今年初の「たけとんぼ」。

私の周囲では言わずと知れた岡山笠岡ラーメン。

鶏ガラ醤油スープと、豚ではなく鶏チャーシュー、長め斜めに切った九条ネギ。

今日は会社の連中に薦められた冬季限定・味噌ラーメンを注文。

着丼までの間に「ダウンタウンへ、くり出そう」。




一般人の場合。

例えば私なら、人を傷つけたことがないか?と聞かれたら間違いなくあります。

そして、全く身に覚えがない、それどころかお互い楽しい思いしかしてなかったはずなのに、相手を傷つけていたことはないか?と言われると、これはもうわかりません。

究極の話、妻や子どもたち、家族との関係は、いろいろあっても一方的に超良好だと思っていても、相手もそう思っているか?と聞かれたら100%の自信はありません。

これは誰でもそうでしょう。

それでも、家族のような一応一生涯運命共同体な関係と、一度限りの関係など、付き合いの頻度や長さによっては、思い出が変質することは十分に考えられます。



「あの夜はみんなでお祭りみたいに盛り上がったのに…」という記憶は全く同じでも、松本人志の中では「あのときの女の子たちやろ?めっちゃ楽しく盛り上がったからよう覚えてる!」とそのまま残り「事実無根」「とうとう出たね。。。」という言葉が自然と湧いてきたのでしょう。

一方で、女の子たちも「あの夜はみんなでお祭りみたいに盛り上がったのに…」という思いは全く同じでも、「また誘ってください」と言ったのに
このあと全く音沙汰なし、女の子たちは松本の連絡先も知らない、ということだと「あの夜はみんなでお祭りみたいに盛り上がったのに…」という記憶は悪い意味で変質するかもしれません。

このパターンは一般人では起こりにくく、お祭りみたいに盛り上がる前に携帯電話などを取り上げられるなんてことも、あり得ませんし、そこまで盛り上がったら連絡先の交換は当然あり得ます。

私の場合でも野球や勉強教えてる子には、キツイ言葉を使います。

それでも付き合ってる時間の長さ、会ってる頻度、子どもたちが私の連絡先も住んでるとこもよく知っている、という点で「楽しい思い出」が変質しにくいのかもしれません。

また、ほぼ全ての子どもたちについて親御さんとも顔見知りで交流があるという点が、決定的な違いでしょう。



松本人志は、女の子を信じられなくなっているかもしれませんか、今の時代に一般人との乱痴気騒ぎを楽しむことが、大きな危険を孕んでいることをあらためて世間に示した形になりました。

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と、ここからというところで着丼。

おお、美味そうです。