すっかり暗くなった夜の銀座、松屋通り。

その路肩に誘導灯がそっと置かれていました。

ずーっと昔、同じような光景を見たことがありました。

勉強や学校が嫌でいろんなことから逃げ出していた高校時代に、同じ映画を繰り返し観て丸一日こもることもあった寂れた名画座。

その近くを走る県道にも、ある夜、誘導灯が置かれていたことがありました。
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先日、映画好きの大先輩と一晩中語り明かすという、こんなに喋り続けたのは久しぶりという機会がありました。

そのとき、神保町の岩波ホールが7月29日に閉館するということも話題になりました。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、劇場の運営が困難であると判断したということでした。

岩波ホールは1968年2月に映画講座、音楽サークル、古典芸能シリーズ、学術講座の4つを中心とした多目的ホールとして開館されましたが、私にとってはこれぞミニシアターという存在でした。

岩波ホールの名作映画上映運動「エキプ・ド・シネマ」(フランス語で「映画の仲間」)のスローガンは4つ。

「日本では上映されることの少ないアジア・アフリカ・中南米など欧米以外の国々の名作の紹介」「欧米の映画であっても、大手興行会社が取り上げない作品の上映」「映画史上に残る名作であっても、何らかの理由で日本で上映されなかったもの。またカットされ不完全なかたちで上映されたもの」「日本映画の名作を世に出す手伝い」。

こうしてあらためて書き出すと、どこまでも高尚です。映画へのこだわり、矜持が溢れています。

映画館で一日中時間をつぶすのが好きな私にとって、ミニシアターの分際で岩波ホールが各回完全入れ替え制なのは不満でしたが、そのスタンスはよく理解出来ました。

映画へのこだわりと矜持。

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ずっと「エキプ・ド・シネマの会」の会員だった大先輩は本当に悲しそうで、現在上映中のオーストリア映画を一緒に観に行く約束をしました。

言ってみれば、私たちはまさにエキプ・ド・シネマでした。

酔いが進むと「この国はもうすぐ滅びる!」と叫ぶ大先輩とは、阪神地区の場末のミニシアターで知り合った友だち…というには当時は名前も知らなかった、せいぜい顔見知りというレベルの浅い付き合いでした。

あの頃、私は高校生、ちょうど一回り12歳年上の大先輩は女だてらに総合商社の超やり手の若手社員でしたが、そんなこと当時は知る由もありません。

名前も知らなかった人ですが、私が大学進学で上京、就職した仕事先でまさかの再会がありました。

私も岩波ホールで何度か映画を観たと言うと、大先輩は「会ってたかもしれんねぇ。あのお仕事先で会ったのは余計やった。あの寂れた映画館で顔見知りで、岩波ホールで再会したらちょっと感動的やったのに、現実なんてこんなもんやね」と、冷蔵庫から取り出した缶ビールを私の頬に軽く押し付けました。

そう、大先輩はあの寂れた映画館でも瓶コーラをおごってくれるときは、いつもそうしてきました。

大先輩のご主人も一緒にお話ししてたのですが、酔いが回って「授業にも出ない引きこもりで女子と話したこともほとんどなかったから、こんな自分にも優しく接してくれるし、すごく綺麗な女性だったから、名前も知らないのに大好きでした」と35年の歳月を超えて告白しました。

すると、ご主人が「君ら相思相愛やったんや!」と笑い出しました。

当時、すでにお二人は交際してたそうで、プロポーズされた大先輩がなかなか色良い返事をくれないので、ご主人が「誰か好きな人いるん?」と聞くと「映画館でときどき会う高校生」だと答えたというのです。

「そのときからこんなに二人で盛り上がってたん?」と聞くご主人に、大先輩は「ほとんど話したことがない」とグビリとビールを飲み干すのでした。

大先輩が本気で私を好きだったわけもなく、色んな意味で結婚への迷いがあって、プロポーズを保留するための絶妙の冗談だったのでしょう。

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私も「一言も会話しないでコーラだけおごってもらったこともあったかも」と思い出すと、大先輩は「一度だけチャンバラした!」とパンとテーブルを叩きました。

そうです。

あの日も、映画館の前の路肩に誘導灯が何本か置かれていました。

やはり、日がとっぷり暮れた頃合いで、映画館の入り口で大先輩と鉢合わせ。

ペコっと軽く挨拶すと、大先輩は何を思ったか路肩の誘導灯を、2本取り上げて1本を私に投げて来たのでした。

そこでなぜかチャンバラごっこが始まり、当時は若かったとはいえもう十分いい大人だった大先輩はスターウォーズのライトセイバーのように「ブーン!ブーン!」と声を上げながら誘導灯を振り回して攻めて来るのでした。

このお姉さん、ヘンな薬でもやってんじゃないかとビビりながらも、もしそんな薬やってる人なら無視したりすると余計に怖いと思い、誘導灯を交錯させて「衰えたな、オビワン!」と唸って付き合ってあげました。

すぐに持ち主の警備員のおっちゃんから「くぉら!おのれら何してくれとんじゃ!」と怒られた私たちは「すみませーん!」と謝って、映画館に逃げ込みました。

そういえば、あの辺りには「覚醒剤、やっても売っても犯罪です」なんて警察の看板が当たり前に立ってました。

今でも立ってそうです。

ああ、上京してから友人と警備員の短期バイトしたときも誘導灯を持って、やはりスターウォーズごっこして怒られたことがありました。

遠い昔の思い出ですが、大先輩と「今も同じようなシチュエーションになったら?」と目を合わすと「やるかもね」「やりますね」と35年近くも経ったというのにいつまでも性懲りも無く幼稚なエキプ・ド・シネマなのでした。

それにしても、あれからまだ1週間ちょっとしか経ってないというのに、路肩で誘導灯を見つけるとは。

逆に、誘導灯チャンバラの話をして日が浅いから目に止まっただけで、これまでもこんなことが何度かあったのに気づかずに通り過ぎていたのかもしれません。

世の中には「リンカーンとケネディ」みたいなありえない偶然がこれでもかといくつも重なることもあります。

大した偶然ではないのですが、これで向こうから大先輩が歩いて来たら相当な偶然かな…?