生まれた国に思い入れのない人間など、この世にいるわけがない。

慣れ親しんだ風景、思い出の詰まった街並み。自分を育んでくれた季節と食べ物と、そして何よりも家族と友人たち。

ましてや、その国が四方を美しい海に囲まれた宝石のような島であったなら、母国を捨てる理由など普通なら考えられないということは、私たち日本人にはよくわかるだろう。

そう。

普通では考えられない環境や事件や事故や、悪意や偶然や必然や、悲劇や喜劇や惨劇や、誰も望んでもいないはずの、そんな一切合切がぐるぐる渦巻いて、二人は国を捨てたのだ。

一人は、国旗を背負って戦い、2度も金メダルを母国にもたらしたというのに、国を捨てるしかなかった。

遠征先のブラジルで同僚と共に画策した亡命は失敗したことで、3連覇のかかった北京2008では代表を外されてしまう。

裏切りと権謀に翻弄されながら、高速船に乗り込んでメキシコ経由で米国に亡命、2009年プロデビューを勝利で飾る。


もう一人は、正確には国を捨てたのではなく、国に捨てられた。

プロボクシングで三つの階級で世界チャンピオンになったのはいずれも敵地。しかし、三つ目でその勇姿は、ようやく母国で生中継された。



内弁慶を忌み、外弁慶を好むのはどの国でも同じだが、内弁慶でも裕福な暮らしが約束される国と、外弁慶でなければ生きていけない国は、何もかもが全く違う。

二人は、好き好んで外弁慶になったわけじゃない。

もし、二人が同じ島国でも、日本に生まれていたなら全く違う人生を歩んでいただろう。

しかし、おそらく、彼らがこの国で生まれていたなら、こんな不条理な職業に就いていたかどうかはわからない。

もし、その職業を選んだとしても、二つも金メダルを獲得したり、全て敵地で3階級制覇などは出来なかっただろう。

そもそも、この国ではそこまでやる必要などないからだ。
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理論づくめの技術体系を完成したカリブの国を捨てた男は40歳になり、その技巧を駆使するだけの反射能力はもはや失われている。

消耗と劣化は彼の骨まで犯し、不用意に被弾することが目立つようになった。

それでも、決定的なパンチは一発ももらったことがないばかりか、左右の拳に秘めた一発強打を開封した。

それは、もはや消耗でも劣化でもい、もしかしたら孵化なのかもしれない。



東シナ海の国を飛び出した鉄砲丸のような男は、14年のキャリアを積み重ねても荒々しい野生のままだ。

その長い時間は、技術を習得するよりも、敵地で戦うために張り続けた虚勢を皮膚や肉や血にすることに費やされた。

それは、もはや虚勢とは呼ばない。



オッズと専門家予想は、フィリピン人の若さと勢いを評価する一方、まだ一度も完全に破壊されたことがないキューバ人の技巧も侮れない。

火薬の匂いが立ち込める刺激的なマッチメイクは、必ずその通りの展開になる保証書ではない。

それでも、この試合のキナ臭さは滅多に嗅げる種類のものではない。