英国ボクシングニューズ誌から。
スポーツは技術が支配する世界です。
技術以外に勝敗を決する要素が、一つだけあります。
異質であることです。
サウスポーはその典型です。
多数派のオースドックスはサウスポーとの練習や実践が乏しい一方、サウスポーはオースドックスと質の高い練習と試合を積み上げることが出来ます。
歴史的に左利きは邪悪なものとして忌み嫌われてきました。多くの社会で左利きは、右利きに矯正されてしまいます。
世界の人口の約90%が右利きで、左利きの人が使うには非常に不便であったり、危険であったりする製品がたくさんあります。例えば、私と同年代の人なら学校の机にインク壺があり、それが常に机の右側に置かれていたことを覚えているでしょう。
しかし、スポーツの世界に限らず、左利きから偉大な人物が生まれるのは、今更いうまでもありません。
ナポレオン・ボナパルト、ジュリアス・シーザー、アレキサンダー大王、モーツァルト、ベートーベン、ジャンヌ・ダルク、キューリー夫人、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、アインシュタイン、ベーブ・ルース、ウィンストン・チャーチル、マリリン・モンロー…そしてスター・ウォーズのチューバッカまでもが左利きだったのです。
「left=左」という言葉は、アングロサクソン語で弱いという意味の「lyft」に由来すると考えられています。
英語の「sinister」は、ラテン語の形容詞sinister/sinistra/sinistrumから派生したもので、もともとは「左」を意味していましたが「悪」や「不運」という意味も持つようになりました。
つまり、私たちは「左」という言葉を本能的にも歴史的にも否定的に捉えてきたのです。
「サウスポー」が左利きの意味となったのは、左投げのピッチャーの腕が体の南側にあったことから野球用語として使われ、それ以前は「普通ではない」という意味で使われていました。
20世紀初頭のボクシング界でも、サウスポーは非常に珍しい存在でした。
ボクシングを習うためにジムのドアを叩いた左利きの若者には二つの選択肢しかありませんでした。
オーソドックス(正統派という意味です!この言葉は左利きは正統派じゃないということの証左です)への矯正を受け入れるか、ボクシングを諦めるか、の二択だったのです。
ボクシングでは1960年代にサウスポーが見直される大きな地殻変動が起きました。
1950年代末までの60年間で、わずか13人しかいなかったサウスポーの世界王者が60年代の10年間で7人も誕生したのです。
メキシコのビセンテ・サルディバルの他にも、オラシオ・アカバロ、フラッシュ・エロルデ、レネ・バリエントス、バーナベ・ビラカンポ、海老原博幸、金基洙、具志堅用高らアジア人の台頭がサウスポーの時代の扉をこじ開けたのでした。
この中には米国人は一人もいません。もしかしたら、東洋思想よりもキリスト教の宗教観に左利きへの禁忌意識がより深く刻まれていたのかもしれません。
70年代は、17人の世界王者を輩出。80年代には51人、90年代には59人、00年代には65人のサウスポーが世界王者につきました。2010年代は55人と頭打ち傾向ですが、今やサウスポーの世界王者を特別視する人はいません。
もちろん、世界王座の数が劇的に増えたことも大きな原因ですが、人々の意識が変わったことも間違いありません。
サウスポーは遺伝ではないというのも面白い特徴です。
オーソドックスのレオン・スピンクスの息子コーリーはサウスポー。やはりオーソドックスのペニャロサの二人の息子ジェリーとドディははサウスポー、亀田三兄弟でサウスポーは長男の興毅だけ。
エリック・モラレスはオーソドックスなのに弟のディエゴとイワンはサウスポー。
その一方で、カオサイとカオコーのギャラクシー兄弟、ラモンとラウルのガルシア兄弟はともにサウスポーでした。
80年代以降は渡辺二郎、マービン・ハグラー、ヘクター・カマチョ、パーネル・ウイテカー、ビック・ダルチニアン、セルヒオ・マルチネス、マニー・パッキャオ、ワシル・ロマチェンコ、オレクサンドル・ウシク、2階級制覇に成功したばかりのシャクール・スティーブンソンもサウスポーです。
異端であり、禁忌であったサウスポーは、オーソドックスに対するキラーとして、むしろ歓迎されています。
ボクシングを志す若者がサウスポーだと100年前なら「オーソドックスに治せ」と言われましたが、今は「お!サウスポーか!いいなあ!」と喜ばれるはずです。
ハグラーや渡辺二郎らは右利きなのに左構えを選んだ、典型的なコンバーテッドサウスポーでした。
また、21世紀になるとナジーム・ハメドやテレンス・クロフォードのようなスイッチヒッターも散見されるようになります。
いまやオーソドックスであることは、少なくともプラス要素とは認められていません。
「史上最高のオーソドックス」という命題が存在しないように、このままサウスポーやスイッチヒッターが増え続けると「史上最高のサウスポー」という言葉が死語になる日も近いのかもしれません。
スポーツは技術が支配する世界です。
技術以外に勝敗を決する要素が、一つだけあります。
異質であることです。
サウスポーはその典型です。
多数派のオースドックスはサウスポーとの練習や実践が乏しい一方、サウスポーはオースドックスと質の高い練習と試合を積み上げることが出来ます。
歴史的に左利きは邪悪なものとして忌み嫌われてきました。多くの社会で左利きは、右利きに矯正されてしまいます。
世界の人口の約90%が右利きで、左利きの人が使うには非常に不便であったり、危険であったりする製品がたくさんあります。例えば、私と同年代の人なら学校の机にインク壺があり、それが常に机の右側に置かれていたことを覚えているでしょう。
しかし、スポーツの世界に限らず、左利きから偉大な人物が生まれるのは、今更いうまでもありません。
ナポレオン・ボナパルト、ジュリアス・シーザー、アレキサンダー大王、モーツァルト、ベートーベン、ジャンヌ・ダルク、キューリー夫人、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、アインシュタイン、ベーブ・ルース、ウィンストン・チャーチル、マリリン・モンロー…そしてスター・ウォーズのチューバッカまでもが左利きだったのです。
「left=左」という言葉は、アングロサクソン語で弱いという意味の「lyft」に由来すると考えられています。
英語の「sinister」は、ラテン語の形容詞sinister/sinistra/sinistrumから派生したもので、もともとは「左」を意味していましたが「悪」や「不運」という意味も持つようになりました。
つまり、私たちは「左」という言葉を本能的にも歴史的にも否定的に捉えてきたのです。
「サウスポー」が左利きの意味となったのは、左投げのピッチャーの腕が体の南側にあったことから野球用語として使われ、それ以前は「普通ではない」という意味で使われていました。
20世紀初頭のボクシング界でも、サウスポーは非常に珍しい存在でした。
ボクシングを習うためにジムのドアを叩いた左利きの若者には二つの選択肢しかありませんでした。
オーソドックス(正統派という意味です!この言葉は左利きは正統派じゃないということの証左です)への矯正を受け入れるか、ボクシングを諦めるか、の二択だったのです。
ボクシングでは1960年代にサウスポーが見直される大きな地殻変動が起きました。
1950年代末までの60年間で、わずか13人しかいなかったサウスポーの世界王者が60年代の10年間で7人も誕生したのです。
メキシコのビセンテ・サルディバルの他にも、オラシオ・アカバロ、フラッシュ・エロルデ、レネ・バリエントス、バーナベ・ビラカンポ、海老原博幸、金基洙、具志堅用高らアジア人の台頭がサウスポーの時代の扉をこじ開けたのでした。
この中には米国人は一人もいません。もしかしたら、東洋思想よりもキリスト教の宗教観に左利きへの禁忌意識がより深く刻まれていたのかもしれません。
70年代は、17人の世界王者を輩出。80年代には51人、90年代には59人、00年代には65人のサウスポーが世界王者につきました。2010年代は55人と頭打ち傾向ですが、今やサウスポーの世界王者を特別視する人はいません。
もちろん、世界王座の数が劇的に増えたことも大きな原因ですが、人々の意識が変わったことも間違いありません。
サウスポーは遺伝ではないというのも面白い特徴です。
オーソドックスのレオン・スピンクスの息子コーリーはサウスポー。やはりオーソドックスのペニャロサの二人の息子ジェリーとドディははサウスポー、亀田三兄弟でサウスポーは長男の興毅だけ。
エリック・モラレスはオーソドックスなのに弟のディエゴとイワンはサウスポー。
その一方で、カオサイとカオコーのギャラクシー兄弟、ラモンとラウルのガルシア兄弟はともにサウスポーでした。
80年代以降は渡辺二郎、マービン・ハグラー、ヘクター・カマチョ、パーネル・ウイテカー、ビック・ダルチニアン、セルヒオ・マルチネス、マニー・パッキャオ、ワシル・ロマチェンコ、オレクサンドル・ウシク、2階級制覇に成功したばかりのシャクール・スティーブンソンもサウスポーです。
異端であり、禁忌であったサウスポーは、オーソドックスに対するキラーとして、むしろ歓迎されています。
ボクシングを志す若者がサウスポーだと100年前なら「オーソドックスに治せ」と言われましたが、今は「お!サウスポーか!いいなあ!」と喜ばれるはずです。
ハグラーや渡辺二郎らは右利きなのに左構えを選んだ、典型的なコンバーテッドサウスポーでした。
また、21世紀になるとナジーム・ハメドやテレンス・クロフォードのようなスイッチヒッターも散見されるようになります。
いまやオーソドックスであることは、少なくともプラス要素とは認められていません。
「史上最高のオーソドックス」という命題が存在しないように、このままサウスポーやスイッチヒッターが増え続けると「史上最高のサウスポー」という言葉が死語になる日も近いのかもしれません。


コメント
コメント一覧 (7)
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました
日本はサウスポーの先進国という内容です。
たしかに昔も日本人世界王者は、サウスポーは多く、
サウスポー有利の時代でした。
コンパーデットサウスポーという言葉は、
珍しく
大熊正二は、右利きでありながら、
剣道をベースにしているので
構えは、サウスポー、距離感は、剣道で培ったものみたいです。
ちなみに日本最高のサウスポーは、具志堅用高
世界的にみて、進化したサウスポーは、
マービン ハグラーでした。
フシ穴の眼
が
しました
当時はアマチュアで左というとスタンスが噛み合わないやりにくさを活かす印象でしたが、ロマチェンコが出てきた今はかなり変わっているでしょうね。
フシ穴の眼
が
しました