〝150年に1人の天才〟が後楽園ホールで輝いていた時代。
正確には1985年2月12日のプロデビューから、1993年2月10日までの14年間。
ベルリンの壁が叩き壊され、ソ連が崩壊した激動の時代。
国内でも、NHKの夜9時のニュースが絶対的なニュース番組の地位をニュースステーションに追われ、キリン・ラガービールがアサヒ・スーパードライに倒された、そんなアップセットの時代。
そのニュースステーションに「150年に1人の天才」のふれこみで若き大橋秀行がゲストで招かれた時代です。
久米宏が「150年に一人って、150年前は江戸時代ですからその頃ボクシングがあったのか?って話でして…」と、「アスリートに失礼だ!」「ゲストに呼んでおいていきなり失礼すぎる!」と、今なら炎上しかねない発言をしますが、当時はSNSなど影も形もなく、アスリートという言葉すら一般的ではありませんでした。
あれから40年近くの歳月が流れ「150年前」の1874年は「明治7年」、もう江戸時代ではなくなりました。

現代もあの時代も全て飲み込む日本ボクシングの歴史を、白井義男が初めて世界タイトルを獲得した1952年から、2024年までの72年間で切り取ることにします。
この72年間で、超弩級の強豪と世界戦で拳を交えた日本人を考えると…ファイティング原田のエデル・ジョフレ、白井義男のパスカル・ペレスはバンタム級とフライ級で今なお史上最強と評価されるレジェンドでした。
もし、当時PFPランキングが定期発表されていたなら、ジョフレは文句なし、ペレスもPFP1位に立っていた可能性は十分です。
ジョフレに2連勝した原田は別格にしても、白井はペレスと敵地アルゼンチンで引き分けているのですから、その実力が殿堂クラスであったことは疑いようもありません。
しかし、何人の超弩級と戦ったが?となると、原田も白井も一人だけ。
そうなると、すでに複数の方がコメントを寄せてくれているように、ロイヤル小林で決まりです。
彼が当たって砕けたのはウィルフレド・ゴメス、アレクシス・アルゲリョ、エウゼビオ・ペドロサ。いずれも一発殿堂のグレートです。

なんと、1970年代のディケイドPFPでアルゲリョは4位(1982年のBest Fighter Poll=年間PFPで2位)、ゴメスは6位(1980年のBest Fighter Poll で3位)。ペドロサはリング誌月間で最高3位(1984年のBest Fighter Poll で4位)。

「なんでこんなバケモンと、しかも三人も…」というのが、率直な感想です。そして、それ以上に強烈な思いが「ロイヤルよ!よくぞ、戦ってくれた!」という感謝感激の思いです。
ロイヤル小林は、この三人を日本に連れてきてくれたのです。
それにしてもペドラサのBoxRecからWBAタイトルが完全に抹消されています。もちろん、一番悪いのは盗人のWBAですが、利用者のことを考えると、これは…。
WBAへの抗議の署名でも集めたいところですが、世界的にもメジャー競技とはいえない、先進国では完全マイナー競技で競技(スポーツ)とも認められていないかもしれないボクシングだけに抗議の署名にどれほどの効果があるのかは疑問です。
さて、気を取り直して、コメントの中には「石田順裕」という声もありました。
階級格差を考えると、同じ「超弩級の強豪」でも軽量級と人気階級を同列に考えるべきではありません。
しかし、ここでは「あらゆる階級を公平に見る」PFP視点で考えます。

35年近く続いたBest Fighter Poll(リング誌年間PFP)の最終回。6位の井上尚弥は、その歴史の中で唯一リストアップされた日本人です。
とはいえ、2013年にモナコで石田を簡単に破壊したGGGは2017年にBest Fighter Poll で1位(テレンス・クロフォードと同票1位)、電子版の1位は1年以上もキープしました。
「評価は遅れてやって来る」のは世の常です。石田が戦ったGGGはどれほど強かったことか。あの頃のGGGなら、カネロが12ラウンド終了のゴングを聴くことはなかったでしょう。
石田は、フロイド・メイウェザーがあからさまに対戦を嫌ったポール・ウィリアムスとも戦っていますから、階級格差を勘案してしまうと…いや、それを勘案しなくとも…。

リング誌2012年5月号、年間表彰大特集。まだ、このブログを始めるずっとずっと前の話です。この頃にこのブログを書いてたら「ラスベガスを最も震撼させたのは石田!」と我が事のように書き散らしていたでしょう。MGMグランドのガーデンアリーナ、Tモバ前ですからベガス最高の舞台でした。
しかし、このお話の主人公は大橋秀行です。
みなさん、石田順裕のことは一旦、忘れて下さい!!!!!!!!!!!!!
正確には1985年2月12日のプロデビューから、1993年2月10日までの14年間。
ベルリンの壁が叩き壊され、ソ連が崩壊した激動の時代。
国内でも、NHKの夜9時のニュースが絶対的なニュース番組の地位をニュースステーションに追われ、キリン・ラガービールがアサヒ・スーパードライに倒された、そんなアップセットの時代。
そのニュースステーションに「150年に1人の天才」のふれこみで若き大橋秀行がゲストで招かれた時代です。
久米宏が「150年に一人って、150年前は江戸時代ですからその頃ボクシングがあったのか?って話でして…」と、「アスリートに失礼だ!」「ゲストに呼んでおいていきなり失礼すぎる!」と、今なら炎上しかねない発言をしますが、当時はSNSなど影も形もなく、アスリートという言葉すら一般的ではありませんでした。
あれから40年近くの歳月が流れ「150年前」の1874年は「明治7年」、もう江戸時代ではなくなりました。

現代もあの時代も全て飲み込む日本ボクシングの歴史を、白井義男が初めて世界タイトルを獲得した1952年から、2024年までの72年間で切り取ることにします。
この72年間で、超弩級の強豪と世界戦で拳を交えた日本人を考えると…ファイティング原田のエデル・ジョフレ、白井義男のパスカル・ペレスはバンタム級とフライ級で今なお史上最強と評価されるレジェンドでした。
もし、当時PFPランキングが定期発表されていたなら、ジョフレは文句なし、ペレスもPFP1位に立っていた可能性は十分です。
ジョフレに2連勝した原田は別格にしても、白井はペレスと敵地アルゼンチンで引き分けているのですから、その実力が殿堂クラスであったことは疑いようもありません。
しかし、何人の超弩級と戦ったが?となると、原田も白井も一人だけ。
そうなると、すでに複数の方がコメントを寄せてくれているように、ロイヤル小林で決まりです。
彼が当たって砕けたのはウィルフレド・ゴメス、アレクシス・アルゲリョ、エウゼビオ・ペドロサ。いずれも一発殿堂のグレートです。

なんと、1970年代のディケイドPFPでアルゲリョは4位(1982年のBest Fighter Poll=年間PFPで2位)、ゴメスは6位(1980年のBest Fighter Poll で3位)。ペドロサはリング誌月間で最高3位(1984年のBest Fighter Poll で4位)。

「なんでこんなバケモンと、しかも三人も…」というのが、率直な感想です。そして、それ以上に強烈な思いが「ロイヤルよ!よくぞ、戦ってくれた!」という感謝感激の思いです。
ロイヤル小林は、この三人を日本に連れてきてくれたのです。
それにしてもペドラサのBoxRecからWBAタイトルが完全に抹消されています。もちろん、一番悪いのは盗人のWBAですが、利用者のことを考えると、これは…。
WBAへの抗議の署名でも集めたいところですが、世界的にもメジャー競技とはいえない、先進国では完全マイナー競技で競技(スポーツ)とも認められていないかもしれないボクシングだけに抗議の署名にどれほどの効果があるのかは疑問です。
さて、気を取り直して、コメントの中には「石田順裕」という声もありました。
階級格差を考えると、同じ「超弩級の強豪」でも軽量級と人気階級を同列に考えるべきではありません。
しかし、ここでは「あらゆる階級を公平に見る」PFP視点で考えます。

35年近く続いたBest Fighter Poll(リング誌年間PFP)の最終回。6位の井上尚弥は、その歴史の中で唯一リストアップされた日本人です。
とはいえ、2013年にモナコで石田を簡単に破壊したGGGは2017年にBest Fighter Poll で1位(テレンス・クロフォードと同票1位)、電子版の1位は1年以上もキープしました。
「評価は遅れてやって来る」のは世の常です。石田が戦ったGGGはどれほど強かったことか。あの頃のGGGなら、カネロが12ラウンド終了のゴングを聴くことはなかったでしょう。
石田は、フロイド・メイウェザーがあからさまに対戦を嫌ったポール・ウィリアムスとも戦っていますから、階級格差を勘案してしまうと…いや、それを勘案しなくとも…。

リング誌2012年5月号、年間表彰大特集。まだ、このブログを始めるずっとずっと前の話です。この頃にこのブログを書いてたら「ラスベガスを最も震撼させたのは石田!」と我が事のように書き散らしていたでしょう。MGMグランドのガーデンアリーナ、Tモバ前ですからベガス最高の舞台でした。
しかし、このお話の主人公は大橋秀行です。
みなさん、石田順裕のことは一旦、忘れて下さい!!!!!!!!!!!!!
コメント
コメント一覧 (4)
普通この手の試合って日本人が敵地に赴く事でしか成立しないのに……どうやって日本に呼んだのか
人気でも格でも資金力でも圧倒的に負けていたはずなのに
フシ穴の眼
が
しました
原田は8度防衛中バケモノエンペラー級のジョフレ
小林は後で殿堂入りするアルゲリョ、ゴメス、
ペドロサは王座獲得して間もない頃。
まさか、3人が、後に
レジェンドになるとはおもわなかったでしょう
当時は…
小林氏はWBC世界フェザー級王者サンチェスとの対戦がきまりかけていたとか…
小林氏は後のレジェンド級の強豪と引かれ合う
運か縁をもっているみたいです。
フシ穴の眼
が
しました
世界タイトル前哨戦みたいな試合で韓国の選手に負けて評価はだだ下がりになりましたが、そこからが凄かった。
国内のライバルとのサバイバルマッチを生き残って韓国の鷹・張正丸に2回挑戦しましたが連敗。特に2回目に7回ダウン取られて負けた時は引退すると思ったんですが。
それでも再起して日本人世界タイトル挑戦21連敗を止めるKOでの勝利。そしてリカルド•ロペス戦。
自分も忘れてたのですが、その後も再起して再び世界タイトル獲ってるんでした。かなり濃厚なキャリアですね。
ちなみにお兄さんも日本タイトル挑戦までしたプロボクサーで、さっきウキペディアで知ったんですが世界王者になる前のカオサイ·ギャラクシーと戦ってました。
大橋兄弟はある意味、井上兄弟にもできそうもないことを成し遂げたのかも(笑)
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました