時空を超えてツワモノ同士を仮装対決させる。

210427124818-shohei-ohtani-babe-ruth-split-exlarge-169


「ベーブ・ルースと大谷翔平」「王貞治と村上宗隆」を並べても、どこからどう見比べても、勝敗は絶対につきません。

時代が隔たると、何もかも変わります。

しかし、ファイティング原田と井上尚弥の戦いにはどんなに時空を超えても変わらないものが一つだけあります。

その戦いが118ポンド、バンタム級で行われるということです。

ボクサーが選ぶ階級は、リカバリーに30時間近くも充てることができる現代の方がより軽いクラスに肉体を削り込む傾向があります。

原田が21世紀のボクサーならもっと軽い階級、ジュニアフライ級かあるいはストロー級で世界を目指していたでしょう。

一方で、無理やりジュニアフライ級でキャリアをスタートさせた井上は、当日軽量の時代ならバンタム級で最初の世界タイトルを目指したかもしれません。

原田と同じ10階級時代なら、間違いなくバンタム級だったと思います。

そんな時代の違いはあっても、やはり2人は世界バンタム級王者。118ポンドのUndisputed Championなのです。

これが、160ポンドの村田諒太と、では真剣に議論できません。

「純然たる強さ」では、井上も原田も、亀田興毅がいうように「ジャブで殺される」でしょう。

おそらく「純然たる強さ」では、村田が日本史上最強でしょう。藤本京太郎は、石田順裕だから最後まで立っていることができました。



まず、この「純然たる強さ」で原田と井上の対決を考えてみます。

これは、井上の方が絶対に優れていなければなりません。

偉大な先達から優秀な才能へ。

長い歳月という絵筆で描かれる技術体系と比べると、個人の努力で高められる技術などたかが知れています。

原田の時代にはなかったカンバスに、原田の時代にはなかった絵の具と絵筆で色づけられたのが、井上をはじめ現代のトップファイターであるはずです。

しかし、この進化論には大前提があります。

Miyamoto_Musashi_Self-Portrait


400年前の宮本武蔵に勝てる剣術家が、現代にいるでしょうか?

おそらく、誰もいません。

武蔵の時代の真剣勝負なんて、現代ではあり得ません。絶滅したものは、進化のしようがありません。技術の継承もありません。

しかし…ボクシングは絶滅はしていませんが、米国でも日本でも廃れています。

つまり、野球やサッカーのように、太く力強いバトンで技術がリレーされてきたわけではないのです。

大学時代にジョージ・フォアマンが10年の時を超えてリングに舞い戻ったとき、40歳の高齢と10年のブランクだけでなく、多くの人は70年代のボクシングが通用するわけがないと笑いました。

しかし、バート・シュガーらヒストリアンは「ヘビー級が最もレベルが高かった時代に活躍したフォアマンが真剣に練習して試合に臨むなら、彼に勝てる現代のボクサーはほとんどいない。全盛期のフォアマンなら、誰も勝てない」と、大きな目をぎょろつかせて語りました。

「70年代よりも80年代のフォアマンの方が強かった」なんてことは「10年前よりも今のノニト・ドネアの方が強い」という以上に馬鹿げています。

「フォアマンのジャブは重くて速かったが、昔はもっと速くて反応も良かったのは間違いない。私はマイク・タイソンはもちろん、あのレノックス・ルイスだって下がらせることができたのに、フォアマンは岩の壁のようだった」というイベンダー・ホリフィールドは「モハメド・アリがどれくらい強かったのか、想像もできない」と、70年代ヘビー級に戦慄しました。

70年代のフォアマンが飛び越えた時空は10年、王者に返り咲いたのは20年ぶりでした。

エゲつない偉業ですが、原田と井上の間に横たわっているのは、20年どころか60年という気の遠くなるような時間です。

IMG_1250


ボクシングというスポーツにはアントニオ・マルガリートやマルコス・マイダナのような、技術的にはどの時代にもいた原始的な喧嘩ファイターが絶滅せずに生き延びています。

2000年代に活躍したマルガリートと、1950年代を席巻したシュガー・レイ・ロビンソンも答えのない仮装対決ですが、2人の試合を何試合か見れば、マルガリートに勝ち目がないのは誰にでもわかるでしょう。

そう考えると、ボクシングは進化していないのでしょうか?

もちろん、SRRは1人で巨大な技術体系を完成させた空前絶後のボクサーです。時空対決で、マルガリートと比較するのは公平性に欠くかもしれません。対決させるなら、もう1人のシュガー・レイ、レナードです。



さて、原田と井上。

個人的には、日本のボクシングが60年もの歳月を無為に浪費していたとは絶対に考えたくありません。

もちろん、この「純然たる強さ」の根本に横たわっているのは「原田は60年後の井上に勝てないように、井上もまた60年後のトップファイターには勝てない」という、浅はかなリアリズムだけです。

そう、リアリズムです。「純然たる強さ」で原田の方が強い、なんてことが罷り通るのは、このスポーツのファンとして許されません。

もし、そうであるなら宮本武蔵の真剣勝負のように、ボクシングなんて、とっとと絶滅した方が良いのです。