近代ボクシング120年の歴史の中で「階級最強を決める無敗対決」は、この50年くらいで見られるようになった比較的〝最近〟のことです。

今では考えられない試合数を、信じられない間隔でこなしていた1950年代までのボクサーは、無敗のままキャリアを積み上げて世界王者になることが難しかったのです。

ましてや「階級最強を決める無敗対決」は、そんな稀有なボクサーが二人必要になるわけです。

しかし、団体や階級の増殖で無敗のまま頂点に立つことが格段に安易になった現代では「無敗の頂上決戦」は、過去ほど珍しいものではなくなっています。

直近では、今年7月にWBSSのクルーザー級決勝戦(オレクサンダー・ウシク:14戦全勝11KO vs ムラト・ガシエフ:26戦全勝19KO)、昨年8月にWBC/WBOジュニアウェルター級王者テレンス・クロフォード(31戦全勝22KO)vsWBAスーパー/IBF王者ジュリウス・インドンゴ(22戦全勝11KO)が挙行されています。

気の早すぎる話ですが、井上尚弥vsエマニュエル・ロドリゲスも、そんな無敗決戦の系譜にその名を刻むことを熱望しつつ、独断と偏見のベスト10です!
 
10位【2007年11月3日:英国カーディフ・ミレニアムスタジアム】ジョー・カルザゲ(英国:43戦全勝32KO)vs ミッケル・ケスラー(デンマーク:39戦全勝29KO)

ヨーロッパ、特に英国で最も人気のある階級が168ポンド、スーパーミドル級です。

そのスーパーミドルにハンサムなカルザゲが登場、IBFとWBOのベルトを獲得。英国ではボクシングの枠を超えたスポーツセレブになります。

WBA/WBC王者でデンマークでは国民的英雄ケスラーとの頂上決戦は、今日の英国ボクシングブーム爆発の導火線に火をつける名勝負でした。

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〝バイキング・ウォリアー〟ケスラーの海賊パフォーマンスもボクシングファンを喜ばせてくれました。

会場には5万3000人が詰めかけ、ヨーロッパでの最多観客動員を記録。

カルザゲが3−0の判定勝ちを収めますが、ケスラーもデンマークに恐るべきボクサーがいることを世界に知らしめました。

カルザゲにも負けない端正な容姿のケスラーは今、母国でモデルやタレントとして活躍しています。



 9位【2013年9月14日:ネバダ州MGMグランドガーデンアリーナ】フロイド・メイウェザーJr.(44戦全勝26KO)vs カネロ・アルバレス(42勝30KO1分)

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「THE ONE」と銘打たれたメガファイト。

カネロが持つジュニアミドル級のWBAとWBCタイトルがステイクされ、PPVで220万件(オスカー・デラホーヤvsメイウェザーの240万件に次ぐ当時史上2位)を売り上げる記録的なヒットとなりました。

メイウェザーはすでにプライムタイムが過ぎた36歳、フットワークの衰えは明らかでしたが、ハンドスピードと天下無双のショルダーブロックは健在。

一方のカネロは43戦のキャリアがあるとはいえ、まだ23歳。メイウェザーの老獪なボクシングに空回りを余儀なくされ2−0の判定負け。

この試合を引き分けとスコアした女性ジャッジのCJ・ロスは、マニー・パッキャオvsティモシー・ブラッドリーでも首をかしげる採点をしており、批判が噴出。この試合を最後にリングサイドから去りました。

カネロにとっては「早すぎた試合」でしたが、大怪我をする相手ではなく、稀代のリングマスターとの12ラウンド36分間の授業は、その後のキャリアに生かされる貴重な経験となりました。



 8位【1988年6月27日:ニュージャージー州アトランティックシティ・コンベンションホール】マイク・タイソン(34戦全勝30KO)vs マイケル・スピンクス(31戦全勝21KO)

タイソンの3団体統一タイトルがステイクされた待望の一戦。

しかし、両膝を故障した31歳のスピンクスにかつての輝きはなく、破竹の快進撃を続ける21歳のタイソンにわずか90秒で屠られてしまいます。

スピンクスは、3年前の1985年9月21日にもラリー・ホームズの49連勝を阻む「無敗同士の頂上決戦」を制していますが、その全盛期はライトヘビー級時代でした。

現在のPFP評価ではスピンクスがタイソンを上回るランキングも見られ、タイソン信者を苛立たせていますが、対戦相手の質を考えると十分納得出来る〝逆転評価〟です。



7位【1992年11月13日:ネバダ州ラスベガス トーマス&マックセンター】リディック・ボウ(31戦全勝27KO)vs イベンダー・ホリフィールド(28戦全勝22KO)

試合直前のオッズは7−5で統一ヘビー級王者ホリフィールド有利と出ていましたが、現実の試合は体格で勝るボウが、ホリフィールドの勝負根性を押し込む展開。

結果は、11ラウンドに勝負を決定づけるダウンも奪ったボウが3−0の判定勝ちで新王者に就きました。

無敗の頂上決戦、しかもヘビー級というのに注目度が物足りなく映ったのは、アメフトのシーズンが佳境に入っていたからだけではありません。

新王者ボウの、磁力の弱いキャラクターと散漫な性格に、ボクシングファンは胸躍らせる未来図を描くことが出来なかったからです。

実際、ボウは目先のカネと安易なマッチメイクに目がくらみ、WBCの指名挑戦者レノックス・ルイスを回避、タイトル剥奪を忠告されるとベルトをゴミ箱に放り込むパフォーマンスで応酬しました。



6位【1985年12月6日:ネバダ州ラスベガス ラスベガスヒルトン】ドナルド・カリー(23戦全勝17KO)vs ミルトン・マクローリー(27勝22KO1分)

WBA/IBF王者カリーと、WBC王者マクローリーのウエルター級王座完全統一戦。

この試合ほどリアルタイムと後世の評価、興奮に落差がある一戦は他にありません。

シュガー・レイ・レナードの引退で、全階級通じて最も華やかな147ポンド、ウエルター級は新しいスターを渇望していました。

そこに、無敗の王者が雌雄を決するのですから盛り上がらないはずがありません。

しかし、当時あそこまでこの試合が熱視線を集めたのは、それだけではありません。

当時のボクシング界はマービン・ハグラーという強くて試合も面白いのになぜか人気は比例しないという巨大な月が太陽を打ち砕く〝好ましからざるシナリオ〟が展開されていました。

そうです。この試合の勝者には「レナードの後継者」だけではなく「打倒ハグラー」まで期待されていたのです。

そして、ファンの思い描いていた〝好ましいシナリオ〟を凌駕する結果がもたらされました。

カリーのカウンター一閃、これ以上ない鮮やかな2ラウンドKO勝ち。

そして、ローンスター・コブラの過大評価は、ハグラーvsトーマス・ハーンズのリングサイドで最高潮に達します。

試合開始前にカリーが紹介されると大歓声が沸き起こり、肝心の試合が壮絶な形で終わっても、「次はカリーだ、カリーならハグラーを倒すだろう」という期待の歓声が、カリーの背中に突き刺さるのでした。

そして、カリーは当時を知らないボクシングファンからは記憶にインプットされることなく、殿堂入りのウエイティングサークルに閉じ込められたままです。