一度の過ちで、セカンドチャンスが与えられない、なんてことはありか?
いや、このお話のタイトルにもあるように、そもそも鈴木啓示は間違っていたのか?
彼は「過ち」を犯したのか?
そし、間違っていなかったとしたら、社会から抹殺されそうなくらいの酷い仕打ちは何だったのでしょうか?

あのときまで、鈴木啓示は大袈裟ではなく、人間のお手本として敬わられていました。
人間的にも出来た300勝投手。先発、そして完投にこだわり続けた現役時代。
そんな人が転落するのを見て、ほくそ笑むような性格の人も世の中にはいるということですが、それにしても、です。
この社会は誰かをリンチにかけたいと、その隙を窺っている卑怯者で溢れています。
野茂の成功の前までは、多数派だったはずの鈴木啓示側の人間はどこかに消えてしまい、逃げ場のない鈴木啓示だけが集中砲火を浴びました。
まだインターネットも浸透していない、SNSという言葉もなかった時代ですが、鈴木啓示は一億総〝文春砲〟の乱射に晒されてしまいました。
ついさっきまで野茂を叩いていた、相当数の卑怯者たちは砲門の向きを野茂から鈴木に代えて、恥知らずの砲弾を盛大に打ち込んだのです。
鈴木寄りだったコーチ陣も「あの空気の中で監督を擁護するなんて誰も出来ない。申し訳ないけど、黙っているしかなかった」よいう容赦の無い魔女狩りでした。
大谷翔平のときも、彼の挑戦を「絶対不可能」と否定する人が多数派でしたが、野茂の大リーグ挑戦もその第一報に対する日本列島の反応は、応援一色では決してありませんでした。
鈴木啓示、近鉄球団との対立から全てを放り投げて渡米しようとする野茂の姿勢には「野茂君はまず、ルールを守らなければ」(王貞治)の声が主流で、NPB側の人間だけでなく、ファンの間でも決して少数派ではなく、挑戦の姿勢も批判の的にされました。
大リーグで通用するか?という点については「通用しない」という見方が大多数でした。
スポーツの世界、それも人気のプロスポーツの世界で激しい毀誉褒貶はつきものです。
悔しい思いをしたらグラウンドで見返せば良いのです。たった一晩で、悪魔のように罵っていた観客たちは神様、仏様と唱えてくれます。
清原和博は悔しさを忘れないために、入れ墨を彫ってしまいました。もう、情けなくなるアホです。その悔しさを晴らせるのは、バットだけ、決して入れ墨針ではありません。
しかし、鈴木啓示にはセカンドチャンスは与えられることなく長い年月だけが経ってしまいました。
昔の話ではありません。
この国の住民はあまりにも短絡的な感情で、1人の才能ある人間を寄ってたかって抹殺しようとしてきます。
普通のサラリーマンならOKなことでも、プロ野球選手やお笑い芸人がやる、やったと疑われると人生を失うようなことになる、それで正しいのでしょうか?
しかも、鈴木啓示に至っては、野茂がキャンドル・スティックパークで衝撃のピッチングを披露するまでは〝魔女〟ではありませんでした。
多くの人は、鈴木の言動を支持し、あるいは当然だと許容していたのです。
ちなみに私は、こんなことを書くと「嘘だ」とか「お前も手の平を返した方のくせに」と言われるでしょうが「野茂は大リーグに挑戦すると言う一点で結果はどうあれ許されるべき」と酒場で語っていました。
そして、「野茂のフォークボールを打てる打者は地球上に落合博満を除いていない。だって、あれ全部クソボールやから、そもそも打てない。もし、大リーグの打者がフォークを見極めることができたら通用しないけど、それもありえない」とも吐き散らしていました。
そして「ロス五輪1984では米国は本気を出していなかった」という友人らには、「自国五輪に出場して本気で戦わない選手なんていない。マーク・マグワイアらは実力で野茂ら日本代表に飲み込まれたんだよ」と、偉そうに我が事のように語るのでした。。。。。
https://fushiananome.superknova.org/archives/34938515.html
https://fushiananome.superknova.org/archives/34998865.html
https://fushiananome.superknova.org/archives/34999071.html
いや、このお話のタイトルにもあるように、そもそも鈴木啓示は間違っていたのか?
彼は「過ち」を犯したのか?
そし、間違っていなかったとしたら、社会から抹殺されそうなくらいの酷い仕打ちは何だったのでしょうか?

あのときまで、鈴木啓示は大袈裟ではなく、人間のお手本として敬わられていました。
人間的にも出来た300勝投手。先発、そして完投にこだわり続けた現役時代。
そんな人が転落するのを見て、ほくそ笑むような性格の人も世の中にはいるということですが、それにしても、です。
この社会は誰かをリンチにかけたいと、その隙を窺っている卑怯者で溢れています。
野茂の成功の前までは、多数派だったはずの鈴木啓示側の人間はどこかに消えてしまい、逃げ場のない鈴木啓示だけが集中砲火を浴びました。
まだインターネットも浸透していない、SNSという言葉もなかった時代ですが、鈴木啓示は一億総〝文春砲〟の乱射に晒されてしまいました。
ついさっきまで野茂を叩いていた、相当数の卑怯者たちは砲門の向きを野茂から鈴木に代えて、恥知らずの砲弾を盛大に打ち込んだのです。
鈴木寄りだったコーチ陣も「あの空気の中で監督を擁護するなんて誰も出来ない。申し訳ないけど、黙っているしかなかった」よいう容赦の無い魔女狩りでした。
大谷翔平のときも、彼の挑戦を「絶対不可能」と否定する人が多数派でしたが、野茂の大リーグ挑戦もその第一報に対する日本列島の反応は、応援一色では決してありませんでした。
鈴木啓示、近鉄球団との対立から全てを放り投げて渡米しようとする野茂の姿勢には「野茂君はまず、ルールを守らなければ」(王貞治)の声が主流で、NPB側の人間だけでなく、ファンの間でも決して少数派ではなく、挑戦の姿勢も批判の的にされました。
大リーグで通用するか?という点については「通用しない」という見方が大多数でした。
スポーツの世界、それも人気のプロスポーツの世界で激しい毀誉褒貶はつきものです。
悔しい思いをしたらグラウンドで見返せば良いのです。たった一晩で、悪魔のように罵っていた観客たちは神様、仏様と唱えてくれます。
清原和博は悔しさを忘れないために、入れ墨を彫ってしまいました。もう、情けなくなるアホです。その悔しさを晴らせるのは、バットだけ、決して入れ墨針ではありません。
しかし、鈴木啓示にはセカンドチャンスは与えられることなく長い年月だけが経ってしまいました。
昔の話ではありません。
この国の住民はあまりにも短絡的な感情で、1人の才能ある人間を寄ってたかって抹殺しようとしてきます。
普通のサラリーマンならOKなことでも、プロ野球選手やお笑い芸人がやる、やったと疑われると人生を失うようなことになる、それで正しいのでしょうか?
しかも、鈴木啓示に至っては、野茂がキャンドル・スティックパークで衝撃のピッチングを披露するまでは〝魔女〟ではありませんでした。
多くの人は、鈴木の言動を支持し、あるいは当然だと許容していたのです。
ちなみに私は、こんなことを書くと「嘘だ」とか「お前も手の平を返した方のくせに」と言われるでしょうが「野茂は大リーグに挑戦すると言う一点で結果はどうあれ許されるべき」と酒場で語っていました。
そして、「野茂のフォークボールを打てる打者は地球上に落合博満を除いていない。だって、あれ全部クソボールやから、そもそも打てない。もし、大リーグの打者がフォークを見極めることができたら通用しないけど、それもありえない」とも吐き散らしていました。
そして「ロス五輪1984では米国は本気を出していなかった」という友人らには、「自国五輪に出場して本気で戦わない選手なんていない。マーク・マグワイアらは実力で野茂ら日本代表に飲み込まれたんだよ」と、偉そうに我が事のように語るのでした。。。。。
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コメント
コメント一覧 (2)
意外な組み合わせで驚きました。
フシ穴の眼
が
しました