ついに8人の出場選手が揃ったWBSSセカンドシーズン。

まずはおカネの話から。

バンタム級の優勝賞金は、400万ドルと言われています。

ファーストシーズンの1000万ドルと比べると、かなり見劣りしますが、ファーストは欧州で人気の高いスーパーミドルとクルーザー級で展開したことを考えると致し方ないところです。

それでもこの金額が事実なら、フェザー級時代のマニー・パッキャオと、やはりフェザー級のナジーム・ハメドに次ぐ軽量級歴代3位の報酬です(軽量級の定義は欧米のライト級以下ではなく、日本で広く認められているフェザー級以下とします)。

これは、バンタム級ではもちろん史上最高額です。

1977年のカルロス・サラテvsアルフォンソ・サモラのメガファイトでは、両者の報酬がそれぞれ100万ドルを超えたと言われていますが、あの試合は118ポンドのバンタム級ではなく、120ポンドのキャッチウェイトでした。

また、1960年代にファイティング原田は1試合6000万円以上のファイトマネーを獲得していましたが、現在の貨幣価値に換算しても、それはせいぜい3億円程度とみられます。

軽量級の400万ドルは、イエメン王家の寵愛を受けたハメドと、前代未聞の下克上を乱発したパッキャオという極めて特殊なボクサーを例外として、とんでもない金額です。

しかし、この“高額”賞金トーナメントのバンタム級優勝賞金は「実は100万ドル」とも言われています。それが事実ならZボーイズはもちろん、時代の貨幣価値を考慮すると原田も大きく下回ることになります。
 
辰吉丈一郎も薬師寺保栄戦で1億7100万円を手にしていますから「100万ドル」は時代背景まで考慮すると驚くような金額とは言えません。

それでもしかし、100万ドルでも世界のバンタム級としては破格の報酬です。

まあ、とはいえ、所詮はおカネです。

確かに、図抜けたファイトマネーにため息を吐くのもボクシングの魅力の一つですが、カネはあくまで余興に過ぎません。

おカネの次は、優勝の証、モハメド・アリ杯です。
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 PHOTO: TWITTER @WBSS 
これはデカくてカッコいいですね。クルーザー級の巨人オレクサンダー・ウシクが掲げても、大きくて見栄えの良いトロフィーだなぁと感心しました。

井上尚弥には、このでっかいトロフィーを是が非でも持ち帰ってもらい、日本のスポーツファンに見せびらかして頂きたく存じます!

そしてチャンピオンベルトは、既に手中に収めているWBAレギュラーのベルトに加えて、WBAスーパー、WBO、IBFと三本のアルファベット団体のチャンピオンベルトに、リング誌認定ベルトも間違いなくコレクションすることになります。

さらに、王座空位のため、今回のトーナメントに参加できなかったWBCからもWBSS特製の豪奢な優勝ベルトが贈られます。

大きなトロフィーひとつに、ベルトが五本、日本凱旋では、さすがに一人で持ち切れる物量ではありません。

トロフィーとベルトはテーブルにズラリと並べての記者会見になりますね。

モハメド・アリ杯はあの大きさですからテーブルに乗せると角度によっては井上も大橋秀行会長もすっぽり隠れてしまうかもしれませんから、配置には十分注意が必要です。

そして、そしておカネよりもトロフィーよりも遥かにずっと大切なものがあります。

名誉です。矜恃です。プライドです。世界評価です。井上尚弥が歴史に残す爪痕です。

現時点でリング誌5位など10傑で中位のPFPランクは、バンタム級トーナメントで井上尚弥が優勝する間にトップが躓くことがあると1位浮上も十分ありえます。

WBSS前は「未知の強豪」とも見られることもあった井上の曖昧な評価は、完全にコンクリートされます。

「弱い相手ばかりと戦っている」という批判も霧消するでしょう。

優勝以降の海外報道は「未来の殿堂選手」の冠を付けて井上尚弥を語ることが増えるはずです。

そして、名誉の殿堂のホームページの中で、ファイティング原田を紹介する説明から「誰もが認める日本史上最高のボクサー」という文言がついに削除されることになります。

「原田とどっちが偉大か?」を真剣に議論出来るボクサーが、とうとう出現するのです。

そして、そして、トーナメント優勝で三冠統一した後、WBC王者も倒すとUndisputed Champion、議論する余地のない世界王者です。

Undisputed Championという観点では1967年の小林弘から51年が経ち、実質Undisputed Championだった1984年7月5日の渡辺二郎から数えても34年の月日が流れています。

彼らの時代と比べると、団体と階級が増殖した井上の時代はより簡単に世界王者になることが出来ます。

その反面、世界王者の地位は失墜してしまいました。

五輪金メダルを経て、欧米で注目度が高いミドル級で世界王者になった村田諒太を別格として、ボクシングの世界王者は井上ですらマニアックな存在に甘んじています。

オリジナル8の時代に生きた白井義男、11にまで階級が増えたとはいえ各階級に一人しかいない世界王者を目指したファイティング原田は、今では考えられない厳しく過酷な道を進まなければなりませんでした。

しかし、どんなに険しく荒れ果てた道であっても、その一本道の先には栄光のゴールがありました。

翻って、現代のボクサーには舗装された道がいくつも用意されていますが、どの道も本物の栄光にはつながっていません。

長谷川穂積や内山高志、山中慎介は10人以上の“世界ランカー”を圧倒的な内容で退けながらも「弱い相手にしか勝っていない」という声を黙らせることは出来ませんでした。

“一本道”の時代なら、世界王者=Undisputed Championであった古き良き時代なら、10度も防衛した世界チャンピオンに対して「弱い相手にしか勝っていない」などとは誰も口に出来ません。

しかし、現代で Undisputed Championになることの難しさは原田はもちろん、二団体時代の渡辺の比ではありません。

長谷川や内山、山中に他にどういう選択肢があったでしょうか?彼らを「弱い相手としか戦わないチキン」というのは大間違いです。

TV局の利害関係とプロモーターの駆け引きに翻弄される海外のボクサーも、思い通りの相手と戦うのが非常に難しいのが現実です。

長谷川は、日本で戦う何分の1の低い報酬を受け入れてでもバンタム4に参戦すべきだったのでしょうか?

内山や山中は日本のジムやTV局の関係を打ち捨てたとしても、旬の強豪と戦うことは叶わなかったでしょう。むしろ、そのチャンスは少なくなったはずです。

原田はジョフレを倒したたった1試合で全てを手に入れました。渡辺はライバル王者を一人倒すだけで議論する余地のない世界王者になることが出来ました。

それに比べて、四団体で一つの団体でも複数の王者を擁立する時代に生きる現在のボクサーがUndisputed Championになるのは、至難の技です。

その山は、マニー・パッキャオとフロイド・メイウェザーですら、一度もその頂を極めることができなかった峻厳な高みに聳えています。



井上尚弥が今、登らんとしてるのが、まさにその山なのです。