SATURDAY, MAY 6
  
Estadio Akron, Zapopan, Jalisco, Mexico
 
▶︎commission:Comision de Box Guadalajara
▶︎promoter:Saul Alvarez (Canelo Promotions),
 Eddie Hearn (Matchroom Boxing), 
 Eddy Reynoso (Clase y Talento)
▶︎inspector:Oscar Valle Bejarano

▶︎DAZN PPV

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フォーブス誌のアスリート長者番付100傑に名前を刻むことは、ウェルター級やミドル級、ヘビー級の人気階級で活躍する、片手で足りる、ほんの一握りの米国人スター選手だけの特権でした。

マニー・パッキャオは、あまりにも特殊すぎる例外ですが、彼は米国市場で巨大な需要を作り上げた、ある意味でアメリカ人です。

この偉大なアメリカの時代は、今やメキシコに完全に取って代わられてしまいました。

2004年アテネ五輪で金メダルを獲得したアンドレ・ウォードが、プロでも素晴らしい業績を築いたにもかかわらず、モハメド・アリやシュガー・レイ・レナードらが走ったスーパースターの軌道に乗れなかったのは、その試合が面白くなかっただけが原因ではありません。

米国でのボクシングが、完全マイナースポーツに失墜してしまったからです。

Sportsman of the Year(現在のSports person of the Year)は、1981年のシュガー・レイ・レナードを最後にボクサーは誰一人選ばれていません。1981年、ボクシングは辛うじてメジャースポーツの末席にしがみついていたのです。

米国最高のアスリートに送られるアワードはExcellence in Sports Performance Yearly(ESPY)Awardに取って代わられましたが、大谷翔平が昨年度選ばれたこの賞もマイク・タイソンもフロイド・メイウェザーもマニー・パッキャオも手が届きませんでした。

アリよりもレナードよりも巨額の報酬を手にしながら、メイウェザーもパッキャオも、その知名度や試合への関心は完全マイナースポーツのレベルに失墜しているのです。



米国市場を牽引するメキシコ勢力の旗印であるカネロ・アルバレスですら、同じことが言えます。

その一方で、カネロやパッキャオが母国ではメジャースポーツのスーパースター、大統領が謁見するという神に近い存在です。

そんなカネロが2011年11月26日以来、約12年ぶりに母国メキシコのリングに上がります。

リングが特設されるのは、カネロの故郷グアダラハラからほど近いアクロンにある、アクロン・スタジアム。メキシコ、米国、カナダ3カ国共催の2026年W杯の会場としても使用される予定で、3年後にサムライブルーがここで躍動しているかもしれません。

カネロとジョン・ライダーの1戦は、メキシカンの大好物にされまくっている英国人が一矢報いる大番狂せを見せることができるのか、それともまたメキシカンの前に英国ボクサーが惨敗するのか、英国のボクシングメディアでも期待と不安と諦めがないまぜになった報道で盛り上がっています。

日本のボクシングファンには決して良い印象ばかりではないカネロですが、アクロンスタジアムは英雄の帰還にとんでもなく盛り上がりそうです。