先日、ボクシングをこよなく愛したジョン・マケイン上院議員が亡くなられたことを受けて、古い記事ですが 2012年10月22日、Yahoo!USA に掲載された「TOP 5 BOXERS WHO BECAME POLITICIANS」を紹介させていただきます。

※一部、私が加筆しています。

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ボクシングと政治には、共通項が多く見られます。

どちらも対戦相手に弱みを見せたら負け、です。

ボクサーは常に強大な敵に飢えています。そして政治の世界には、リングの上よりも抜け目のない強靭な敵が溢れかえっているのです。

それゆえ、ボクサーから政治家になるのは奇妙なことではなく、むしろ自然の成り行きなのかもしれません。

さあ、より強い相手を求めて政界入りした5人の代表的な元ボクサーを紹介しましょう。



第5位:ジョン・マケイン

22年間にわたる海軍生活で、傑出したアメリカンヒーローとなった彼は、ベトナム戦争で捕虜になるなど過酷な体験をくぐり抜けてきました。

そして海軍仕官学校時代にはライト級のタフなボクサーでした。アリゾナ州を地盤とする上院議員になってからも熱狂的なボクシングファンとして知られています。 

単なる一ファンにとどまらず、議員活動を通じてボクサーの健康と安全、権利の向上にも尽力、連邦議会でアリ法を通過させました。

ボクサーとしては目立った成績は残せませんでしたが、ボクシングの支援者としては最高の業績を残してくれたグレートです。

2018年8月25日没。
 

第4位:セオドア・ルーズベルト

1901年から1909年まで大統領を務めたルーズベルトは、日露戦争を仲裁して米国人初のノーベル賞を受賞したこと、さらには〝テディベア〟で日本でもお馴染みですが、そんな瑣末なことはこのブログではどうでもいいことです。
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彼は幼少期に病弱だったため、父親から「ボクシングをやれば健康になる」とリングに引き上げられました。最初は嫌々でしたが、このスポーツの魅力にたちまち取り憑かれたテディは、ハーバード大学時代には学業そっちのけでボクシングに没頭するほどでした。

大統領になってからも自分の名前を冠したトーナメント大会をいくつも主催するだけでは満足できず、ホワイトハウスの中にリングを常設して練習に励みました。

テディは何者をも恐れぬ不屈の政治家として知られていますが、それを表す最も有名なエピーソードはホワイトハウスのリングに元ヘビー級チャンピオンのジョン・L・サリバンを招聘して真剣勝負のスパーリングを挑んだことでしょう。

しかし、サリバンにとっては迷惑な話です。「まさか現役大統領を殴るわけにもいかないし、大統領は『手加減するな、本気で来い!』とやる気満々だし、あんな難しい試合は生涯初めてだった」(サリバン)。



第3位:ビタリ・クリチコ

ホワイトハウスにリングを常設したテディが文句なしの1位のような気もしますが、このランキングで優先されるのはボクサーとしての実績です。それがなければ、大統領になってホワイトハウスにリングを作っても4位なのです。

3位はビタリ。ボクサーとしての実績は文句なしです。45勝(41KO)2敗。強打と鉄の顎を併せ持つ、本当に強い巨人でした。
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母国ウクライナの政治がロシアの干渉で腐敗するのを看過できなくなったビタリは、2010年にウクライナ民主改革連合を結党、2013年12月にはWBC王座を返上、戦いの場を政治一本に移します。

2014年に首都キエフ市長に当選。将来は大統領も見据えていると公言していますから、もし実現したら史上最強の大統領の誕生です。



第2位:アレクシス・アルゲリョ

〝やせっぽっちの破壊者〟は、リング誌が歴史上最強のジュニアライト級王者と認定するグレート中のグレートです。アーロン・プライアーやレイ・マンシーニとの激闘はボクシング史に残る名勝負でした。

貴公子然とした容貌と、スタイリッシュなボクシングは世界中のボクシングファンを魅了しました。

1975年、ロイヤル小林をボディブローで沈めた戦慄は永遠に語り継がれるでしょう。さらに、2001年には畑山隆則vsリック吉村でジャッジをつとめるなど日本でも愛されたアイドルでした。

2008年に首都マナグア市長に当選、その年の北京オリンピックには選手団の旗手として入場行進を先導、マニー・パッキャオもフィリピンの旗手をつとめ、世界のボクシングファンにはたまらない開会式になりました。

北京でパッキャオと談笑していた、そのわずか1年後マナグアの自宅でリングの貴公子は死亡します。拳銃で心臓を撃ち抜かれた状態で、警察は死因を公表しなかったにもかかわらず「自殺した」と報じられました。

まだ57歳でした。



第1位:マニー・パッキャオ
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史上唯一の八階級制覇王者。

「家族を守るため、身近な人を助けるため」に始めたボクシングで大きな成功を収めると、そのモチベーションが政治に向けられるのは当然の帰結でした。

「身近な人たち」が9000万人国家全体に及ぶほどに、パッキャオは二つの拳で成功したのです。

2010年に下院議員、2016年には上位7番目で上院議員に当選。本人は「大統領の椅子には興味はない」と繰り返しているものの、政界の頂点も完全に射程距離に入れています。

最近は、同性愛者への差別発言でナイキとのスポンサー契約を解除され、その言動が物議を醸しているロドリゴ・デュエルテ大統領を支持していることから、政治家パッキャオは国際的には警戒心をもって見られるようになっています。

パッキャオの政治は、典型的なバラマキ政治です。貧しい人たちのために学校や病院を自費で建設、自宅にも多くの人を招いて施しを与えています。

フィリピンで多角的に事業を展開しているパッキャオですが、その収入のほとんどがボクシングです。ボクシングを引退すると、英雄のバラマキ政治は途端に行き詰まるでしょう。

「そのときまでには公費で学校や病院を建てることができる法整備を進める」とは言いますが、唯一無二のナショナルヒーローとはいえ、あの腐敗国家でそんなことが実現できるのかどうか、きわめて不透明です。