村田諒太が目指すもの。
それは、増殖した団体が乱立させる a Champion の一人になることではありません。誰も異論のない、議論する余地のない、The Undisputed Champion の座を勝ち取ることです。
そして、Undisputed Champion を求める磁力は、ミドル級ではいつの時代も絶えることがありませんでした。
WBCがWBAから分離独立した直後もミドル級は、ニノ・ベンベヌチ、エミール・グリフィスの二強時代からカルロス・モンソンの絶対王政へと王座は移行、統一王者を擁立し続けます。
もし、モンソンが軟弱な王者であったなら、とっくの昔にミドル級は、他階級と同様に王座の威厳は液状化し、タイトルは散逸していたでしょう。
カルロス・モンソン。〝Escopeta〟(ショットガン)の異名が物足りないほどの凶悪なミドル級王者です。
一度はWBCから剥奪されたベルトを再び取り戻し、ミドル級のUndisputed Champion の系譜を守り抜いた偉大で恐るべきチャンピオンです。
GONG WORLD BOXING 1982年2月号増刊「衝撃のミドル級 この一冊に衝撃のミドル級栄光不滅の全ドラマがある」=写真左の女性がスサナ・ヒメネス。
リングの中での圧倒的な強さと、リングの外での破天荒な生き様。「プロボクサーの世界チャンピオン」という一つの典型を、映画のように走り抜けたアルゼンティーナでした。
メガファイトを何試合も繰り広げたモンソンですが、1試合を選ぶとなるとウェルター級王者ホセ・ナポレスの野望を打ち砕いた七度目の防衛戦を挙げます。
ウェルター級の名王者をミドル級の絶対王者がひれ伏せさせる…ボクシング史を彩るスペクタクルの代表的な傑作です。
ときは1974年2月9日、場所は花の都パリ。なにゆえパリか?このメガファイトをプロモートしたのが、誰あろう、ボクシングに心酔していた当代きっての名優アラン・ドロンだったのです。
ナポレスのシャープな左フックがモンソンの顎にヒット!先にペースを掌握したのはウェルター級王者でしたが…。
試合はまさに絵に描いたような「ウェルター級の名王者vsミドル級の絶対王者」の展開を見せます。
スピードに勝るナポレスが、左ジャブを起点に右のパンチへとつなげる〝Mantequilla〟(バター)の渾名通りの滑らかな攻撃で、2ラウンドまで主導権を握ります。
しかし、ナポレスのタイミングを読み切ったモンソンが3ラウンドから手数を増やし、強烈で正確なショットガンがナポレスの顔面を何発も撃ち抜きます。
6ラウンドにはモンソンの重層な攻撃にナポレスは何も抵抗できません。
7ラウンド開始ゴングが鳴っても、誇り高きメキシコのMantequillaはストゥールから立ち上がれません。ナポレスは、座ったまま試合を放棄する屈辱を味わいます。
しかし、それにしても、モンソンのなんと強いことか。この前の年、浮気性のモンソンは怒り狂った妻に足を撃たれ、半日に及ぶ大手術と1ヶ月に渡る入院を強いられていたというのに。
あのモンソンが、拳銃で撃たれたくらいで怯む訳がありません。リングの中と同様に、リングの外でも破天荒な生活を満喫します。
アルゼンチンの人気女優スサナ・ヒメネスとの浮気に、妻への度重なるDV…モンソンはパパラッチの格好の餌食になりましたが、日本の有名人のように不倫やDVを暴かれて謝罪会見を開くような女々しいことをモンソンはしません。
謝罪会見の代わりに、こっそり写真を撮り記事にしたパパラッチを殴り倒して半殺しにしてしまいます。
1977年7月30日、ロドリゴ・バルデスとの再戦に勝利を収め、14連続防衛に成功したモンソンは「もはやリングの上で証明することは何一つない」と、王者のままグローブを吊るします。
しかし、私生活は現役時代同様、荒れまくります。モンソンの暴力に恐怖したヒメネスは、彼の元を去ります。
それでも、ウルグアイの美人モデル、マリシア・ミュニズとすぐに結婚。破滅的に凶悪な男性は、女性を惹きつける不思議なフェロモンを発散させるのかもしれません。
1981年には4年半のブランクを破って「マービン・ハグラーを倒せるのは俺だけだ」とカムバック宣言をしますが、不摂生を重ねた39歳のアルゼンチーナに、無敵の27歳に立ち向かう能力はもちろん、厳しい練習に耐える精神力が残されているはずがありませんでした。
気まぐれな復帰宣言を繰り返しながら、モンソンは狂乱の生活を送り続けます。
1988年に妻ミュニズの首を絞めたあと、ベランダから突き落として殺害。懲役11年の刑を宣告されます。
そして1995年1月、仮出所したモンソンは運転中に事故を起こし、そのまま帰らぬ人となりました。
享年52歳。
「ミドル級の呪い」。忌々しいジンクスに、また新たなページが加えられてしまいました。
そして、モンソンが手放して、その磁力を喪うと心配されたミドル級は、アルゼンティーナの強さをそのまま引き継いだ不動明王のようなマービン・ハグラーの拳によって、タイトルは散逸することなく、強力に束ね続けられることになるのです。
次は、ミドル級が最も絢爛豪華に輝いたハグラーの時代です。
それは、増殖した団体が乱立させる a Champion の一人になることではありません。誰も異論のない、議論する余地のない、The Undisputed Champion の座を勝ち取ることです。
そして、Undisputed Champion を求める磁力は、ミドル級ではいつの時代も絶えることがありませんでした。
WBCがWBAから分離独立した直後もミドル級は、ニノ・ベンベヌチ、エミール・グリフィスの二強時代からカルロス・モンソンの絶対王政へと王座は移行、統一王者を擁立し続けます。
もし、モンソンが軟弱な王者であったなら、とっくの昔にミドル級は、他階級と同様に王座の威厳は液状化し、タイトルは散逸していたでしょう。
カルロス・モンソン。〝Escopeta〟(ショットガン)の異名が物足りないほどの凶悪なミドル級王者です。
一度はWBCから剥奪されたベルトを再び取り戻し、ミドル級のUndisputed Champion の系譜を守り抜いた偉大で恐るべきチャンピオンです。
GONG WORLD BOXING 1982年2月号増刊「衝撃のミドル級 この一冊に衝撃のミドル級栄光不滅の全ドラマがある」=写真左の女性がスサナ・ヒメネス。
リングの中での圧倒的な強さと、リングの外での破天荒な生き様。「プロボクサーの世界チャンピオン」という一つの典型を、映画のように走り抜けたアルゼンティーナでした。
メガファイトを何試合も繰り広げたモンソンですが、1試合を選ぶとなるとウェルター級王者ホセ・ナポレスの野望を打ち砕いた七度目の防衛戦を挙げます。
ウェルター級の名王者をミドル級の絶対王者がひれ伏せさせる…ボクシング史を彩るスペクタクルの代表的な傑作です。
ときは1974年2月9日、場所は花の都パリ。なにゆえパリか?このメガファイトをプロモートしたのが、誰あろう、ボクシングに心酔していた当代きっての名優アラン・ドロンだったのです。

試合はまさに絵に描いたような「ウェルター級の名王者vsミドル級の絶対王者」の展開を見せます。
スピードに勝るナポレスが、左ジャブを起点に右のパンチへとつなげる〝Mantequilla〟(バター)の渾名通りの滑らかな攻撃で、2ラウンドまで主導権を握ります。
しかし、ナポレスのタイミングを読み切ったモンソンが3ラウンドから手数を増やし、強烈で正確なショットガンがナポレスの顔面を何発も撃ち抜きます。
6ラウンドにはモンソンの重層な攻撃にナポレスは何も抵抗できません。
7ラウンド開始ゴングが鳴っても、誇り高きメキシコのMantequillaはストゥールから立ち上がれません。ナポレスは、座ったまま試合を放棄する屈辱を味わいます。
しかし、それにしても、モンソンのなんと強いことか。この前の年、浮気性のモンソンは怒り狂った妻に足を撃たれ、半日に及ぶ大手術と1ヶ月に渡る入院を強いられていたというのに。
あのモンソンが、拳銃で撃たれたくらいで怯む訳がありません。リングの中と同様に、リングの外でも破天荒な生活を満喫します。
アルゼンチンの人気女優スサナ・ヒメネスとの浮気に、妻への度重なるDV…モンソンはパパラッチの格好の餌食になりましたが、日本の有名人のように不倫やDVを暴かれて謝罪会見を開くような女々しいことをモンソンはしません。
謝罪会見の代わりに、こっそり写真を撮り記事にしたパパラッチを殴り倒して半殺しにしてしまいます。
1977年7月30日、ロドリゴ・バルデスとの再戦に勝利を収め、14連続防衛に成功したモンソンは「もはやリングの上で証明することは何一つない」と、王者のままグローブを吊るします。
しかし、私生活は現役時代同様、荒れまくります。モンソンの暴力に恐怖したヒメネスは、彼の元を去ります。
それでも、ウルグアイの美人モデル、マリシア・ミュニズとすぐに結婚。破滅的に凶悪な男性は、女性を惹きつける不思議なフェロモンを発散させるのかもしれません。
1981年には4年半のブランクを破って「マービン・ハグラーを倒せるのは俺だけだ」とカムバック宣言をしますが、不摂生を重ねた39歳のアルゼンチーナに、無敵の27歳に立ち向かう能力はもちろん、厳しい練習に耐える精神力が残されているはずがありませんでした。
気まぐれな復帰宣言を繰り返しながら、モンソンは狂乱の生活を送り続けます。
1988年に妻ミュニズの首を絞めたあと、ベランダから突き落として殺害。懲役11年の刑を宣告されます。
そして1995年1月、仮出所したモンソンは運転中に事故を起こし、そのまま帰らぬ人となりました。
享年52歳。
「ミドル級の呪い」。忌々しいジンクスに、また新たなページが加えられてしまいました。
そして、モンソンが手放して、その磁力を喪うと心配されたミドル級は、アルゼンティーナの強さをそのまま引き継いだ不動明王のようなマービン・ハグラーの拳によって、タイトルは散逸することなく、強力に束ね続けられることになるのです。
次は、ミドル級が最も絢爛豪華に輝いたハグラーの時代です。

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