世界陸上、バスケW杯に熱狂した史上最も熱い夏は、9月に入っても秋の気配は感じられません。

ラグビーW杯が開幕、まだまだ熱い真夏が続きます。

欧米で人気の球技が日本にも本格的に〝上陸〟。

昭和の時代では「世界選手権」とは、ほぼボクシング限定、世界で戦う日本人の活躍を楽しめるのは4本ロープのリングの中だけでした。

米国ほどの没落ではないものの、日本でもボクシングの人気、社会的ステイタスはジリ貧です。

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さて、いきなりですが井上尚弥は日本史上最高のボクサーか?

時代を超えた比較は無意味とはいえ、一旦、井上を史上最高とするなら…4階級制覇と団体統一をした井岡一翔や、日本人で初めてPFPに入った山中慎介や内山高志も井上に続き、複数階級制覇や団体統一、二桁防衛でで名前を挙げたここ10年に活躍したボクサーが上位を占めるのでしょうか?

もちろん、この評価付けに答えなどありません。

ただ、日本ボクシングが最も燃え盛っていた時代は1960〜70年代でした。そこから「具志堅用高」や「辰吉丈一郎」「亀田兄弟」というスターが突発的に出現してきたとはいえ、このスポーツの社会的地位、人気は総体として右肩下がりのままです。

その没落は、どんどん加速しているようにさえ映ります。

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10年前、ボクシングマガジンは井岡一翔と八重樫東の団体統一戦を特集した増刊号を発売しました。

「THE UNDISPUTED」と、完全に使い方を間違っているのもご愛嬌です。

日本ボクシングの歴史という尺度では、7月25日に行われた井上尚弥とスティーブン・フルトンの試合の方が重要な一戦だったと思いますが、ボクシング・ビートですら特集号は出しませんでした。


それなのに…。2010年以降、日本ボクシングは「誰に勝ったか」では大きな成果を挙げることができていませんが、亀田興毅の「史上初の3階級制覇」、山中と内山の「史上初のリング誌PFP入り」、井岡の「史上初の4階級制覇」、井上の「史上初の4団体統一」と、矢継ぎ早に歴史を塗り替えてきました。

しかし…それらは、いずれも4団体17階級時代だから、リング誌がPFPを発表するようになった時代だからの「史上初」に過ぎません。

複数階級制覇は「17階級時代で初」、4団体統一は「WBOが主要団体と認知された1995年頃からで初」、リング誌PFPは「電子版のランキングが発表された2010年以降で初」という但し書きを付けなければ大きな誤解を生みます。

ファイティング原田の2階級制覇と、井岡と井上の4階級制覇を単純な数字で比べてることは出来ません。原田のフライ級とバンタム級はいずれもUndisputed championでした。

さらに、原田の2階級制覇時は1団体で8〜10階級の時代。さらに、現在はストローからジュニアフェザーまで6階級に細分化された超軽量級は、フライとバンタムだけ。

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8階級制覇のマニー・パッキャオは、4階級制覇しか出来なかったヘンリー・アームストロングよりも優れたファイター、だなんて誰も考えないのと同じ理屈です。

もちろん、ボクシングが世界で戦う日本人を応援できる唯一のスポーツだった時代が終わったこと、特に軽量級のボクシングが、他の人気スポーツの世界大会と比較して非常に怪しい空気に包まれていること、団体と階級が分別なく増殖して世界王者の価値が暴落していること、それら全てが重なってボクシング人気そのものが地盤沈下を起こしていることに、選手は一切責任がありません。

ボクシングの世界チャンピオンが、特に軽量級では他の人気スポーツと比べて地位や印象が薄く軽いものになっていることは否めませんが、それも選手には何の責任もありません。

例えば、米国の人気スポーツで大活躍するとスポーツ・イラストレイテッド誌はもちろん、タイム誌の表紙を飾ることもあるでしょう。しかし、ボクシングでは日本人が例えウエルター級やミドル級、ヘビー級で強豪王者になってもスポイラにカバーされることはありえません。

パッキャオのように極貧からアメリカンドリームをつかみ、大統領を目指す国会議員という、ボクサー以外で大きな+αでもあれば別ですが。

むしろ、UFCの人気階級で大活躍する方がその可能性を膨らませるでしょう。



前にも書きましたが、大谷翔平が三冠王とサイ・ヤングを同時受賞するよりも、村田諒太がかネロ・アルバレスを破壊する方に熱狂します。それほど、ボクシングを観るのが大好きです。どっちが凄いか?なんて、どうでもいいのです。

その意味では、世間から注目されなくてもボクシングが大好きであることは1ミリも変わりません。

ただ、多くの出版社で「ボクシングは井上尚弥でも売れない」と見切りをつけられていることは、残念です。

もし、井上が10年早く生まれていたら…。大谷翔平は論外、羽生結弦の後塵も拝するでしょうが、節目の試合は多くの雑誌が増刊号を出したでしょう。

もし、20年早く生まれていたら…あの辰吉丈一郎よりも高い人気を誇ったはずです。

逆に、原田や大場政夫、輪島功一、具志堅用高らが生まれるのがずっと遅く生まれていたら、ボクシングを職業に選択しなかったかもしれません。

そして、日本列島に多くの感動をもたらした彼らがいなければ、おそらく井上や井岡、亀田兄弟らの父親が子供をプロボクサーにしようと発想しなかったでしょう。



いま…。まさにそんな感動のリレーが途絶えかけているのかもしれません。