2017年8月15日 京都 島津アリーナ

WBCバンタム級タイトルマッチ



まず、リング誌の試合レポートの冒頭から。


First,there was an upset.  Then there was controversy.

まず、結果は番狂せだった。それから、大きな議論が巻き起こった。


そうです。

試合前は対戦相手の質と経験値で上回る山中が、のちに指導したフレディ・ローチが「ジャブすらまともに打てない」と嘆いた欠陥ボクサーを後半までに沈めると見られていました。

現実は初戦も、7ヶ月後の再戦も惨敗でした。

初戦でタオルを投げた大和心トレーナーを本田明彦と浜田剛史は「まだこれからというときに」と、大和を非難しましたが、まともなボクシングファンが見ればワンサイドゲーム、あそこで止めなければ悲惨な結末が直後に起こっていたでしょう。

山中も「まだできた」とタオル投入にあからさまに不快感を示しました。

ネリが山中との2試合で見せたパフォーマンスは、キャリア最高の出来でした。

ネリは過小評価されていたのでしょうか?結論から言うと、相性が悪すぎました。

拳をしっかり返したあとさらに下方に押し込む「神の左」は、その威力の代償として引きの遅さが欠点でした。そして、山中は12度の防衛を重ねる中で、左のウィニングショット以外のパンチまで引きが遅くなっていました。




対戦相手を事前に呼んで記者会見。村田諒太の世界戦ではデフォルトでしたが、軽量級では日本史上初ではないでしょうか?



世界基準ではけしてスピードがあるタイプではないネリですが、34歳バージョンの山中にとっては速過ぎ、パンチの引きが遅い山中には最も対応しずらい相手でした。

さらに良い意味で鈍感なネリは山中のパンチを全く恐れずにクロスレンジで連打を繋いできました。

ネリの強さはこの矢継ぎ早の連打を強引に打てることに尽きます。

そうです、それに尽きる、それだけが武器なのです。もちろん、強引な連打は大きな隙も晒しますから、対戦相手が怯まなければ、フィゲロア戦のような消耗戦に突入してしまします。

自分よりも威力のあるパンチを持つフィゲロア相手に、あの展開は自殺行為でしたが、不器用なパンテラはBプランなど持ち合わせていません。

ボクシングの基礎技術は無い。1発のパンチもない。当て勘も特筆するレベルではない。井上尚弥は「打たれ強い」と警戒しましたが、それも非常に怪しい。

スティーブン・フルトンやマーロン・タパレスよりは打たれ強いかもしれませんが。

この連打に巻き込まれてしまうと厄介ですが、それでも1発のパンチがないので決定力に欠け、減量苦で階級アップ目前のブランドン・フィゲロアにさえグズグズの打撃戦の末に悶絶KOされてしまいました。

いいパンチも当てていましたが、悲しいかな世界基準ではとにかくパワー不足、フィゲロアがネリの距離に付き合ってくれたのに前半戦を耐えるのが精一杯。

井上相手にポール・バトラーのように、とにかく防御専心で戦えば判定まで逃げ込めるかもしれませんが、逃げ慣れてないネリではそれも難しそうです。

ネリが1発で局面を変えることができるパンチャーなら、まだ怖さがあるのですが…。

現在の井上は〝魔法のガウン〟を完全に着こなしている状態です。

直近3試合の対戦相手バトラー、フルトン、タパレスはモンスターへの敬意を十二分に表明して序盤で破壊されないよう慎重に戦いました。

ただ、ネリはスタイル的にあれしか出来ない、ノニト・ドネアと同じ単細胞です。そして、ドネアほどの気持ちの強さは持ち合わせていません。それ以前に、パンチ力が全く違います。

かつて、井上はジョンリール・カシメロの戦いぶりを「アホです、アホ」と表現しましたが、それはクアドロ・アラスの危地に躊躇なく飛び込む剥き出しの勇気と勝負根性への最大級の賛辞でした。

大橋秀行は「井上にとって怖さは過去一番。パンチがある。ドネアもあったけど、怖さもネリはある」とリップサービスしてますが、1発のパンチはありません。




 Then there was controversy.


山中との初戦から9日後、WBCはVADAによる試合前のドーピング検査(検査費用約150万円は帝拳が負担)で陽性反応が出たと発表。

WBCは結果的に「ドーピングは食事に含まれた成分で故意ではなかった」と不問にしましたが、リング誌はネリに移動したバンタム級タイトルを山中に差し戻し。汚れたパンテラをランキングから追放します。

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【左】一旦はネリを新王者と認定したリング誌でしたが、【右】Bサンプルも陽性反応を示した時点で、ネリを追放。


引退も考えた山中は「ネリとの再戦」のリングに上がります。

2018年3月1日、両国国技館。ネリは体重超過を犯して、秤の上でWBCストラップを失う大失態。

キャリア唯一の黒星を雪辱して引退する。山中の描いていた有終の美は、わずか2ラウンド63秒で打ち砕かれてしまいました。

これを受けてJBCはネリに対して無期限の活動停止処分(ライセンスを発行しない)を決定。事実上の永久追放です。

今回、井上に選ばれたことで、JBCはネリのライセンス申請資格回復を認めて、晴れて試合ができることになりました。

ちなみに、山中との再戦でネリが犯した体重超過について、WBCの処分は6ヶ月間の活動停止処分、つまり9月1日にライセンスが交付されるという大甘裁定。もちろん、これはWBCやネリに限ったことではありません。

これが、ボクシング界の常識です。

ボクシングの場合、世界的な統括団体が存在せず、厳しい処分を科したとしてもJBCの日本ローカルが限界です。そもそも、ドーピングに対する規定も各国・各地域のコミッションによってまちまち。

他のスポーツなら選手生命を絶たれるような長期間の出場停止処分が下され、どんな偉大な実績を残していても殿堂入りなどあり得ません。

ボクシングの常識は、他のスポーツから見れば非常識も甚だしいのが現実です。

それにしても活動停止処分6ヶ月なんて、年に3試合やれば多いトップ選手にとっては痛くも痒くもありません。

喜劇的に人気のなかったゲーリー・ラッセルJr.は「ドーピングしてないのに、年にせいぜい1回しか試合組んでもらえない俺ってある意味、無実の活動停止処分を受けてるよね?人気がないのってドーピングよりも悪なの?」と泣き出すでしょう。

カネロ・アルバレスは6ヶ月の活動停止処分をこれ幸いと、古傷の膝の手術・クリーニング期間にあてました。

ラッセルには申し訳ありませんが、このスポーツで人気がないということはドーピングするよりも悪なのです。

まあ、ネリも人気があるとは口が裂けても言えませんが、ラッセルよりはマシです。

ネリは〝復帰戦〟でいきなり空位のWBCバンタム級シルバー王座がメキシコで用意され、2019年3月16日にはエロール・スペンスJr.とマイキー・ガルシアのメガファイト、AT&Tタジアムのアンダーカードに抜擢されます。

しかし、エディ・レイノソから「普段の生活から規律が出来ていない」と注意される自堕落は治りません。

目指していた「バンタム級での王者復帰」は当然、難しくなりました。