PFP(Pound For Pound)。階級を無視した体重同一時なら誰が一番強いのか?
この摩訶不思議な概念は1930年代ですでに萌芽していましたが、ボクシングファンの間で知られるようになったのは、1950年代に登場した一人の革命的なプライズ・ファイターによってでした。
言わずと知れたウォーカー・スミス・ジュニア、つまりシュガー・レイ・ロビンソンです。
1970年代まで「ボクシング=ヘビー級」の時代が続きました。
1910年代はジャック・ジョンソン、20年代はジャック・デンプシー、30〜40年代はジョー・ルイス、そして50年代はロッキー・マルシアノ。
彼らはボクシングはもちろん、スポーツの枠をも超越した最強のシンボル。
The Brockton Blockbuster(ブロックトンの破壊兵器)の影に隠れてしまった月見草がロビンソンでした。
「もし、ロビンソンの体がもっと大きく重けければ、マルシアノをノックアウトするだろう」。当時のメディアや熱心なボクシングファンは、その美しくも凶悪なスタイルに魅せられたのです。
「Pound For Poundならロビンソンこそが最強だ」。近代ボクシングの技術体系を完成させたロビンソンは、多くのメディアやファンの間で、今なお歴代最高ファイターと考えられています。
そうです。
「多くのメディアやファンの間」でです。モハメド・アリをキングに挙げるPFPもあります。
あるいはPound For Poundという概念を誠実に考えたなら、つまり「体重同一時」を脳内ではなく現実のリングの上でやってのけたヘンリー・アームストロングやマニー・パッキャオこそが史上最高という考えもあります。

いずれにしても、PFPはファンが楽しむ妄想の域から一歩も出ないお遊びです。
ヘビー級ではないロビンソンの素晴らしさの「説明書」として広まったPFP。
リング誌がAnnual Awards(年間表彰) の中にBest Fighter Poll(年間PFP)を1980年(2017年で廃止)から組み入れたのは、シュガー・レイ・レナードを核とする「中量級への箔付け」が目的でした。
やはり、リング誌が1990年から毎月PFPランキングを発表するようになったのは、1988年に湧いて出たWBOによる4団体17階級時代の中で、同一階級ですら誰が一番強いのかがわからなくなった「混沌の時期」と一致します。
ロビンソンやレナードには失礼極まる表現になりますが、PFPは妄想にすぎないばかりか「弱者の言い訳」という性格を強く帯びた概念です。
ヘビー級にはややこしい「説明書」も、何を今更な「箔付け」も、階級増殖の「混沌」も関係ありません。
弱者の言い訳であるがゆえに、PFPがヘビー級には門戸が狭く、体重レンジが小さく、競技人口も少ない軽量級が優遇されるのは当然の帰結です。

それでも、殿堂や年間最高選手賞のような歴史に残る表彰ではないものの、現在の混沌としたボクシング界で一定の指針となっているのも事実です。
PFP投票であらゆるメディアが満票で1位に推したマニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーについては「あらゆる人が同じ妄想を見たとするなら、それはもはや妄想ではない」という考えもあります。
とはいえ、Best Fighter Pollで満票1位に推されたのはマービン・ハグラー(1985年)、ロイ・ジョーンズJr.(1999年)、バーナード・ホプキンス(2004年)、フロイド・メイウェザー(2007年/2010年/2013年/2015年)、マニー・パッキャオ(2008年/2010年)の5人だけ。
その5人の中でも、ロイ・ジョーンズはキャリアを終えたとき「誰に勝ったのか」という命題から、時間が経つほどに後世の評価が下落してしまう〝マイク・タイソン現象〟に見舞われています。
この優柔不断さ、明日は手の平を返すのが、キーとなる試合ごとに更新される現在のPFPの特徴です。
どのメディアのPFPでもオレクサンダー・ウシクはタイソン・フューリーを上回っていますが、実際に試合が決まればオッズも専門家評価もファンの声もフューリーが明白に有利となるはずです。
リング誌のジュニアバンタム級ランキングで中谷は6位ですが、上位の誰と当たってもフェイバリットとみられるでしょう。
PFPは脳内妄想という自由なお遊びにもかかわらず、特にリング誌においては思考停止、実績重視のおかしな順位になっています。実績重視ならローマン・ゴンサレスやカネロ・アルバレスの順位を暴落させてはいけないはずですが…。
リング誌の味方に立てば、PFPは自由な妄想、つまり思考停止も、実績重視の矛盾した順位も、何もかも全てを包含して自由であり、どんな奇天烈出鱈目ランキングでも間違いなどない、ということです。
Fighter Of The Yearのような記録に残るものではなく、メディアの数だけ1位がありランキングもさまざまなのがPFPで、これから開陳する「愛の拳士はPFP1位にふさわしい」という意見も、その考え方に則っています。
随分前にも「ESPNやリング誌がロマチェンコをPFP1位にしないのはおかしい!」と叫んでいた、あの主張の続きになります。
またまた、前置きが長くなりました…
この摩訶不思議な概念は1930年代ですでに萌芽していましたが、ボクシングファンの間で知られるようになったのは、1950年代に登場した一人の革命的なプライズ・ファイターによってでした。
言わずと知れたウォーカー・スミス・ジュニア、つまりシュガー・レイ・ロビンソンです。
1970年代まで「ボクシング=ヘビー級」の時代が続きました。
1910年代はジャック・ジョンソン、20年代はジャック・デンプシー、30〜40年代はジョー・ルイス、そして50年代はロッキー・マルシアノ。
彼らはボクシングはもちろん、スポーツの枠をも超越した最強のシンボル。
The Brockton Blockbuster(ブロックトンの破壊兵器)の影に隠れてしまった月見草がロビンソンでした。
「もし、ロビンソンの体がもっと大きく重けければ、マルシアノをノックアウトするだろう」。当時のメディアや熱心なボクシングファンは、その美しくも凶悪なスタイルに魅せられたのです。
「Pound For Poundならロビンソンこそが最強だ」。近代ボクシングの技術体系を完成させたロビンソンは、多くのメディアやファンの間で、今なお歴代最高ファイターと考えられています。
そうです。
「多くのメディアやファンの間」でです。モハメド・アリをキングに挙げるPFPもあります。
あるいはPound For Poundという概念を誠実に考えたなら、つまり「体重同一時」を脳内ではなく現実のリングの上でやってのけたヘンリー・アームストロングやマニー・パッキャオこそが史上最高という考えもあります。

いずれにしても、PFPはファンが楽しむ妄想の域から一歩も出ないお遊びです。
ヘビー級ではないロビンソンの素晴らしさの「説明書」として広まったPFP。
リング誌がAnnual Awards(年間表彰) の中にBest Fighter Poll(年間PFP)を1980年(2017年で廃止)から組み入れたのは、シュガー・レイ・レナードを核とする「中量級への箔付け」が目的でした。
やはり、リング誌が1990年から毎月PFPランキングを発表するようになったのは、1988年に湧いて出たWBOによる4団体17階級時代の中で、同一階級ですら誰が一番強いのかがわからなくなった「混沌の時期」と一致します。
ロビンソンやレナードには失礼極まる表現になりますが、PFPは妄想にすぎないばかりか「弱者の言い訳」という性格を強く帯びた概念です。
ヘビー級にはややこしい「説明書」も、何を今更な「箔付け」も、階級増殖の「混沌」も関係ありません。
弱者の言い訳であるがゆえに、PFPがヘビー級には門戸が狭く、体重レンジが小さく、競技人口も少ない軽量級が優遇されるのは当然の帰結です。

それでも、殿堂や年間最高選手賞のような歴史に残る表彰ではないものの、現在の混沌としたボクシング界で一定の指針となっているのも事実です。
PFP投票であらゆるメディアが満票で1位に推したマニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーについては「あらゆる人が同じ妄想を見たとするなら、それはもはや妄想ではない」という考えもあります。
とはいえ、Best Fighter Pollで満票1位に推されたのはマービン・ハグラー(1985年)、ロイ・ジョーンズJr.(1999年)、バーナード・ホプキンス(2004年)、フロイド・メイウェザー(2007年/2010年/2013年/2015年)、マニー・パッキャオ(2008年/2010年)の5人だけ。
その5人の中でも、ロイ・ジョーンズはキャリアを終えたとき「誰に勝ったのか」という命題から、時間が経つほどに後世の評価が下落してしまう〝マイク・タイソン現象〟に見舞われています。
この優柔不断さ、明日は手の平を返すのが、キーとなる試合ごとに更新される現在のPFPの特徴です。
どのメディアのPFPでもオレクサンダー・ウシクはタイソン・フューリーを上回っていますが、実際に試合が決まればオッズも専門家評価もファンの声もフューリーが明白に有利となるはずです。
リング誌のジュニアバンタム級ランキングで中谷は6位ですが、上位の誰と当たってもフェイバリットとみられるでしょう。
PFPは脳内妄想という自由なお遊びにもかかわらず、特にリング誌においては思考停止、実績重視のおかしな順位になっています。実績重視ならローマン・ゴンサレスやカネロ・アルバレスの順位を暴落させてはいけないはずですが…。
リング誌の味方に立てば、PFPは自由な妄想、つまり思考停止も、実績重視の矛盾した順位も、何もかも全てを包含して自由であり、どんな奇天烈出鱈目ランキングでも間違いなどない、ということです。
Fighter Of The Yearのような記録に残るものではなく、メディアの数だけ1位がありランキングもさまざまなのがPFPで、これから開陳する「愛の拳士はPFP1位にふさわしい」という意見も、その考え方に則っています。
随分前にも「ESPNやリング誌がロマチェンコをPFP1位にしないのはおかしい!」と叫んでいた、あの主張の続きになります。
またまた、前置きが長くなりました…
コメント
コメント一覧 (1)
フシ穴の眼
が
しました