来年2月号で、リング誌が創刊100周年を迎えます。

100年前、1922年は米国ボクシング、つまりは近代ボクシング誕生の年です。

リング誌を遡ること14年、1908創刊の英国ボクシングニューズ誌が最古のボクシング専門誌(しかも週刊)ですが、こちらは米国以上に重量級偏重で、何よりも「世界=英連邦」と考えているフシがあります。

そして、日本は「世界=アメリカ」が強烈に刷り込まれた国です。

リング誌が自称するまでもなく、日本では〝ボクシングの聖書〟。
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1922年、大正11年は米国ボクシングが拓れた〝起源〟です。

1920年代、ジャック・デンプシーの時代。野球ではベーブ・ルースが出現しますが、スポーツ界で最も存在感が大きかったのはデンプシー、報酬も破格でした。

当時は競馬とボクシング、野球が人気スポーツ、アスリートという言葉も一般的ではありませんでした。

1930年代から40年代にかけては民主主義の代理戦争の象徴としてジョー・ルイスが国民的英雄に。

黄金時代を迎えた1950年代にはロッキー・マルシアノの影に隠れたシュガー・レイ・ロビンソンを評価するマニアも醸成され、ロビンソンの代名詞、PFPという言葉が広がりました。

60年代になると米国社会の成熟と他のスポーツの台頭、そして大試合で定着したクローズドサーキットなど複合的な要因からボクシングのステイタスは地盤沈下してゆきます。

しかし、モハメド・アリが60年代から70年代を席捲、表面上は没落が見えにくくなっていました。

アリが引退した80年代、米国ボクシングは最大の危機を迎えますが、私はその頃に米国ボクシングと出会いました。

モハメド・アリを知らない私はシュガー・レイ・レナードを中心にマービン・ハグラー、トーマス・ハーンズ、ロベルト・デュランが繰り広げたラウンドロビン(総当たり)のスペクタクルに「こんな絢爛豪華なスポーツがあるのか」と衝撃を受け、それ以上に個性あふれるファイターたちの試合に夢中になりました。

そして、その感動はディレイ中継されるテレビだけではありませんでした。

ものすごく幸運なことに、高校の図書館には海外からの新聞や雑誌が月に何度か届けられていたのです。

その中にはリング誌や当時スポーツイラストレイテッドなどが届いていたのですから、ボクヲタにとっては天国です。

当時、私の場合は「ボクヲタから天国」ではなく「天国からボクヲタ」でした。

その道先案内人は、間違いなくリング誌でした。