The Super Fight 。

モハメド・アリとジョー・フレイジャーの初戦は、
The Fight of the Century 、あるいはもっとシンプルにThe Fightと呼ばれていました。 

The Super Fight は所詮は聞き古した言葉にスーパーを付けた、本物のボクシング黄金時代を知る人から見ると「ウエルター級やミドル級がありがたがれる時代にまで落ちぶれたか」と失笑されるイベントだったかもしれません。

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ただ、私にとってはFOUR KINGSこそが、米国のボクシングの世界に惹き込まれた強烈な磁力そのものでした。

リング誌が年間表彰に加えたTHE BEST FIGHTER POLL(年間PFP)は、彼らの出現に合わせるように1980年にスタート。

そして、ロベルト・デュラン、トーマス・ハーンズ、シュガー・レイ・レナード、マービン・ハグラーが「体重同一時ならヘビー級よりも強い」という、よくよく考えると「妄想でしかヘビー級に勝てない」というPFPで1位評価をつないでいきました。

カネロ・アルバレスとテレンス・クロフォードの大勝負は、確かに10年に一度レベルのメガファイトです。

もちろん、ボクシングのステイタスが地に堕ちた21世紀にも関わらず、一般メディアが積極的に取り上げるという現代のボクシングファンには信じられない注目を集めた、ちょうど10年前に行われた〝あのメガファイト〟は別格ですが、あれはあれで実につまらない試合でした。

どちらが「なんとしても勝ちたいという欲望が強いか」ではなく「とにかく負けたくない、特に無様な敗北は絶対避けたい」という守勢だけが先行する試合ばかりを見せられている、今のボクシングファンは不幸です。

誰も危険な冒険に乗り出すことのない時代、です。

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「ハグラーに勝つとしたらあの方法しかなかった」と語ったハーンズ。あの試合の看板はTHE WARでしたが、その通りの凄まじい3ラウンドでした。

「バッティングではない。パンチでハグラーの額が切り裂かれたんだ。あんなものを見たのは後にも先にもあの試合だけだ」(リチャード・スティール)。

カネロとクロフォードの決戦がテーマでしたが、思いっきり脇道に逸れて、思いっきり脇道を疾走、直進してゆきます。



まず、The Super Fight をレナードが網膜剥離によって引退宣言を行った1982年11月にまで時計の針を戻しましょう。