紙媒体から振り返るプロボクシング。

昨年、極度の販売不振から相次いで廃刊に追い込まれたリング誌とボクシング・マガジンへの鎮魂歌シリーズです。

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10月9日、スポーツの日にお届けするのは、今から四半世紀前のボクシング・マガジン1998年10月号から。

表紙は「辰吉 不完全燃焼のV2〜アヤラに6界負傷判定勝ち」。「坂本、2度目の挑戦も実らず〜バサンに3−0の判定負け」「畑山隆則、悲願の王座奪取」。

辰吉、畑山に加えて、WBAジュニアバンタム級で飯田覚士もタイトルホルダーでした。

強い相手との対決が避けられないアマチュアボクシングで戦っていた井上尚弥は「弱い相手を選んで世界王者になる、それがテレビで流れちゃうって時代、当時(2010年前後)のプロボクシングが嫌いだった」と公言しています。

そんな井上がプロ入りの際に大きなモチベーションとしたのは「辰吉丈一郎さんだったり、畑山隆則さんだったり、あの沸かした時代を取り戻したいのがあったんですよ」ということでした。

25年前の日本のリングは、井上の言う「あの沸かした時代」のまさに真っ只中でした。

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WBCバンタム級王者・辰吉が煮え切らない負傷判定で勝利したポーリー・アヤラは、翌1999年にWBA王者のジョニー・タピアに挑戦、番狂せで世界タイトルを獲得しました。この試合はリング誌のFighter Of The Yearに選出されています。

バンタム級のタイトルを獲っただけでFighter Of The Year、考えられないかもしれませんが、当時無敗のジョニー・タピアは軽量級を超えた人気者だったのです。

ちなみに、最も権威があるBWAAのFighter Of The Year(Sugar Ray Robinson Award)1998は、イベンダー・ホリフィールドとの2連戦(ドロー・判定勝ち)を勝ち越したレノックス・ルイス。

Fighter Of The Yearを獲った選手に勝利した日本人は辰吉と、井上(ノニト・ドネア=Sugar Ray Robinson Award2012)の2人だけ。

そもそもジュニアフェザー級以下でFighter Of The Yearに選ばれたのはバンタム級のカルロス・サラテ(1977年:リング誌)、ジュニアフライ級のマイケル・カルバハル(1993年:リング誌)、バンタム級のアヤラ(1999年:リング誌)、ジュニアフェザー級のドネア(2012年:BWAA)の4人だけ。

そして、いまだにリング誌とBWAAの同時受賞は誰も成し遂げていません。フェザー級まで見渡してもカール・フランプトン(2016年)の1人だけ。

実質破綻状態のリング誌のアワードがいつまで継続できるかわかりませんが、日本人が同時受賞、何より最も重いSugar Ray Robinson Awardを手にする日はやって来るのでしょうか?

25年前、1998年のリング誌BEST FIGHTER POLL(年間PFP)は、①ロイ・ジョーンズJr.、②オスカー・デラホーヤ、③フェリックス・トリニダード、④シェーン・モズリー、⑤イベンダー・ホリフィールド、⑥マーク・ジョンソン、⑦ナジーム・ハメド、⑧リカルド・ロペス、⑨フロイド・メイウェザーJr.、⑩パーネル・ウイテカー。

PFPの特徴である「全ての階級を平等に」に沿って、この年も軽量級ファイターがしっかり評価されています。