さて、ベスト3。


【第3位】シリモンコン・ナコントンパークビュー

殿堂入りはもちろん叶わず、PFPファイターですらないシリモンコン。

そして、辰吉丈一郎とのシーソーゲームを落とした試合では、減量の失敗から明らかに本調子ではありませんでした。

それでも、大砲のようなジャブを起点としたスケールの大きなボクシング、あの好戦的なビクトル・ラバナレスがオマール・ナルバエスのようなチキンファイトに終始したのにも驚かされました。

辰吉が勝てる相手ではない、そう確信しましたが…。



辰吉のベストファイトにして、よく勝ったなという試合。この勝利がなければ、辰吉丈一郎は全く違う文脈で語られることになっていたでしょう。

「大番狂せ」とは、そういうことです。

ドン・キングが「シリモンコンは(人気階級の)ライト級でも 通用する」という確信は、WBCジュニアライト級王者決定戦で長嶋健吾を圧倒、2ラウンドでノックアウト、さらに上の階級で地域タイトルをコレクション、45歳の今もライトヘビー級でリングに上がっている事実を考えると、全く的外れではありませんでした。

あの日、あの夜、辰吉に負けていなければ…。

シリモンコンは、マニー・パッキャオよりも、パッキャオ色が濃厚な途轍もない素材だったかもしれません。




【第2位】ノニト・ドネア

ドネア、ドナイレ、どっちでもOKの4階級制覇王者です。

本人も4階級と認めているのに、日本のメディアだけが5階級というのは、パッキャオの6階級制覇(世界の共通認識は8階級制覇)同様に、もうそろそろやめるべきです。

井上尚弥が苦戦したのは36歳バージョン、破壊したのは39歳バージョンでしたが、全盛期のドネアはリング誌のBest Fighter Poll(年間PFP)で5位、電子版では3位と破格の評価を得ていました。

2012年にはボクサーとしての最高名誉Fighter Of The Year(シュガー・レイ・ロビンソン賞)にも選ばれましたが、その翌年からギレルモ・リゴンドーに敗れ、ニコラス・ウォータースに粉砕され、ジェシー・マグダレノにはスピード負け、カール・フランプトンに完敗と坂道を転げ落ちてゆきます。



引退すべきという声が巻き起こる中でWBSSのバンタム級トーナメントに参戦したとき、消灯したはずのフィリピーノフラッシュが再点灯、決勝まで駒を進め、敗れたとはいえ井上尚弥に悪夢を見せるなんて、誰も想像できませんでした。

ないものねだりですが、全盛期のドネアと井上の対決なら、どんな結果になっていたでしょうか?





【第1位】柳明佑

現役のPFPファイターにして、ファイティング原田、カオサイ・ギャラクシー、張正九に並ぶアジア史上5人しかいない殿堂モダーン部門ファイター。

18度目の防衛戦で井岡弘樹にまさかの判定負け。「舞台が大阪でなく、ソウルなら逆の結果になっていた」(柳)と後悔しても、クラスゲームにした時点で負け、後の祭りです。

柳の生涯戦績は、39戦38勝14KO1敗。負けたのは井岡弘だけという〝小さなジョフレ〟でした。

1993年に引退、殿堂入りは20年後の2013年。一発殿堂とは違う遠回りでした。

柳の引退よりも23年も前にグローブを吊るしたファイティング原田ですが、柳よりも18年も早い1995年に事実上の一発殿堂入り(なぜか、というかそれほど評価が高いということです)。原田は、パッキャオがオスカー・デラホーヤを倒すまで、アジアでは傑出した存在であり続けました。






さて、クールボーイはどこに入るでしょうか?

米国では全く無名のフルトンですが、日本でのメガファイトに勝利すると、ESPNのボクシングコーナーではない扉ページを飾ったり、CNNスポーツやスポーツ・イラストレイテッドでも大きく取り上げられるかもしれません。

まあ、そんなことにはならないでしょうが。