「ラスベガスで一攫千金や」とボクシングマガジンの巻頭で世界進出の夢を熱く語っていた長谷川穂積は、まともな条件・報酬でのオファーが全く届かないことに業を煮やし「世界に行くのではなく世界を呼ぶ」決断をしました。

一方、西岡利晃は「日本からラスベガス」に徹底的にこだわりました。その盲目的な執着が、また別の批判を生んでしまったことは皮肉な結果でした。

西岡のボクシングキャリアは波乱万丈です。

地元、JM加古川ジムからプロデビュー。しかし2戦目で失神KO負け。2000年6月、最初の世界挑戦を実現したときの戦績は20勝12KO2敗1分、日本無敵を証明してのウィラポン挑戦でしたが、0−3の判定負け。

西岡はこの試合の直後に、より多くのチャンスを求めて帝拳に移籍します。

そして、期待通りに帝拳コネクションは西岡に大きな果実を何度も差し出し、2004年3月までの3年9ヶ月の間に、やはりウィラポンに3度挑戦する機会が作られました。

しかし、計4度に及ぶウィラポンとの世界タイトルを玩具にする〝タライ回し〟は一度も実を結ぶことはなく、4連続失敗という最悪の結果に終わります。

その間、アキレス腱を断絶してしまうなど度重なる故障にも見舞われました。

西岡だけの責任ではないとはいえ、この常軌を逸した世界戦の私物化を後押ししたWBCには「承認料に正比例する大きな興行が打てる日本人選手にタイトルを定着させたい」という思惑もありましたが、この邪悪な考えもまた実を結ぶことはありませんでした。

そして、西岡がついに届かなかったウィラポンという果実は、2005年4月に長谷川穂積が明白な形でもぎ取ってしまうのです。

その長谷川は山下正人トレーナーの独立に付いていく形で、山下ジムへ移籍。このジムは〝神戸帝拳〟と呼べるほど帝拳との結びつきが強いジムでした。

長谷川が日本のエースとしてそのポジションを固める一方、西岡は臥薪嘗胆の日々を送ります。

(東京)帝拳に長谷川が練習に訪れると、彼のためにリングは空けて待たれています。当然です。

そんな日、西岡は人目につかないようにジムを早々と後にしたと言います。本来なら、長谷川の練習風景を見たり、スパーリングパートナーに手を挙げることがボクサーとして成長するのに最高の選択であったはずなのに、です。

「長谷川が練習しているそばには居れない」。それほど、彼への嫉妬と自分への忸怩たる思いがあったのでしょう。 

つまりは、ライバルでした。

一度も対戦の機運が盛り上がらなかったとはいえ、彼らは間違いなくライバルでした。それも、宿命的と言って良いほどの。

長谷川は、西岡が4度挑んでことごとくハネ返されたウィラポンの壁を易々と破って見せました。

一方の西岡は、長谷川を粉砕したモンティエルと同格、つまり〝強豪だがトップ戦線で勝つ器ではない〟ジョニゴンを敵地でKOに切って落としました。

「日本史上最高のボクサー」という明らかに勘違いな報道もされた長谷川はウィラポンには勝ちましたが「WBC御用達の怪しい挑戦者相手に10連続防衛に成功、誰もが階級最弱王者と見ていたモンティエルに粉砕されたボクサー」でしかありません。

「長谷川は誰に勝ったのか?」というこのスポーツで最も重要な問いの答は、劣化したウィラポンです。全盛期ですら殿堂クラスの評価とはかけ離れていた、ウィラポンの劣化版です。

西岡はジョニゴンを敵地でKOしましたが「同じ相手に4度も世界戦のチャンスをもらい、MGMのリングに暗愚なまでにこだわり、WBCの摩訶不思議な裁定で名誉王座に就いた」ボクサーです。

「誰に勝ったか?」では、王者にもかかわらず、低迷期ジョニゴン相手に圧倒的不利のオッズを立てられながらも、逆転KOでつかんだ大番狂わせでした。

二人を批判的に見るのは簡単です。

しかし、あのときの二人に他にどうしろというのでしょうか?

しかし、この二人が激突していたらどうだったでしょうか?

辰吉丈一郎vs薬師寺保栄は薬師寺が完全に脇役で試合予想も一方的に偏っていましたが、長谷川vs西岡は予想も応援も真っ二つに分かれる、さらに白熱した興行になったであろうことは疑いようがありません。

「同じ帝拳のボクサーだから対決はありえない 」とファンも諦めていた、というかそもそもその発想すらありませんでした。

そこが、その発想がないこと自体が…そこもまた日本ボクシングの暗部です。 

西岡はWBCが用意してくれたジュニアフェザー級のタイトルを獲得、ジョニゴンを敵地で倒してからはビッグファイト、ラスベガスへの渇望をさらに強くしていきます。

長谷川同様に、存在しない「軽量級のビッグファイト」という蜃気楼を見てしまうのです。

そして、大きな過ちを犯してしまいます。正確に言うと帝拳とWOWOWが、恥ずかしい過ちを犯してしまいます。

西岡のラスベガス妄想に忖度した帝拳とWOWOWが、MGMの宴会場で設えたリングでラファエル・マルケスとの防衛戦をセットしてしまうのです。

マルケスは軽量級には珍しいビッグネームで、イスラエル・バスケスとの3戦(4戦目は不要でした)はボクシング史に残る激闘でした。

しかし、過酷な戦いで肉体は消耗、パンチドランカーの症状も明らかなマルケスにはWBCが異例の引退勧告を公表していました。

西岡戦に挑んだときのマルケスは直近6試合で3勝3敗。直前の試合は無名相手に勝利していたものの、ジュニアライト級契約で、その前の試合はファンマ・ロペスのWBOフェザー級タイトルに挑戦、8ラウンドTKOに散ったものでした。

当時のマルケスにジュニアフェザーはもちろん、どの階級でも世界挑戦の資格がないことは、誰の目にも明らかでした。

しかし、この試合を批判したのは海外メディアだけ。日本ではあろうことか「日本ボクシング史上に残るビッグファイト」と持て囃しました。帝拳代表の浜田剛史は「今回は西岡不利のオッズが出るでしょうな」とWOWOWの番組内で妄言を吐きました。

「MGMグランドでビッグネームと戦う」。

この名誉は「MGMグランドのアリーナで、まともな状態のビッグネームと戦う」からこそです。

それをWOWOWを含めた西岡陣営は「MGMなら宴会場でも控え室でもなんでもいい」「元ビッグネームでもビッグネーム」という詐欺的ロジックであの試合を仕立て上げました。

オッズは、西岡有利で4−1でした。

さらに、WOWOWはMGMのボールルームを「マイク・タイソンやマニー・パッキャオ、フロイド・メイウェザーらスーパースターが上がったリング」とまで報道してしまいます。まさしく恥の上塗りです。

さらに、西岡のファイトマネーは100万ドルと報じられます。あの小さな会場でマイナーTV(FOXスペイン語放送)で100万ドルなんてありえません。もし本当にその金額が西岡に支払われたのなら、日本から補填されたのでしょう。

そして、西岡の悲願が実現したノニト・ドネア戦はネバダ州ラスベガスではなく、カリフォルニア州カーソンの現在のスタハブセンターで行われましたが、あの試合も日本開催ならもっと大きな興行になっていたはずです。

ドネア戦の西岡の報酬は10万ドルでした。マルケス戦の報酬は、日本からの補填がなければ5万ドルもなかったのではないでしょうか。

西岡だけの責任ではありませんし、西岡は全身全霊をかけて戦いました。

それでも非常にいびつで恥ずかしい印象を残しただけの〝MGMメイン〟でした。欺瞞にまみれた興行でした。今ではWOWOWも「メイウェザーやパッキャオと同じMGMで戦った」等の表現は一切しなくなりました。
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ノニト・ドネアとの悲願の決戦は1−5〜6という圧倒的なオッズ通りの内容で、玉砕しましたが、リング誌をはじめ海外メディアは「ドネアは明白に劣化している」とその動きと反応の悪さを指摘していました。

長谷川穂積と西岡利晃。

彼らはけして訪れることのない「世界」を渇望し、一人は日本に世界を呼び圧倒的有利と見られながらも階級最弱王者に倒され、一人は世界に出てそもそも分不相応の相手に惨敗してしまいました。

彼らを「雑魚相手にいたずらに防衛を重ねた挙句に階級最弱王者にKOされた」「実力も戦略も伴わずにラスベガスに恋愛し、カリフォルニアでPFPファイターに挑んで切り刻まれた」と嘲笑するのは簡単です。

しかし、当時の彼らに世界を目指す方法が他にあったのでしょうか?

WBCは金ヅルである日本人王者に危険な挑戦者を用意するのを逡巡します。ジムは1日でも長く世界王者であり続けて欲しいと、そこにプライオリティを置きます。

本来なら、目の前の一本道を真っ直ぐ突き進んでいけば、その先に栄光のゴールがあるはずです。 あるべきなのです。

しかし、プロボクシングには〝栄光のゴール=本当に強い相手〟を回避しながら世界王者であり続けることが出来る奇妙で醜悪な仕組みが出来上がっています。 

「世界王者だけど本物の栄光はついてこない」という奇妙奇天烈な現象が当たり前になっているのです。

長谷川穂積も西岡利晃も、この奇妙なベッドの上で安寧することをヨシとせず、本当ならアスリートが悩むことではない「最強の証明」のために自らのやり方を選択して、立ち上がり、そして散ったのです。

スーパーフライ興行やWBSSといった「栄光のゴールへの道標」を与えられた井上尚弥らは幸運です。

もし、スーパーフライやWBSSのような仕掛けがなかったとしても「何回防衛したか」「何階級制覇したか」という数字遊びが、現代ボクシングでは全く意味をなさないことは、この国にも浸透してきました。

レオ・ガメスやウィラポン、オマール・ナルバエスの評価を見れば一目瞭然、数字遊びは全く評価されません。世界評価という厳しいモノサシに刻まれた目盛りは「誰に勝ったのか?」それだけです。

「誰に勝ったのか?」。それこそが現代ボクシングの全てです。

長谷川や西岡、内山高志、山中慎介らはそれを体を張って証明しようとし、斃れていきました。しかし、日本でも「誰に勝ったのか」が少しでも目を向けられるようになっているとしたら、それこそ彼らが斃れた荒野で咲かせた花であり、果実でもあります。 

これから本物の世界に挑む井上尚弥が、彼らから無念と悔恨のバトンを引き継いでいるのは間違いありません。

ファイティング原田は偉大ですが、その道はわかりやすく単純な一本道でした。原田には「どうしたら最強を証明できるのか」と思い悩む必要など微塵もありませんでした。

「世界王者は何人もいるし何階級もあるから原田のベルトには価値はない」なんて誰も言いません。それでも根拠のない悪意を吐きたい輩が落書きする掲示板も、インターネットすらもない時代です。

どちらの時代がボクサーにとって厳しいか、私には現在のボクサーの方が過酷に思えます。

腐敗承認団体が用意した王座を雑魚相手に防衛を重ね、メディアは絶賛するものの、ネットでは批判が集まる状況は、アスリートにはコントロールできません。

最大の罪はメディアにあります。

プロボクシングの世界で何が起きているのか、承認団体は一つ残らず腐敗していること、WBCなどの王者は本当の王者ではないこと、少なくとも四団体を統一しなければ議論する余地のない世界王者にはなれないということ、 そして軽量級においては「世界」が頭に付くのにほぼ全ての日本人が自国で世界戦が開催されるのは何故か…。

都合の悪いことに全く目を向けず、口当たりの良い提灯記事だけ並べるのは罪です。そんなことをしてるから、蒙昧な外野が余計に騒ぎ立てるのです。 

井上尚弥はピーク時の長谷川のように「対戦相手が逃げるからマッチメイクに苦労する」と言われ、明らかな欠陥は見せていませんでしたが、そのガードの甘さは「見せるボクシングを披露するためであり、しかるべき相手と戦う時はしっかりガードする」と長谷川同様に都合よく解釈されています。

「世界評価も高い」と持ち上げられていますが、世界評価が本当に高いならみんな長谷川や井上とやりたがります。世界の強豪がやりたくないのは「報酬が釣り合わない」「日本の判定が不安」だからです。

また、一度も顎を叩かれていないのに「打たれ強い」という記事まで見られます。

賢明な井上が暗愚なメディアを真に受けることはないでしょうが、日本メディアの提灯記事は百害あって一利なしです。

井上のボクシングが天下無敵に見える最大の要因は、対戦相手の質です。そのキャリアで三階級制覇を果たしましたが、議論する余地のない王者は一人もいませんし、階級最強王者すらもいません。防衛戦の相手はさらに酷いレベルにまで落ち込みます。

WBSSで井上は世界を初体験するのです。もちろん、これはマニー・ロドリゲスやゾラニ・テテらも同じです。 

長谷川穂積と西岡利晃が、彼らの流儀で命がけで目指すしかできなかった本物の世界の頂点まで、井上尚弥が登りきってくれることを願ってやみません。

そして、その先に究極の日本人対決が待ち構えているとしたら、日本ボクシングは復活のきっかけをつかむはずです。