1980年代に繰り広げられた個性際立つ4キングスによるラウンドロビン(総当たり戦)を知って米国ボクシングの魅力に惹き込まれた人は多いでしょう。

シュガー・レイ・レナードがAサイドなら何をやっても良いという悪しき前例を作ったことに幻滅、熱が冷めた時期もありました。

再び、米国ボクシングへの熱量が上がったのは社会人になってからのことでした。

社会人になって自由に使えるお金が増えたり、米国出張の帰りにラスベガスのシーザースパレスを初めて訪れたり…そんな体験が活字と画像とビデオテープでしか知らなかった米国ボクシングへの興味を甦らせたわけではありません。


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たった1人のファイターがだった二つの拳だけで、完全Bサイド、しかも欧米人では歯牙にもかけられないアジアの軽量級から人気階級に土足で上がり込み、ついにAサイドまで登り詰めたマニー・パッキャオを見てしまったからでした。

パッキャオは西岡利晃や井上尚弥的な欺瞞から一線を画す、本物の人気と本物の強さだけを証明したのでした。

それまでも、完全Bサイドがボクシング界を揺るがす大番狂せを起こしたことはありましたが、それを繰り返すことは出来ませんでしたが、そもそも番狂せとはそういうものです。

相性も含めた奇跡的な勝利だからこそ、大番狂せであり、対戦相手が別の超強豪に変わったとしても大番狂せををやってのけるなら、もうそれは大番狂せなどではなく、専門家やファンの目がフシ穴だったというだけのことです。

日本時間の次の日曜日。パッキャオは4年ぶりのリングに明白なアンダードッグとして、舞い戻ります。

2008年12月6日のオスカー・デラホーヤ戦で明白に不利と見られて以来、パックマンがアンダードッグと見下されるのは、2015年5月2日のフロイド・メイウェザー戦以来初めて。

*キース・サーマン戦では多くのメディアが「現実的ではない」と驚きながらも、試合当日までにパッキャオがフェイバリットになっていました。


もしかしたら、これが最後の試合、最後のアンダードッグかもしれません。