世界史上最高のボクサーは誰か?

シュガー・レイ・ロビンソンか、モハメド・アリか…時代や階級を超越した問いに、正解などありえません。

アジア史上最高のボクサー誰か?

この問いにも正解などあるわけがありません。

しかし、この問いには、多くの人が納得出来る〝ほぼ正解〟が存在します。米国本土でスター選手をことごとく撃ち落とし、史上唯一の8階級制覇を成し遂げたマニー・パッキャオです。

優れたボクサーが軽量級に偏向しているアジアでは、カオサイ・ギャラクシーや張正九、柳明祐といったモダーン部門で殿堂入りを果たしたグレートを輩出、その「実力」を世界に示してきました。

しかし、パッキャオは欧米で軽視される軽量級の枠を打ち破って「人気」の高い中量級への侵略を進め、ジュニアミドル級まで進出しました。

現在は、明らかに適正階級ではないにもかかわらず、カネと名誉を求めて、全階級を通して最もレベルと「人気」が高いウェルター級を主戦場としています。

「実力」「人気」の両方で世界を震撼させたアジア人ボクサーは歴史上、パッキャオだけです。 

しかし、パッキャオをしてもアジア最高とその「実力」が認められるのは容易ではありませんでした。

フライ級のリネラル王者で最強と目されていたチャチャイ・ダッチボーイジムをKOしても、当時は異例の2階級飛ばして、やはり階級最強と考えられていたジュニアフェザー級王者リーロ・レジャバをKOしても、さらにはフェザー級のリネラル王者でPFP3位のマルコ・アントニオ・バレラをKOしてアジア初の3階級制覇を果たしても、多くのメディアと専門家から「アジア最高」とは満場一致で認められませんでした。 

「パッキャオが制した3階級はいずれも王者のピース。〝Undisputed Champion(議論する余地のない王者)〟ではない」…それが、パッキャオがアジア史上最高ではないとする主な根拠でした。

では、アジアに3階級にわたって〝Undisputed Champion〟になったボクサーなど存在するのか?となると、そんなグレートはいません。

しかし、2階級ならたった一人だけ存在します。そして、その実績は〝Undisputed Champion〟3階級制覇をも凌ぐとまで評価されているボクサーが。

ファイティング原田です。 

その意味では原田こそ、あのパッキャオが最も攻略に苦しんだボクサーの一人と言えるでしょう。
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1966年当時の世界王者。わずか10階級、地球上に10人しか世界チャンピオンがいなかった古き良き時代です。※当時新設されたジュニアミドルを加えて「11階級時代」という見方もありますが、ジュニア階級の地位が非常に低かった時代ですから「実質8階級」と考えても大きな齟齬はないかもしれません。
このリング誌の「世界チャンピオン」一覧でもジュニアミドル級は存在していません。

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Sports Graphic NUMBER PLUS (2010年)から=1960年代、それは日本でボクシングの地位が最も高かった時代でした。=

原田は1960年にプロデビュー。1962年、矢尾板貞夫のピンチヒッターとしてポーン・キングピッチに挑戦、11ラウンドKOでフライ級王座を手に入れました。

当時は、一団体11階級時代(ジュニア階級は今では考えられないほど軽視されており、実質8階級時代と考えても差し支えないでしょう)。もちろん Undisputed Champion です。

そして、1965年5月18日愛知県体育館。原田は〝黄金のバンタム〟エデル・ジョフレの王座に挑みます。

先日の井上尚弥vsファン・カルロス・パヤノの放送で、バンタム級が凄い階級だという意味で〝黄金のバンタム〟が使われていましたが、間違いですね。

〝黄金のバンタム〟はジョフレを指す異名であり、階級を指す言葉ではありません。

まぁ、でも時代ですね。これまでにも、そういうニュアンスで使われることが少なくありませんでした。ジョフレ自身も「バンタム級が注目されるなら勝手に使って結構」と、随分以前から〝誤使用〟を認めてくれています。

当時、リング誌でも年間PFPはもちろん、Best Fighter Poll もありませんでしたが、全階級を通じて最も優れたボクサーはジョフレと見られていました。

後年、リング誌が各年代ごとのPFPを発表、そこでも60年代でジョフレは1位、あのモハメド・アリ(2位)を凌駕する評価を得ているのです。

当時のジョフレに勝つということは、実力評価の面では、全盛期のアリに勝つよりも大きな価値があったということです。

このブログでも何度も繰り返していますが、原田の偉大さには何の異論もありませんし、井上尚弥がWBSSで(来シーズン企画されるといわれる)ジュニアフェザーも合わせて2階級で優勝しても、世界評価で一番大切な「誰に勝ったか」で(WBSS決勝で当たると思われる)ライアン・バーネットと、(現時点でジュニアフェザーで最も評価の高い)アイザック・ドグボーというのでは、原田に到底及びません。

ただ、やはり繰り返しになりますが、原田は幸運です。

興行上でいくつもハードルをクリアしなければならない統一戦や、WBSSのようなトーナメント(WBSSはクルーザー、スーパーミドル、ジュニアウェルター、バンタムの4階級で展開しましたが、全王者が参加したクルーザーを除くと優勝者はUndisputed Championにはなれません)のような面倒な手続きを踏まずとも、世界王者=Undisputed Championの時代に現役生活を送ることが出来たのですから。

そして、何より、軽量級にアリ以上の評価を集めるグレートが存在してくれたのですから。

さらに、原田の時代も、現代と同様に軽量級の注目度は世界的には低かったとはいえ、日本でのボクシングへの熱い温度は比較にすらなりません。 
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出所)社会実情データ図録(資料)社会実情データ図録(<https://honkawa2.sakura.ne.jp/index.html>)

観戦スポーツの多様化とテレビの凋落の時代に生きる井上が、原田のように視聴率60%を稼ぐ日など来るはずもありません。これも原田は幸運で、井上には何の責任もありません。

パッキャオはバレラを粉砕した後、全く互角のオッズ・予想だったファン・マヌエル・マルケス第一戦(ドロー)、メキシコの一番星エリック・モラレスとの第一戦(判定負け)と勝ち星こそつかなかったものの、PFPファイター相手に印象的な試合を展開、モラレス第二戦をKOでリベンジした時点で、アジア最高の評価を原田から奪い取りました。

パッキャオもまた、世界評価の図抜けていた3人のメキシコ人が存在した、つまり評価と人気がセットで付いてくる試合を満喫できたという、軽量級では絶対にありえない幸運に浴しました。

現時点の井上はPFPファイターはもちろん、準PFPファイターとすら戦っていません。現状のバンタム級では、メキシコで大人気を博する強豪も見当たりません。

戦う可能性があったPFPファイターはローマン・ゴンザレス(1位)、準PFPはファン・フランシスコ・エストラーダ(リング誌とESPN以外ではPFP10傑に数えるメディアもあります)の二人だけでしたが、いずれの対戦も叶いませんでした。

しかし、2階級上のフェザー級にはレオ・サンタクルスとカール・フランプトンという準PFPがいます。

フェザーは、最近でもマイキー・ガルシアやワシル・ロマチェンコがPFPファイターとして君臨、ビッグネームが絶えないクラスで、ジュニアフェザー以下の階級とは風景が一変します。

WBSSバンタム級トーナメントで優勝、2階級上げてサンタクルスとフランプトンを明白な形で下せば、井上は文句無しで日本史上最高と評価されるでしょうが、それは厳しすぎる条件です。

原田がジョフレ一人とのたった2試合で手に入れた世界評価に、井上が追いつくのに一体何人の強豪を倒し、何試合をこなさなければならないのでしょうか?