昨年、創刊100周年で廃刊に追い込まれたThe Ring Magazine。

学校の図書館で無料で読み放題だった高校、大学時代が過ぎてからも、ほぼ切れ目なく定期購読してきました。

かれこれ40年以上も続く米国でのボクシングの没落を考えても、ここまで愛してきた雑誌が来月からポストに届けられなくなるというのは寂しいことです。

しばらく「リング誌ロス」が続くだろうなと思っていましたが、意外にもそこまでの悲しみはありませんでした。

かれこれ30年近くも伝えられてきた経営危機に、この10年近くはページ数がどんどん薄くなり、過去を焼き直した特集号を増刊ではなく通常号で発行、ついには月刊体制を維持できなくなり年9回発行の変則季刊雑誌に転落…経営難がいよいよ切羽詰まり、記者を維持することも難しくねったのでしょう。

米国ボクシング市場の歯止めのかからない凋落を考えると同情すべき部分もあるとはいえ、かつての新鮮味、面白さを失った雑誌にガッカリしていたことも事実です。

…前置きが長くなりました。

2013年9月、今から10年前に手元に届けられていたリング誌10月号です。

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改めて読み直すと、まだ114ページ(最も薄くなったのは62ページ)。

フロイド・メイウェザーとカネロ・アルバレスのメガファイトTHE BIG ONEの戦前予想や両者の人生とキャリアの推移、を53ページにわたって大特集。

ポスターと専用のスコアカードも挟み込まれていました。

このブログでもすでに紹介済みでしょうが、試合はどんどんつまらなくなっているのに、下劣な行動を繰り返すことで人々の嫌悪を集めることで〝MONEY MACHINE〟となったメイウェザーの恐るべきマーケティング戦略をわかりやすく辿っています。

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1996年、アトランタ五輪の銅メダルを引っ提げてのデビュー戦、そのファイトマネーはわずか2,500ドル。初めて世界タイトルを獲ったヘナロ・エルナンデス戦でも137,000ドル。

当時、同じジュニアライト級階級でOPBF王者だった畑山隆則と変わらないか、少なかったかもしれません。

1996年は辰吉丈一郎が、翌年のシリモンコン・ナコントンパークビューとの名勝負を前に、まさに〝夜明け前の闇が最も暗い〟という低迷期にもがいていました。メイウェザーは米国の人気階級とは言えないクラスだったとはいえ、米国ではまともな国内ランキングも組めないバンタム級の辰吉よりもはるかに低いファイトマネーに甘んじていたのです。

この号のPFPランキングは1位がメイウェザー。以下、②アンドレ・ベルト、③ファン・マヌエル・マルケス、④ウラジミール・クリチコ、⑤アブネル・マレス、⑥セルヒオ・マルチネス、⑦マニー・パッキャオ、⑧エイドリアン・ブローナー、⑨ティモシー・ブラッドリー、⑩サウル・アルバレス。


この頃はまだ「サウル・アルバレス」。渾名の「カネロ」が前面に出る直前でした。

10年一昔です。