カテゴリ: 世界のミドル級,世界に挑む日本人

当たり前の話、ファイティング原田の麗しき1960年代に「アルファベット団体」なんて言葉は存在しませんでした。当時のメディアからは、 Undisputed Champion という表現もほとんど見当たりません。

しかし、70年代になるとUndisputed Champion、alphabet body という〝新語〟が芽吹き、80年代には前者は「正真正銘の王者」を指し、後者は「欺瞞団体」を意味することで定着します。

さらに、第三勢力IBFの登場によって「ボクシングの世界王者は意味がない」(ニューヨークタイムズ)とまで切り捨てられてしまいます。

「3団体の王者がベスト3ならまだしも、そうとは限らないからタチが悪い」「怪しい王者が怪しい挑戦者と防衛戦を繰り返す怪しいプロボクシングはスポーツとは呼べない」とまで断言されてしまいます。

ボクシングが「スポーツと呼べるかどうか怪しい地位」に転落してしまった80年代でしたが、偶然とはいえ反動的な現象も起きました。

マイナーに堕ちたボクシングでも、真の意味で「黄金」と呼べるウェルター級とミドル級、ヘビー級の三階級で途轍もないUndisputed Championのスーパースターが相次いで誕生したのです。

ウェルター級のシュガー・レイ・レナードは、現代に続く「ウェルター級が主人公」「Aサイドは何をやっても良い」「アルファベット団体はスーパースターの奴隷」というガイドラインを策定しました。

ミドル級のマービン・ハグラーはレナードの人気には遠く及ばなかったものの、実力は図抜けていると評価され、防衛し続けるUndisputed Championの威厳で世界を睥睨しました。

ヘビー級のマイク・タイソンは「ポスト・アリ」という絶体絶命のヘビー級シーンで救世主となり、WBSSとは真逆の世界が注目する最強トーナメントで優勝しました。

「最も層が厚い」ウェルター級はレナード以前からレベルは高かったとはいえ、欧米では「小さな男」の戦いでした。レナードが全てを変えたのです。

「問答無用のヘビー級」の80年代の地盤沈下は目も当てられない状況で「アルファベット団体のストラップをタライ回しする穴王者」を駆逐したのがタイソンでした。
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日本では「fabulous four(ファブ4=素晴らしい4人)」と呼ぶのを好む人が多いのですが、これは世界的にはビートルズの渾名です。Four Kings がしっくりする気がします。

英語は直訳が絶対基本です。しかし、根本的に文化が違うと、それでは難しい言葉が多すぎるのが歯がゆいのですが Four Kings は「四天王」とすんなり直訳出来ます。


「特別な才能を傲慢に誇示したレナード、特別な環境の恩恵を受けたタイソン」という「特別な事情」で Undisputed Champion が生まれたウェルターとヘビーに対して、ミドル級もまた特別な階級でした。

シュガー・レイ・ロビンソンがミドルを目指したように、レナードやデラホーヤがミドルに特別な感情をぶつけたように、ミドル級は人気階級ウェルターの中でも選ばれしスターが挑戦することでも輝いてきました。

そして「どんなに優れたライトヘビー級王者でも、凡庸なヘビー級王者に駆逐される」という有名な格言を聞いても、ボクヲタは「途轍もなく優れたミドルはヘビーを駆逐する」という事例も知っていました。

160ポンド/72.6kg。

個体差があるとはいえ、現生人類の体格で、最もパワフルにスピーディにスタミナ溢れるパフォーマンスが出来るのは、160ポンド/72.6kgかもしれません。

余談が長くなりました。

今なお統一引力が最も強烈で、人気階級のミドルの40年をバック・トゥ・ザ・フューチャーしてゆきます!
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私は、生粋のアナログ人間です。

本や雑誌も紙ベース・プリントバージョンが大好きです。

30年遅く生まれていてもPCスキルが上がるくらいで、紙ベースにはやはり拘っていたと思います。

もし、そうではなく紙媒体の魅力を知らないままに年齢を重ねていたとしたら…紙媒体の魅力を知る機会がなかったら…30年遅く生まれなくて本当に良かったと思います。

前回、このテーマの話をどの話で書いたのか忘れてしまって、探す気ものないのですが、現物の保管場所や劣化・消失も気にしなければならない紙媒体を好きな理由をうまく説明できなかった記憶があります。。

敢えて言えば、ネットの情報のように溢れては流されてゆくのではなく、しっかり形として残っていく〝使い捨て〟でない紙媒体が愛おしい、そんなことだったでしょうか。

こんなご時世で、今日「スポーツイラストレイテッド」と「英国ボクシングニューズ誌」が届いて、また別の理由に気づきました。

こいつらは、クサい言い方だけど友達なんです。

電子版購読なら、毎週決められた発効日に必ず最新号を読むことが出来ます。しかし、プリントバージョンは、とくに現地から離れた日本ではそうはいきません。

プリントバージョンの定期購読で電子版も無料で付いてくるので、〝現物〟が届くのが遅いなら格安の電子版のみの購読にした方が経済的にはるかに安く済みます。

しかし電子版でざっと読んだあと、プリントバージョンでしっかり読むことで電子版には無いページ構成やデザインを楽しめます。

PCや端末で見るのとは、やはり深みが全く違います。デジタルバージョンは当たり前ですが、リング誌もスポイラもESPNも見た目は全部同じ無機質な画面です。

レコードアルバムのようにプリントバージョンが絶滅する日も来るかもしれませんが、私はどうもそれは違うんじゃないかと感じています。

スポイラだと広告や定期購読の割引ハガキが綴じ込まれてたりするのも電子版では味わえません。

雑誌によって、手触りや匂いも違いますし。奴らは、素材も育ちも違うんです。

今回のパンデミックで、配達が不規則になって、今日みたいに2週前の号がポストに入ってると「お前、どこにいたんだよ」と思わず声をかけてしまいそうになります。

私からロンドン(BN誌)やマイアミ(スポイラ誌)に行くことはない一方通行ですが、私にとっては友達です。

非常に雄弁で楽しい友達です。

そんなわけで、このブログではもちろん、遅配されたボクシングニューズ(BN)誌の記事からご紹介。

ESPNなどでもやっている「階級分析」。BN誌4月23日号は「ミドル級」です!!!

この伝統と人気がブレンドしたクラスで1位評価を受けたのはゲンナディ・ゴロフキン。

これはリング誌↓。
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チャンピオン制度を敷くリング誌では、カネロ・アルバレスがミドル級王者。カネロはスーパーミドルでも4位にレートされています。

ESPNのカネロ評価もミドルで1位(チャンピオン制度を採っていないのでトップ評価)、ライトヘビー3位とリング誌同様、2階級に跨っています。
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そして、世界最古のスポーツ専門誌にしてボクシングでは世界唯一の週刊誌BN誌はライトヘビー級で2位のみ。そうです、スーパーミドルとミドルではランキングしていないのです!

多くのメディアとファンは、カネロが3階級に渡ってトップ5の実力を持っていると評価しているでしょう。

しかし、ミドルからカネロを排除した恩恵も受けて村田諒太は4位(リング誌5位=実質的な順位は6位/ESPNも6位)と三大メディアでは最高評価です。

▶︎村田の長所は「強打のプレッシャーファイター。体格を生かした長い距離から爆発的なパンチを残酷に打ち込んでくる」。

▶︎短所は「ロブ・ブラントとの初戦で曝け出した。村田はフィジカルへの自信過剰から相手の出方を見てしまう傾向が強い」。

▶︎ベストパフォーマンスは「ブラントとの再戦。力比べになったらブラントではひとたまりもなかった」。

▶︎ワーストパフォーマンス は「ブラントとの第一戦」。

▶︎YouTubeで見るなら「バトラー戦。切れ味鋭いカマでバトラーを無慈悲に斬り落とした」。 

▶︎どこまで高みに登れるか?「WBAセカンド王者の村田と王者カネロの統一戦は理に叶っている、何よりも経済的に。しかし、PFPキングに対しては圧倒的なアンダードッグになる。 



最近の情報だと「年内の東京ドーム 」は難しい状況ですが、村田が五輪代表に語るそのままに「勝負のときまでしっかり準備して人生を変えろ」です。

また、アフターコロナの情勢ではチケットが高騰する可能性が指摘されています。

客席のソーシャルディスタンス実施、あるいは最悪無観客(なら会場としてのドームは消えますが)の試合も想定されることから、生観戦のチケット相場が高騰すると言われているのです。

ソーシャルディスタンスのためにセットアップ数が3分の1になると、単純に価格は3倍になります。

日本人絡みの超メガファイトという点では史上初にして最後になるかもしれません。

高くても生観戦したいですね。 
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Should he be successful on May 2, a much anticipated third bout with Golovkin is likely for September. After that, a possible trip to Japan to face 2012 Olympic Gold medalist Ryota Murata could be next !!!

It’s ON !!!

日本ボクシング史上最大のイベントが内定しました。
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12. ななし 2020年03月07日 09:16
 
シビアなアメリカを主戦場に3軍から4軍レベルのボクサーに、3000万レベルのファイトマネーでアメリカでブランドにボコボコにされ、日本でようやく勝利したマッチメイクに守られているガラパゴス第2のベルト村田がいきなり、一軍でボクサーの中でもっとも稼ぐカネロとの対戦だから笑えます。
ゴロフキン、チャーロ、アンドラーテ、ジェイコブス、デレビチャンチェンコ、ムンギア、クリスユーバンクをさしおいてだから、実績もないのに、4軍クラスが1軍のトップと試合する。ある意味すごいことです。 (原文ママ)


村田諒太はどんなに自虐的に見ても「4軍」じゃないですね。

ななしさんも「1軍から4軍までの所属選手をそれぞれ教えて」と聞かれたら涙目になって黙り込んじゃうんじゃないでしょうか。

シビアな欧米メディアで、村田の評価は lower-top-10 contender(ミドル級トップ10だが下位)です。「1軍だけどトップじゃない」という見立てです。

もちろん「村田諒太vsカネロ・アルバレス」は日本ボクシング史上で「図抜けて大きなイベント」になりますが「ステージと技術において最高の試合」か?…となると、限りなく大きな疑問符が付いてしまいます。

ボクシングと他のスポーツで決定的な違いは世界的な統括団体が存在しないにもかかわらず、怪しい承認団体がいくつも跳梁跋扈していることから生じています。

もっとわかりやすく言うと、まともなスポーツでは「ステージと技術において最高の試合」と「最も大きなイベント」は美しいイコールで結ばれています。

そして、その試合は全く公平な条件で行われます(スキージャンプのように身長とスキー板の長さを比例させるあからさまな後出しルール改正や、「中東の笛」のような露骨すぎる地元判定もありますが)。

しかし、ボクシングにおいては人気選手の試合が「最も大きなイベント」であり、そこには(最強決定戦などの)ステージや技術の精度は全く関係がありません。

さらには、Aサイドの人気選手はキャッチウェイトやリングの大きさ、カンバスの硬さ、ロープの張りなどもオーダーメイド、対戦相手は〝手枷足枷〟を嵌められた状態でリングに上がります。

他のスポーツで言えば「フェデラーのコートだけ異常に狭くて相手のコートは広い」「バルセロナのゴールは小さくて相手チームのゴールは大きい」みたいなものです。

そもそも、他のスポーツでは選手が対戦相手を決めるなんてありえません。チャンピオンの前に現れるのは過酷な挑戦権争いを勝ち抜いてきた手強い猛者ばかりです。

「フェデラーがまた雑魚狩り」なんて批判は聞いたことがありません。

このAサイドの利益を満身で享受し「カネロウェイト(自分に都合の良い契約体重を相手に押し付ける:155ポンドという数字を指すことも)」「カネロピック(危険の少ない相手や劣化した過去の強豪を選ぶ)」と後ろ指も差されながら成長してきた〝過保護な怪物〟がカネロです。

そして、村田も日本ボクシング史上、最もプロテクトされたボクサーでしょう。

その意味でも「村田vsカネロ」は、プロボクシングが内包する現実を見事に映し出した象徴的なイベントです。

では「村田vsカネロ」は YouTuber 対決やメイウェザーvs那須川と同根の茶番劇か?となると、そうじゃないから、ボクシングの魔宮は奥深いのです。

世界屈指の広告代理店がプロジェクトチームを結成してプロ入りした「スポーツよりもマーケティングの世界」に翻弄されながら、五輪金メダリストなのに無骨な戦車のように拳を振り回す日本人。

「1戦1戦積み重ねた叩き上げのプロなのに超過保護」という錯乱したキャリアを歩みながら、端正なボクシングを完成させつつあるメキシコのドーピング青年。

ピクサーのアニメでも、こんな奇想天外なキャラクターは創造できません。

しかも、完全実写版。 
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試合まで2ヶ月を切ってようやくビリー・ジョー・サンダースに決まった、カネロ・アルバレスのメガファイト。

日本のボクシグファンは「カネロが年末に村田諒太と東京で戦うことに合意」と言うニュースに沸いていますが、海外では「カネロvsサンダース」への辛辣な非難が溢れています。

二人にドーピングの経歴があることで Battle of the druggies! (ドーピング対決だ!)などの非難が集中しているのです。

カネロは2018年2月と3月に採取した検査サンプルからクレンブテロールが反応、ネバダ州アスレティック・コミッションからライセンス停止6ヶ月のペナルティを受けました。

サンダースも2018年8月30日に採取したサンプルがオキシロフリンの陽性反応を示し、10月20日に予定されていたデメトリアス・アンドラーデ戦がキャンセル。
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カネロは「クレンブテロールはメキシコ牛の飼料に普通に含まれるもの」、サンダースも「鼻づまり薬のスプレーに含まれていた」と二人共に故意の摂取ではないと主張しましたが…ボクシングファンは2人のドーピング事件を忘れているはずもなくClenbuterol vs Oxilofrine と揶揄しているわけです。

カネロは現在のボクシング界で飛び抜けた存在のスーパースター。

一方、サンダースは無敗ながらも、昨年11月に行われたYouTuber対決で前座をつとめるなど、特に米国では地味な存在に甘んじていました。

村田諒太の最初のターゲットがサンダースでしたが 、当時も報酬面で難航。

前年にESPNの年間最高KO賞を獲得しているアッサン・エンダムに落ち着いた経緯がありました。

リング誌など海外メディアは「日本が大切にプロテクトしている村田がソフトタッチのサンダースから危険なエンダムへ」と黄色信号の報道をしましたが、カネロ相手でも交渉をもつれさせた〝強者〟ですから当時も実現の目はなかったのかもしれません。
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今日のオッズはカネロ1/5(1.2倍)、サンダース5/1(6倍)と結構な差がついています。

今回の試合はカネロがサンダースとカラム・スミスの〝二股〟交渉を進めていましたが、当初は両者とも2000万ドルの報酬を求めて難航。

「1000万ドルは絶対に譲れない」と最後通告したスミスに対して、サンダースは800万ドルでカネロとの対戦権を〝落札〟しました。 

「勝って再戦」 なら2000万ドルも約束されているというサンダースですが…番狂わせを起こせるか?
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日本ボクシングの悲願達成、そのリングが年末に用意された模様です。
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 さすがにこのタイミングで日本ボクシング史上最大のイベントの発表は出来ません。

この鬱屈した日々は必ず、近いうちに収束します。

試合までに世界史上、最も倒しがいのある赤毛の人気者は顔見せのために何度来日してくれるのでしょうか。

最初は、五輪に合わせてのこのこやって来る可能性が高いですね。

五輪が終わったら、米国のメガファイトに倣って全国主要都市のプロモーショナル・ツアーです!

カネロ、日本では知名度低いですが、世界中探してもその名を知らないボクシングファンはいない「超ピッグネーム」というだけでは正確な表現ではないほどの巨大な存在です。

今まで負けろ、負けろと呪いをかけていたカネロですが、こういう風向きになるともう万全・完璧のコンディションで年末のリングに上がって頂きたい!!

お体には本当にご注意下さい。
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とにかく健康と怪我には気をつけて、試合に負けるとか苦戦するとか評価が下がるようなことはもっての他!です!!!

戰慄の圧勝劇でさらに評価を沸騰させて東京ドームのリングに上がって下さい!

兎にも角にも。夢の舞台がセットされました。

あとは夢を現実にするだけ、勝つだけ、です。
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5月2日のシンコデマヨ週間にセットされているカネロ・アルバレスのメガファイト。あと11週間を切ったというのに、まだ対戦相手が決まりません。
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日本時間の今日、ゴールデンボーイプロモーションズ(GBP)のオスカー・デラホーヤは「ビリー・ジョー・サンダースとカラム・スミスへの対戦オファーの返答期限を週明けの月曜日(日本時間2月18日火曜日)で締め切る」と語りました。

5月2日のシンコデマヨ週間に行われるカネロ恒例のメガファイトは、 英国の二人のスーパーミドル級王者に絞られていました。

サンダースとスミスをプロモートするマッチルームのエディ・ハーンは「We’re not muppets.(私たちはGBPの操り人形じゃない)。カネロとの対戦には然るべき市場価格がある」とし、GBPの提案条件に不満を見せ、交渉は最終段階で停滞。

ハーンは「カネロと並ぶスーパースター、アンソニー・ジョシュアの対戦相手にも大幅に譲歩してきた。ジョシュアの対戦相手はキャリア最高の報酬を提示しても、誰も首を縦に振らない。そういう業界の常識をデラホーヤはわかっていない」と非難しています。

しびれを切らしたデラホーヤは「ハーンはどちらが主導権を握っているのか理解出来ていない。もし期限までに返答がないなら、私たちは4人の対戦候補との交渉に入る」と語っていますが、その4人が誰なのかは明らかにしていません。

日本の村田は現時点の米国での知名度が低く、メガファイトとなるのは日本開催に限られています。このジャパン・オプションは最も大きな興行の一つと期待されており、わざわざラスベガスに村田を呼ぶことはDAZNも消極的。

米国のボクシングニューズ24は、IBFスーパーミドル級王者ケイレブ・プラント、GGGを苦しめたセルゲイ・デレビャンチェンコ、WBAズーパーミドル暫定王者クリス・ユーバンクJr.、元WBOJr.ミドル級王者ハイメ・ムングイアが「4人」だと予想しています。

プラントは今日、無名のドイツ人ビンセント・フェイゲンブッツを10ラウンドTKOで一蹴、2度目の防衛戦に成功しています。

スピードとテクニックに秀でたSweethandsは、ドーピングの教祖ビクター・コンテを栄養指導に招いてから当日のリバウンド幅も絶妙で、カネロにとってリスクを孕みます。

デレビャンチェンコをスーパーミドルに引っ張り上げるならリスクはないものの、このウクライナ人はとにかく人気がありません。

ユーバンクJr.は、無敗のスミスとサンダースからの方向転換では明らかに格下感が充満してしまいます。

今年1月にミドル級デビューしたばかりのムングイアをスーパーミドルやキャッチウェイトの枠に嵌めるのも、風当たりが強いでしょう。

ライトヘビー級のWBA王者ディミトリー・ビボルはかねてから「カネロと戦えるならどんな契約体重でも受け入れる」と表明、今回も「ミドルでも準備OK」と2階級下げることも厭わない姿勢を見せていますが…。
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1988年、東京ドームはボクシングの試合によって実質的なこけらが落とされました。

言わずと知れたマイク・タイソンvsトニー・タッブスの世界ヘビー級タイトルマッチです。

現実には、3月21日に行われたメガファイトに先駆け、17日に巨人vs阪神のオープン戦が行われています。しかし、あれはウィークデイ(木曜日)に行われた球遊びの練習試合で意味はありません。

来る3月21日(月・祝=春分の日)に行われる世界が注目するイベントで、出来立てホヤホヤのドームに不具合がないかをチェックする予行演習という意味はありましたが。

完成したばかりの全天候型多目的スタジアムは、タイソンの拳によってお披露目されたのです。

「日本初のドーム」は当時、〝巨大〟スタジアムでもありました。後楽園球場ではレフト中断に本塁打を叩き込んでいた原辰徳の打球がフェンスを越えることができず、スポーツファンはその広さにため息をつきました。

今では想像もできないかもしれませんが、東京ドームは広くて本塁打の出にくい球場だったのです。

憎き読売の本拠地、東京ドームの悪口を書き出すと、また脇道に逸れてしまうので話を戻して…。
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今は「東京ドーム」と呼ばれることがほとんどですが、当時のメディアは愛称である「ビッグエッグ」を好んで使っていました。しかし、見事に定着しませんでした。

今、「ビッグエッグ」なんて言うと「何?それ?」って聞かれかねません。

1988年、バブルが膨張し始めたカラフルな時代でした。

そして、世界のスポーツを体感したことがない日本にとって「マイク・タイソン」は、のちに日本で行われるサッカーW杯も上回る「本物が来る」という刺激と興奮の塊のようなイベントでした。

試合の5週間も前、2月17日に来日した「世界一有名なアスリート」はホテルニューオータニのワンフロア丸々を占拠。

この日から1ヶ月余り続く、お祭りが開幕します。

タイソンはスイートルームにかりそめの居を構え、のちの世界王者オリバー・マッコールら5人の豪華スパーリングパートナーを引き連れ、翌朝にはまだ薄暗いうちに起床、迎賓館から絵画館へロードワークしました。

ホテル前で待ち構えていた多くの記者とカメラマンが、タイソンを追いかけます。

ちなみに、ホテルの滞在費は約4000万円、スパーリングパートナー5人に支払われた1ヶ月の報酬は各120万円、計600万円。食費なども含めた陣営の滞在費は2億円を超えました。

大好物のメロンが1個3000円(どこのメロンやねん?千疋屋?)と聞き、「高い!」と驚いたタイソンでしたが、誰もが「いや、あんたにとったら激安やん」と誰もが突っ込んだものでした。

とにかく、何もかも、全てが規格外。

ファイトマネーはタイソンが6億5000万円、タッブスが1億400万円と聞くと、パックメイを知る人は「安ッ!」と思うかもしれませんが、これも当時としては破格。

Lineal Championマイケル・スピンクスとの決戦では、スポーツ史上最高報酬の22億円が最低保障されていたタイソンにとって、タッブス戦はまさに肩慣らし、オープン戦でした。

日本史上、ペリーとかマッカーサーとかモハメド・アリとか多くの来賓・国賓、ピッグネームがこの国にやって来ましたが、最も贅沢に振舞って、最も注目を浴びたのはタイソンです(ペリーとマッカーサー、アリの時代は知りませんが…)。

日本テレビの大スタジオでの記者会見は米国の主要都市と同時生中継、高砂部屋に大関・小錦を訪ねてちゃんこ鍋を食べるなど、世界のスーパーアイドルとしてのスケジュールもこなし、タイソンがどこへ行ったか、何を食べたか、その一挙一動がテレビやラジオ、新聞・雑誌で毎日取り上げられました。

米国でも超がいくつもつく有名人でメディアに追い回されるのは慣れっこのタイソンでしたが、日本でのフィーバーには「クレージー」と何度も口にしてしまうほど。あまりに激しいカメラのフラッシュに、陣営は「1社につきカメラマンは1人」と報道規制を敷きます。

複数のカメラマンが許されたのは〝今は亡き〟HBO。タイソンと6試合35億円の巨額の契約を締結したばかりで、メインの解説をつとめるシュガー・レイ・レナードをはじめ何と60人の大部隊を東京に送り込んでいました。

とにかく、もう何もかも、全てが規格外でした。

「これは私たちがよく知っているボクシングの世界タイトルマッチとは全く違う」。

誰もがこれから見ることになるスペクタクルの大きさに、気づいていました。 

別世界の怪物と、私たちをつないでくれたのは一つの有名なエピソードです。


…タイソンフィーバーに沸くある日、取材にニューオータニを訪ねたファイティング原田は、ガードマンに行く手を遮られてしまいます。

日本メディアのパパラッチぶりにうんざりしていたタイソンは、スケジュールに組み込まれた予定すら拒否するようになっていました。

ましてや、アポなし訪問なんて受け入れるわけがありません。

しかし、その名前を聞いたタイソンは「私が最も尊敬しているボクサーの1人だ。本当に原田本人か?」と確認すると「部屋に通してくれ」となんと自室に招き入れたのです。

クラシックファイトから多くを学んだタイソンの教科書の一つが「原田vsエデル・ジョフレ」でした。

来日が決まってからも「原田はまだ生きているのか?」と気にかけていたタイソンにとって、ご本人が自分を訪ねて来たことには感動したでしょう。

カス・ダマトが「小さなファイターの仕事は距離を潰すこと」と教え、何度も見た白黒ビデオの中で躍動していた原田。

ベッドルームの壁に原田vsジョフレの写真がピン留めされていたのを見た偉大な原田も、さぞかし嬉しかったでしょう。

そして、タイソンの出待ちでたむろしていた大勢の報道陣は、タイソンの許可がなければエレベーターが止まらない最上階フロアのスイートルームに招かれた原田の後ろ姿に、母国のグレートがいかに尊敬された存在であるのかを思い知ったことでしょう。
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もはや雲を掴むような話ではなくなった、日本ボクシング史上最大のメガファイト。

日本人が戦った最も価値のある相手はファイティング原田のエデル・ジョフレ(1960年代PFP1位)で誰も異論はないでしょうが、カネロも現在PFP1位。世界最高のボクサーの1人と認められています。

赤毛のメキシカンが2020年代でも1位になるのは難しいかもしれませんが、ジョフレに次ぐ価値ある相手と言っても差し支えないでしょう。

そして、日本人が戦った最も大きな名前は、ガッツ石松のロベルト・デュランで、これも対抗馬は見当たりません。
ただし、デュランは世界のトップランナーではなく、シュガー・レイ・レナードとマービン・ハグラーが主役を務めた大舞台の名脇役でした

カネロは間違いなく傑出した主役で、為替換算してもレナードやハグラー、マイク・タイソンを報酬で凌駕する問答無用のスーパースターです。
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 「カネロ、まさかの大番狂わせで東京に堕つ!」。そんなニュースが世界のボクシングメディアを駆け巡るまで、あと少しです。

そんな実力と人気で世界最高のボクサーが日本の村田諒太と拳を交える可能性が高まっているのです。

気がかりな点としては、人気でしょうか。正確に言うと「日本での人気」です。

タイソンが 東京ドームに初めて登場した1988年、WBA/WBC/IBFの主要3団体のベルトをコンプリートしていた21歳は、日本でも世界でも一番有名なアスリートでした。

日本での防衛戦が決まるや、トヨタやサントリーなど大企業がタイソンをコマーシャルに起用、新聞雑誌もこぞってタイソンを特集しました。

当時、タイソンを知らない日本人はほとんどいなかったはずです。

週刊新潮がスクープした最初の日程(5月24日)が後ろ倒しになったことは幸いでした。たった3ヶ月ではカネロの日本での認知度は低いままで 試合を迎えることになっていたのですから。

それでも、32年前のタイソンと比べるとカネロの名前は頼りなさすぎです。

今も昔も日本が経済大国であることに変わりはありませんが、当時はバブルに向かって加速〝カネ余り〟なんて言葉があちこちで聞かれた時代です。

将来に不安を抱えて倹約ムードが沈殿している現在とは、何もかも違います。

しかし、そんな不安を一気に払拭してくれるのは、カネロと対戦するのが村田だという一点です。

今では大成功だったと伝えられているタイソンの東京ドーム2試合(1988年/1990年)の入場者数は、主催者発表の「5万1000人」「5万1600人」は事実ではありません。

あれだけ空席が目立っていたのにフルハウスの大盛況だったわけがありません。

そして、そもそも東京ドームにはアリーナ席を増設しても5万1000なんて入りません。

もちろん、白井義男の4万5000人も事実ではありません。
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日本で事実と大きく異なるストーリー(その多くが捏造された美談です)が流布されているタイソン像 と同様に、あの2試合もダークサイドを抱えていましたが、今は無かったことにされています。

「お祭りの粗探しをするな」ということです。

カネ余りのバブルを迎える狂気に沸いていた日本はゴッホのひまわりを買うように、マイク・タイソンを招聘したのです。

当然、いろんな瑕疵がありました。

それでも、虚飾と欺瞞が渦巻いていたとはいえ、32年前に東京ドームで世界的なメガファイトが行われた事実に変わりはありません。

32年の時を経て、東京ドームで行われるメガファイトと、村田に勝機はあるのか?をじっくり考えてゆきます。 
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カネロ・アルバレスとは何者か?

前回は日本のボクシング史上最大の「メガファイト」を振り返りましたが、今回は「ビッグネーム」。

メガファイトの舞台に上がるのはビッグネーム、ビッグネームが絡むからメガファイト…多くのスポーツでは確かにそうですが、そうとも限らないのがボクシングの魑魅魍魎たる所以です。

例えば、ローマン・ゴンザレスは軽量級史上初のPFPキングに就き、その座を2年も守りましたがメガファイトとは無縁でした。

ノニト・ドネアやリカルド・ロペスもPFP3位まで登り、ドネアはBWAAのシュガー・レイ・ロビンソン杯(年間最高選手賞)まで獲得しましたが、やはりメガファイトのリングに上がることはできませんでした。

ロペスに至っては女子ボクサーの前座など、屈辱的な扱いも受け続けました。

そしてロマゴンもドネアもロペスもリング誌の表紙を単独で飾ることはありませんでした。

軽量級の悲哀です。
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リング誌は1年前までGBPの子会社だったとはいえ、カネロマガジンの様相です。リカロペやロマゴン、ドネアの悲哀を思うと、井上の単独カバーも素直に喜びにくいものがあります。

一方、ジュニアミドルからライトヘビー級を制したカネロ・アルバレスはリング誌を何度カバーしたか…もはや数え切れません。

リング誌カバー率でいえばフロイド・メイウェザーはもちろん、全盛期のマニー・パッキャオも上回る頻度でしょう。

メガファイト同様、ビッグネームにも明白な定義はありません。

あえて定義づけるなら「人気」「報酬」「実力」 がモノサシになるでしょうか。

「報酬」は「人気」に比例するのはプロスポーツである限り当然ーーーというのは間違いです。多くのスポーツで「報酬」に直結するのは「実力」です。

例えばプロ野球の世界で斎藤佑樹の知名度はトップクラスですが、報酬は全く追いついていません。サッカーでもテニスでも、強さと報酬は同義語です。

また、松坂大輔のような衰えた選手は、どんなに人気のある伝説であっても低報酬に甘んじるしかありません。

しかし、ボクシングにはフリオ・セサール・チャベスJr.や亀田興毅のような人気者は実力不相応の報酬を手に入れてしまいます。

マニー・パッキャオの報酬は、テレンス・クロフォードやエロール・スペンスの10倍では済みません。

村田諒太もジャーモル・チャーロやデメトリアス・アンドラーデと戦うとなると不利予想、つまり実力は彼らより下と見られています。しかし、報酬は彼らの何倍も得ています。

井上尚弥の世界的な人気が高まっているのも、WBSSで優勝したからでも、ドネアに勝ったからでもありません。そんなの全く関係ありません。

WBSS優勝で人気が出るわけがありません、そもそも米国で不人気の階級を軸に展開しているトーナメントなのです。ドネアに勝って人気が出るなら、誰も苦労はしません。

井上の商品価値が急騰したのは、さいたまスーパーアリーナに有料観戦者を2万人以上も集客した光景を世界が目撃したからです。

米国や英国で中途半端な興行の前座を戦っていたら、井上は普通の軽量級です。誰も井上とは戦いたがらないでしょう。

この「人気=報酬」というボクシングの闇を凝縮した存在がカネロです。

チャベスJr.や亀田のような「実力」を伴わない「人気」「報酬」は厳しい批判の矛先に晒されてきましたが、温室で育てられたはずのカネロは、いつのまにか「実力」まで習得しているから厄介です。

厄介だと思うのは、カネロが躓くのを期待している私たちひねくれたボクシングファンですが。

もちろん、赤毛の人気者が勝ったゲンナディ・ゴロフキンは2017年バージョン。セルゲイ・コバレフも敗北と私生活のトラブル、さらに当日軽量のリミットで牙を何本も抜かれた状態でした。

カネロの実力がどこまで本物なのかは、まだいくつも疑問が残ります。

超強豪に勝ってるように見えるカネロですが、GGGもクラッシャーも劣化版でした。

どうして2015年のGGGとは戦わなかったのか?

どうしてアルトゥール・ベテルビエフではなくコバレフだったのか?

偶然やたまたまではありません。 リスクは負わなかったのです。勇気がなかったのです。

あのコバレフを追いかけまわして殴り倒した… 確かに衝撃的でしたが、今のライトヘビー級の帝王はコバレフではありません。あのコバレフは、かつてのコバレフではありません。

コバレフが「5年前ならカネロをKOできた」と悔しがらずに、「ありがとう、カネロ、本当にありがとう」と何度も何度も不自然なまでに感謝していた姿は、私たちアンチを少しだけ慰めてくれました。肉体はもちろん精神までもクラッシャーではなくなっていたことがはっきり伝わったからです。

あのリングにいたのは、誇り高きクラッシャーではなく、カネを恵んでもらって感謝しきりの物乞いだったのです。

8ヶ月前、去年5月にダニエル・ジェイコブスとぐずぐずの12ラウンドを過ごした、あれがカネロの正体でしょう。

相手が劣化と金欠に悩むコバレフでなければ、ライトヘビー級には上げなかったでしょう。

ロイ・ジョーンズJr.を思い出します。やったことは、全く同じです。強い主人のいない、弱い留守番しかいない家に入った空き巣です。そして、主人が帰ってくる前にとっとと退散。

納得できませんが、ジョーンズと同じ運命、空き巣から戻ったクラスで、大番狂わせに沈めてやりましょう。 
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日本ボクシング史上最大のメガファイトは?

「メガファイト」に定義はありませんが、ここでは「興行規模」「テレビ視聴率」「試合の持つ価値」の3点から振り返って見たいと思います。

まず、興行規模では「白井義男の後楽園球場での世界戦シリーズ」でしょうか。1950年代、巨大スタジアムに4万人前後の観客を集めた白井は、当時最高のスポーツヒーローでした。

テレビ視聴率でも白井がほぼ100%を記録していたはずですが、当時は測定されていないので除外。数字で出ているので分かりやすいとはいえ、時代まで考慮すると「視聴率60%超えのファイティグ原田の世界戦」「価値の多様化した21世紀で40%超えの亀田興毅」が傑出しています。

試合の持つ価値という点では「白井義男の日本初の世界王座奪取」「原田による世界初のフライ・バンタム2階級制覇」「具志堅用高の13連続防衛」「渡辺二郎の完全統一王者」「井上尚弥のWBSS優勝」などが挙げられますが、やはり「原田による1960年代PFP1位エデル・ジョフレ撃破」で誰も異論はないでしょう。

このように、一口にメガファイトと言っても、興行規模や視聴率、試合の持つ価値など、測定するモノサシによって見方が変わってきます。

しかし、どのモノサシを当てても規格外れのメガファイトが、今まさに胎動しています。

村田諒太vsカネロ・アルバレスです。
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週刊新潮が報じた「5月24日さいたまスーパーアリーナ」は消滅しましたが、火のないところに煙は立ちません。

新潮の報道後に「本田明彦会長が米国で交渉、最終段階にあった」と複数のメディアがあとを追ったことからも、大筋合意していたのは間違いありません。

ここ数ヶ月でもカネロ本人が「村田と東京で」という希望を何度か語り、リング誌やESPNなどでもカネロの有力な対戦候補の一人として村田の名前を挙げているのですから、もはや「煙」ではありません。

明らかに出火しています。

There were talks about Alvarez traveling to Japan to take on secondary middleweight titlist and Japanese national hero Ryota Murata. But those talks recently ended with no deal for a spring fight. They could be renewed for a later date.(ESPN)

日本でセカンド王者の村田諒太と対戦する交渉が進められていた。今春という線は消えたが、日程をずらして仕切り直しされるだろう。


今回の交渉が頓挫したのは、カネロが「5月上旬のシンコ・デ・マヨのメガファイトを外して下旬に日本でやる」ことに難色を示したと伝えられています。

つまり、タイミングだけの問題です。

懸念されたトップランクとゴールデンボーイ・プロモーションズの壁も、ありません。誰と戦うかはGBPではなく、カネロとDAZNが決めるのです。

では「5月上旬にラスベガスで村田」ならすんなり決まったのか?となるとそうは言い切れません。

カネロ陣営、特にDAZNが村田戦に前のめりなのは「東京だからメガファイトになる」という目算です。

現在のミドル〜スーパーミドルにはカネロと釣り合うビッグネームは一人も見当たりません。

ミドル級完全統一に残された二つのピース、WBO王者デメトリアス・アドラーデとWBC王者ジャーモル・チャーロは興行的な魅力が薄く、優先順位は下がります。

スーパーミドルではWBO王者ビリー・ジョー・サンダースは、村田もターゲットにしていた小物。WBA王者のカラム・スミスはサンダースよりもマシとはいえ、英米どちらでやっても中途半端な興行にしかなりえません。

DAZNがカネロとの大型契約に踏み切った、ゲンナディ・ゴロフキンとの第3戦は両者が条件交渉ですれ違ったまま、時間だけを浪費しています。

4月で38歳になるGGGとの決着戦は、賞味期限との戦いです。

現状、考えられるオプションで最も大きな興行が「東京で村田戦」なのです。カネロとの巨額契約が不良債権化する気配に怯えるDAZNにとって、村田との戦いもまた時間を気にしているはずです。

つまり、村田陣営と日本の熱烈なラブコールは、村田の敗北で一気に冷めてしまう危険にDAZNも気づいているはずです。

私たちが「早く実現させて欲しい」というよりも、DAZNはもっと切実に考えているはずです。

一刻も早くまとめなければならない、と。 
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