越本隆志:WBCフェザー級(2006年1月29日 - 2006年7月30日)

柴田国明が陥落してから34年、日本に再びフェザー級のストラップをもたらしたのは越本でした。

越本というと、実直さが面構えに出ているような九州男児。そして「九州のジムから史上初の世界王者」「史上最年長35歳での戴冠」という臥薪嘗胆の横顔。

生涯戦績は39勝17KO2敗2分、敗れたのは世界戦の2試合だけ。

しかし、池仁珍からSDでタイトルを奪うも、初防衛戦に失敗した越本は、フェザー級の名王者とはけして呼べません。

世界初挑戦のWBA王者フレディー・ノーウッドとの試合は、10回やっても10回ともKO負け以外の結果はない、という惨敗でした。

それでも、越本が私たちボクシングファンにはっきりと教えてくれました。

4団体17階級時代でもなお、フェザー級が日本人にとって一筋縄ではいかない鬼門であることを。





粟生隆寛:WBCフェザー級(2009年3月12日 - 2009年7月14日)

オスカー・ラリオスへの再挑戦でタイトルを掴んだ帝拳の秘蔵っ子。

当時のフェザー級シーンはWBAスーパーがクリス・ジョン、暫定がユリオルキス・ガンボア。当時はJBC未承認だったIBFはクリストバル・クルスからオルランド・サリド、WBOがスティーブン・ルエバノからファンマ・ロペスと〝触らぬ神に祟りなし〟なメンツで、引退間際のラリオスは格好の標的でした。

しかし、初防衛戦でエリオ・ロハスに攻略され、あっさり陥落。

粟生は、ビタリ・タイベルトというほとんど無名のWBCジュニアライト級王者に勝利して2階級制覇するも、4度目の防衛戦に失敗。

3つの黒星はラリオスとの初戦、ロハス、レイムンド・ベルトラン(2ラウンドKO負け→ベルトランのドーピングで無効試合)だけでした。

体重超過にドーピングを犯したベルトランとの試合は、可哀想な面のありましたが、粟生を強い王者だったと記憶しているファンはほとんどいないのではないでしょうか?




長谷川穂積:WBCフェザー級(2010年11月26日 - 2011年4月8日)


「最も過大評価されたジャパニーズ・パッキャオ」(リング誌)。日本人で初めて、ボクシングシーン・ドットコムのPFPで10傑入り。

全盛期の国内評価は「ファイティング原田以上」でしたが、当時の階級最弱王者フェルナンド・モンティエルにノックアウトされて株価は暴落。

世界戦で喫した3敗はいずれもKO負けでしたが、どの試合も予想とオッズはフェイバリットでした。

フェザー級の世界戦で戦ったのはファン・カルロス・ブルゴスとのWBC決定戦と、「ご馳走様って感じです」と語っていたジョニー・ゴンザレスの2試合だけ。

バンタム級や、ジュニアフェザー級のウーゴ・ルイス戦も含めて「誰に勝ったのか?」が非常に弱いファイターでしたが、それはフェザー級において特にそうでした。

その意味では、長谷川もまたフェザー級の難しさを教えてくれたのかもしれません。






*****世界フェザー級のベルトを腰に巻いた日本人は5人しかいませんが、初防衛戦に成功したのは西城(5度防衛)と柴田(2度防衛)の2人だけ。

現在の世界シーンはIBFが阿部麗也に圧勝したルイス・アルベルト・ロペス、WBAがレイモンド・フォード、WBCがレイ・バルガス、暫定でブランドン・フィゲロア、WBOがロベイシ・ラミレスを押し切った無敗のラファエル・エスピノサ。

誰がどう見ても狙い目はWBCですが、バルガスもフィゲロアもすぐ強豪に王座を明け渡しそうです。

このクラスでUndisputed championになるには、上に列記したメンツを殴り倒さなければならないのです。

長谷川穂積が陥落してから来月で丸13年もの間、日本はフェザー級のストラップから遠ざかっています。

日本に翼が戻るのは、井上尚弥が126ポンドに進出するまで待たねばならないのでしょうか?

あるいは、短期間で階級を駆け上がる中谷潤人が空位の時代を終わらせるのか?

考えたくもないことですが、もしフェザー級が井上と中谷も拒むほどに高く分厚い壁なら、暗黒時代はしばらく続きそうです…