最高の傑作」が究極に追い求めたのは、精巧に高められた技術ではなく、その高尚な自律と節制だったのかもしれません。
この13年間には、ウンベルト・ゴンザレスや、マイケル・カルバハルら軽量級ではありえないビッグネームとの対戦が期待されましたが、ロペスはジュニアフライ級転向を拒否し続けます。
ロペスの頑固な姿勢は「ビッグファイトを断るなんてプロじゃない」「ストロー級にとどまる意味などない」と辛辣な批判にさらされましたが、「チキン」と侮辱したのは対戦候補に挙がったゴンザレスら少数でした。
「フィニートが105ポンドにこだわったのは、そこでこそ最高のパフォーマンスが発揮できるから」だと、多くのファンやメディアが理解していたからです。
歴史的な世界王者にもかかわらず、拠点の米国では一度もメインを張ることがなかったばかりか、女子ボクサーの前座までつとめながら、自らの技術を研磨することだけに集中することを貫いたフィニート。
パックマンの絵筆は、とにかく高く売れる絵を描くために振るわれました。自分の才能が最も発揮できる場所よりも、カネと名誉をひたすら追い求めたのです。
フィニートは、宗教画を描くことをよしとしませんでした。
さて…。
先走ってロクなことがないのは数え切れないほど体験していますが、我らが井上尚弥です。
彼にとって最高のカンバスは、おそらく118ポンド、バンタムか、一つ上の122ボンド、ジュニアフェザー級です。
ロペスのように自らのフィールドに閉じこもり〝フィニート〟(素晴らしい、最高)を突き詰める、冷徹な職人になるのか。
それともパッキャオの情熱のように、誰もが無謀だと呆れ果てる大海原へ、その小さな船を漕ぎ出すのか。
もちろん、ほとんどのファンは後者を希望しているはずです。
しかし…井上が見せる競技に対する姿勢や言動から発散される空気の温度は、前者に近いようにも感じます。
「宗教画も描く熱いカブキ者」と「最高表現にこだわる冷徹な職人」。どちらが偉大かは、甲乙つけ難しです。
しかし、困難なのは前者です。
〝宗教画〟はパトロンやファンからのオファーがなければ描くことは出来ません。
さらに、ファンやパトロンは「10日後にMGMグランドアリーナまで行ってジュニアフェザー級最強王者と戦え」「超絶完全アウエーのアラモドームで1階級上のPFPファイターの咬ませ犬になれ」と無理難題を押し付けてきます。
井上陣営にも、もしかしたらそれに近いオファーが来ているかもしれません。
世の中の常識ですが、都合の良いことは発表しがちです(かつての長谷川穂積や、今なら井上尚弥の陣営が「オファーを出したが断られた、逃げられた」)。でも、これはお互い様だから、本当は言うべきではありません。
しかし、逆に自分たちが断ったオファーは、まず口に出しません。
どんなボクサーにとってもプライムタイムは、長くはありません。
残された時間は、思うほど長くはありません。
カブキ者か、職人か。
どちらを選ぼうが、偉大な道のりです。
連続防衛の時代ではないとはいえ、統一バンタム級で「具志堅用高の13」を破るようなことがあれば、紛うことなき偉業です。
どっちにしても、偉大だが険しい道のりですが、井上尚弥が選ぶ道が正解です。
そして、カブキ者も職人も、境界線などありません。
ヘンリー・アームストロングは、同時保持の三階級制覇を達成したカブキ者でしたが、ウェルター級王座を19度も防衛した職人でもありました。
井上の道は、ざっくり三又に分かれてますね。
フィニートかパックマンか、アームストロングか。
まだまだ、夢は終わりません。
カブキ者か、職人か。
どちらを選ぼうが、偉大な道のりです。
連続防衛の時代ではないとはいえ、統一バンタム級で「具志堅用高の13」を破るようなことがあれば、紛うことなき偉業です。
どっちにしても、偉大だが険しい道のりですが、井上尚弥が選ぶ道が正解です。
そして、カブキ者も職人も、境界線などありません。
ヘンリー・アームストロングは、同時保持の三階級制覇を達成したカブキ者でしたが、ウェルター級王座を19度も防衛した職人でもありました。
井上の道は、ざっくり三又に分かれてますね。
フィニートかパックマンか、アームストロングか。
まだまだ、夢は終わりません。
コメント
コメント一覧 (2)
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました