井上尚弥はどうして全く需要のないラスベガスに憧れてしまったのか?

「ラスベガスのメガファイト」。そこはPPVで集金された莫大なマネーが選手報酬に反映される華やかな世界。

ラスベガスだけでなく、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンやバークレイズセンター、ロンドンのウィンブリースタジアム、サウジアラビアやUAEの特設スタジアムなど、メジャースポーツと比べても遜色のないマネーの世界が、このスポーツにはあります。

それは、プロボクシングにおける究極最高の舞台。

とはいえ、その舞台はストロー級からヘビー級まで17階級全てに公平に解放されているわけではありません。

また、実力さえあれば国籍や肌の色に関係なく、歓迎される美しいスポーツの世界でもありません。

例えば、バンタム級の井上尚弥は、この世界には出入り禁止の二重苦、二つの十字架を背負っています。

全盛期のノニト・ドネアや現在の井上に、絢爛豪華な大会場はもちろん、PPVでメインを張ることはありえません。

この二つの十字架には「人気のない階級」「異邦人」という呪いがそれぞれかけられています。

後者の「異邦人」は生まれ変わりでもしない限り、どうしようもありません。

マニー・パッキャオがメキシコ人や日本人なら、さらにとんでもないスーパースターになっていた、なんて言い出しても「次はメキシコか日本に生まれたらいいね」としか答えられません。

しかし、もう一つの「不人気階級」という十字架なら、投げ捨てて踏み砕いて「人気階級」という翼と交換することができます。

そう、パッキャオのように。

パックマンはフェザー級やライト級の翼でも飽き足らず、ウェルター級の翼まで、もぎ獲ってしまいました。

もちろん、日本のモンスターにそれを求めるのは荷が重すぎます。

パッキャオや大谷翔平のように、呪いの十字架を木っ端微塵に破壊できる問答無用の馬鹿力がなければ、差別意識が溢れる米国での成功は不可能です。

そして、当たり前の話、そんな超人技が出来るのはほんの一握りの選ばれた才能だけです。

しかし、井上の場合は「異邦人」の十字架が、日本で裏返せばハートのエースに早変わりします。ここがフィリピン人やキューバ人、カザフスタン人、ウクライナ人らとは違うところです。

米国では「不人気バンタム級」でも、日本では「黄金のバンタム」に、オセロゲームのように白黒がひっくり返るのです。

それなのに、どうして井上尚弥と陣営は、ソフトボール選手がヤンキースタジアムでプレーすることを真剣に考えるように、ラスベガスを憧憬してしまったのでしょうか?

本当なら「ソフトボール専用のスタジアム」を整備、作ることを考えるべきなのに。
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一つ目は、メディアに責任があります。

ボクシングマガジンなどは、長谷川穂積の頃から「ラスベガスでメガファイト」「 一攫千金」とバンタム級ではありもしない妄想を大きく活字にして、ファンを煽りました。

また、西岡利晃のように「MGMでメイン」と具体的な形を口にするスター選手も現れ、MGMのアリーナではなく、宴会場でやりながら、WOWOWなどは「タイソンやパッキャオ、メイウェザーが戦ったリングに西岡利晃が上がります」と報道、多くの誤解を招きました。

世界の情報が完全に遮断された力道山の時代なら「連戦連勝の快進撃をひた走ってる」という、本人からの国際電話だけが真実でした。

MMAがまだ姿形もなかった時代、異種格闘技戦を戦うアントニオ猪木のプロレスは最強の空気を撒き散らしていました。

そこにあるのは、現実には存在しない〝リアル〟を見せる魔法です。

藤波辰巳は「ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン」で「WWWF」の「ジュニアヘビー級王座」を強奪したのは、非常にわかりやすいサンプルです。

WWWFという聞きなれないマイナー団体、ジュニアヘビー級という取って付けた階級。藤波の〝快挙〟に〝リアル〟を仕込むにはどうしても「ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン」という記号が必要だったのです。

そして西岡や、井上の憧憬に仕込まれた〝リアル〟は「ラスベガス」でした。そして、それを仕掛けたのは、日本が世界に誇る帝拳です。

力道山の時代はとっくに終わりました。ボクサーは、猪木や藤波のような〝幻想〟を売るのが仕事のプロレスラーではありません。
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二つ目はファン、信者の愚かに過ぎる勘違いです。

「ラスベガスでPPVのメガファイト」「パッキャオ並みのファイマネー20億円」「もう日本では見られなくなる」…。

「リング誌のPFPが一番権威がある」と信じる勘違いの方々の多くは、BWAAやESPNを知りません。それどころか、自慢のリング誌すらよく知らない、現物も見たことがない人が多数派です。

そのリング誌が井上尚弥をわずか9ヶ月で3度もカバー、そのうち2度は単独でした。WBSS優勝でカバーならまだしも、WBSS後は一度もカバーしていません。

〝彼ら〟がわいてきたのはこの20年ほどです。

「長谷川がラスベガスで一攫千金」「西岡のMGMメイン」「井上のPPVで20億円」…。

彼らが、プロモーターやメディアの単純な〝リアル〟の仕掛けに引っかかったのは、仕様がないことだったのかもしれません。
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2019年は1月号、2月号、9月号と「3/12ヶ月」もカバーしましたが、それ以来は集合カバーすらもありません…。

リング誌を40年近くも愛読する私もまた〝彼ら〟の一人です。

「バンタム級の日本人」が米国市場で寵愛を受けるわけがない、とはわかっていましたが、リング誌がカバーしたときは喜びました。

長年の愛読誌、その表紙に日本人を見たことがなかったのですから。

「不人気階級の日本人」でも評価してくれると思う一方で〝ビフォー井上〟では女子ボクサーのクラレッサ・シールズはまだ良いにしても、ついにはUFCのロンダ・ラウジーを単独カバー&大特集、MMAコーナーまで常設するなど〝藁をも掴む〟迷走ぶりでした。

その「迷走の行き着く先」が、井上だったのかもしれません。

リング誌が経営難から月刊体制が崩壊、季刊誌に没落していたのもこの頃でした。

そして、Ring tv.でダグ・フィッシャー編集長の「井上は日本ではスーパースター。シュー・ツアンは中国のスーパースター。二人が激突するまでにリング誌の日本版と中国版を立ち上げたい」と意気軒高を語るのを見たときは、さすがに興醒めしてしまいました。

日本では「井上vsツアン」なんて誰も盛り上がってません。世界的にはもっとはるかに無関心です。そんなマッチアップに食いついたのはリング誌だけです。

リング誌の年間最高選手賞=Fighter Of The Year=に選出されれば、無条件で各種表彰の号を単独カバーすることになります。

井上には、そこまで辿り着いて欲しい。

リング誌の勝手な思惑やら商魂で短期間に何度もカバーされてしまいましたが、問答無用で表紙を飾って欲しい。

来年、バンタム級とジュニアフェザー級の二階級でUndisputed Champion=完全統一王者=に就く可能性が十分あります。

4-Belt EraでのUndisputed Champion 二階級制覇は史上初、それを1年間で、しかもわすか2試合で達成するとなるとFighter Of The Yearをグッと引き寄せることになります。

そう切に願う、2021年もあと10日になった夜でした。