今週末、ビリー・ジョー・サンダースがドーピング違反のために空位のとなったWBOミドル級王座をウォルター・カウトンドクワと争うデメトリアス・アンドラーデは「トップファイターが互いに敬遠せずに戦うべきだ」と、カネロ・アルバレスやゲンナディ・ゴロフキンが目先の報酬だけを求めて、指名試合や強豪との対戦を避けている現状を批判しました。
“I think Middleweight can be the new glamour division in boxing,”
ミドル級はもっと魅惑的なクラスになる可能性がある。〜デメトリアス・アンドラーデ
しかし、歴史を振り返ってみると、ミドル級は常に魅惑的で、ときには全階級を通じて最も豪奢なクラスであることも珍しくありませんでした。
そして、今なお全階級を見渡しても、ミドル級ほど統一への求心力が強いクラスは存在しません。
人気階級であるがゆえにファンやメディアがUndisputed Champion を強烈に求めること、そして何よりも圧倒的な強さを誇る王者が間断なく出現していることが、承認団体と階級がガン細胞のごとく増殖してゆく時代でも、この階級を特別な存在たらしめてきました。
そして、今なお全階級を見渡しても、ミドル級ほど統一への求心力が強いクラスは存在しません。
人気階級であるがゆえにファンやメディアがUndisputed Champion を強烈に求めること、そして何よりも圧倒的な強さを誇る王者が間断なく出現していることが、承認団体と階級がガン細胞のごとく増殖してゆく時代でも、この階級を特別な存在たらしめてきました。
今から遡ること半世紀あまりの1966年、WBAからWBCが完全に分離独立、プロボクシングは深い魔宮に迷い込み、悲劇の二団体時代に突入してしまいます。
1980年にはIBFがやはり、WBAの下部組織NABFから発展独立、世界王者が三人も乱立するもはや喜劇の時代が幕を開けました。
こうして、「他の誰にも王者を名乗らせない、Undisputed Champion 、The Champion」になるには少なくとも三人の「a Champion」を倒さなければならないシュールな時代が訪れたのです。
団体が分裂してしまうと、ただでさえプロモーターやTV局の利害関係が複雑に交錯するプロボクシングの世界で Undisputed Champion を産み出すことは至難の業、ほとんど不可能でした。
現実に日本では、二団体時代も欧米から取り残されたジュニアミドル級でUndisputed Champion の座を保持していた1975年の輪島功一を最後に、Undisputed Championは半世紀近くも生まれていません。
WBSSで優勝候補筆頭の井上尚弥が下馬評通りにモハメド・アリ杯を獲得したとしても、WBCのピースはコレクションできず、過酷なトーナメントを勝ち残ってもUndisputed Champion は名乗ることが出来ないのが現実です。
「1966年、ボクシングは死んだ」。そう言われる所以です。
しかし、そんな魔宮、魔界でも奇跡的に聖域が残されました。
ミドル級です。1970年に絶滅したはずのUndisputed Championでしたが、このクラスだけを例外に、荘厳に生き続けたのです。
マーベラス・マービン・ハグラーが実質5年以上のブランクから復帰したシュガー・レイ・レナードとの対決を選択、WBAとIBFが王座を剥奪された1987年まで、なんと17年間も聖域が守られました。
欧米で人気のミドル級はアジアにとって高く分厚い壁であり続けています。最初にこの壁に風穴を開けたのはフォリピンのセフェリノ・ガルシアでした。
1890年の創設以来、初代王者の〝Nonpareil〟(天下無双)ジャック・デンプシー、史上初めてヘビー級を制覇したボブ・フィッツモンズ、「ミドル級の呪い」(王者は非業の死を遂げる)の最初の犠牲者スタンレー・ケッチェル、実は右目は義眼で片目で怪物的な強さで君臨したハリー・グレブ、ヘンリー・アームストロングの4階級制覇を阻んだフィリピンの英雄セフェリノ・ガルシア、〝鋼鉄の男〟トニー・ゼールから「傷だらけの栄光」(1956年公開:主演ポール・ニューマン)を掴んだロッキー・グラジアノ、殿堂創設のきっかけとなったカーメン・バシリオ、そして近代ボクシングを創設した拳神シュガー・レイ・ロビンソン…。

シュガー・レイ・ロビンソン。「生まれ変われるのならロビンソンの試合をこの目で見たかった」(ジョー・小泉)。この深淵なスポーツについて知れば知るほど、誰もが彼の偉大さを思い知らされることになります。
豪華絢爛な歴史を紡いできた160ポンドですが、ここでは団体分裂後も聖域を守り抜いたTHE CHAMPIONの偉大な系譜を辿っていきます。
マーベラス・マービン・ハグラーが実質5年以上のブランクから復帰したシュガー・レイ・レナードとの対決を選択、WBAとIBFが王座を剥奪された1987年まで、なんと17年間も聖域が守られました。

1890年の創設以来、初代王者の〝Nonpareil〟(天下無双)ジャック・デンプシー、史上初めてヘビー級を制覇したボブ・フィッツモンズ、「ミドル級の呪い」(王者は非業の死を遂げる)の最初の犠牲者スタンレー・ケッチェル、実は右目は義眼で片目で怪物的な強さで君臨したハリー・グレブ、ヘンリー・アームストロングの4階級制覇を阻んだフィリピンの英雄セフェリノ・ガルシア、〝鋼鉄の男〟トニー・ゼールから「傷だらけの栄光」(1956年公開:主演ポール・ニューマン)を掴んだロッキー・グラジアノ、殿堂創設のきっかけとなったカーメン・バシリオ、そして近代ボクシングを創設した拳神シュガー・レイ・ロビンソン…。


豪華絢爛な歴史を紡いできた160ポンドですが、ここでは団体分裂後も聖域を守り抜いたTHE CHAMPIONの偉大な系譜を辿っていきます。
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