那須川天心が4月8日、日本バンタム級4位の与那覇勇気とジュニアフェザー級6回戦でボクシングデビューします。

ボクシングの歴史では、破格の注目を集めながらプロデビューした天才たちが珍しくありません。

天心が異彩を放っているのは、アマチュアボクシングで傑出した結果を出してプロ転向したのではないという点。

すでに、ボクシングの世界王者よりも遥かに大きな注目と影響力を持つプロのキックボクサーとして、異業種に侵略して来たのです。

「キックとボクシングは違う」と厳しい目を向ける人もいますが、天心はキックのためだけに、10年以上も帝拳ジムに通っていたのではないでしょう。昨日のキックボクサーが、今日ボクシングに転向したというのではありません。

それにしても、20世紀までは「落ちぶれたボクサーがキックに転向する」というのが相場でしたが、ここ数年「キックからボクシングへ」という〝逆転現象〟が起きています。

藤本京太郎、土屋ジョー、土屋修平、武居由樹、そして那須川天心…。

かつて、K1WorldMAXで優勝した魔裟斗が「これは(ボクシングの)WBAとかWBCと同じくらいの価値がある」と語りましたが、今や「キックボクシングはボクシングより下」というヒエラルキーは完全に液状化しています。

天心のように、破格の注目を集めてデビューした星たちを振り返ります。


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1989年9月29日、大阪府立体育館。バンタム級6回戦。韓国の崔相勉に2回KOに勝ち。

デビュー前から辰吉の評価は沸騰、その実力はすでに日本王者レベルと言われ、日本人ランカー全てにオファーを出しますが全員に拒否されました。

しかし、崔は6連敗中で、辰吉に負けて引退します。wikipediaなどでは「韓国ランカー」と紹介されていますが、そんなわけはなく「元ランカー」でした。

2戦目は東京ドーム、大番狂せに沈んだマイク・タイソンの前座で前タイ王者でタイのバンタム級2位のチューチャード・エアウサンパン。第1ラウンドに不注意なダウンを喫するも、次のラウンドでKO勝利。

3戦目はWBCインターナショナル王者サムエル・デュランとの激闘を7ラウンドで制しました。

第4戦目で日本王者の岡部繁に挑戦(4ラウンドKO勝ち)。辰吉が戦った日本人は岡部と薬師寺保栄だけでした。




デビュー前から父・史郎が「3人とも世界王者にする」と豪語し、日本中から注目を集めた亀田3兄弟の長男。

2003年12月21日、フライ級6回戦でプロデビュー、デンナロン・シスソバにKO勝ち。シスソバは興毅に敗れて2戦2敗2KO負けで引退。ちなみに興毅との試合は約3年のブランク明けでした。

初めて日本人と拳を交えたのはデビューから6年経った22戦目、やはり列島の興味を沸騰させた内藤大助との世界戦。

亀田一家は最初からヒールだったわけではありません。世界初挑戦で不可解な判定勝利を収めるまでは、好意的なムードの方が強く、OPBF王者ワンミーチョーク・シンワンチャーをKOした試合は出色の出来でした。

亀田一家は最初から傍若無人の態度をとっており、テレビ局とファンはそれを面白がっていましたが、ファン・ランダエタ戦の判定で一気に悪役に転落してしまったのです。




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2009年4月12日に大阪府立体育会館第1競技場でプロデビュー。メインイベントでタイ国フライ級王者のトンタイレック・ポーウォラシンとジュニアフライ級ノンタイトル6回戦を行い、3RTKO勝ち。

ポーウォラシンは井岡戦前で7勝10敗、直近の試合で勝利して国内タイトルを獲得したものの、それまで6連敗(6連敗目は八重樫東に2ラウンドTKO負け)。

井岡は7戦目で評価の高かった無敗のオーレドン・シスマーチャイを5ラウンドで仕留めてWBCストロー級のストラップを獲得します。




プロデビューは2012年10月2日。後楽園ホールでOPBFストロー級7位クリソン・オマヤオとキャッチウェイト49㎏、8回戦で4ラウンドKO勝ち。

オマヤオは前の試合でも、当時無敗の知念勇樹に敗れている〝保証書〟付きのフィリピン人。

井上はB級ライセンスでしたが、特例でA級(8回戦以上)ライセンスが認められてのプロ初戦でした。




■村田諒太


ロンドン2012ミドル級金メダリスト。フジテレビで生中継もされたプロテストマッチは、A級ライセンス。
 

2013年8月25日、有明コロシアムで東洋太平洋ミドル級王者で日本ジュニアミドル級王者の柴田明雄と73kg契約の6回戦で対戦、圧倒的な内容で2回2分24秒TKO勝利。

日本人との対戦は柴田が最初で最後となりそうです。 




さて、天心はどんなデビュー戦を見せてくれるのでしょうか?