小池百合子都知事が言い放ちます。

「『昭和の働き方やめましょう』という話も何度も申し上げている」との見方を示し、事業者や都民にテレワーク徹底やオンライン会議の活用などによる人流抑制を改めて訴えた。

そういや、内田裕也は「リリー」と呼んでました。

リリーの言うことは理路整然に聞こえても、よく考えると輪郭すら見えてきません。

そもそも「昭和の働き方」って?

満員電車に揺られて、都心の会社に通って、付き合い残業して、酒飲んで帰る…のが「昭和の働き方」?それは平成、令和も含めた「コロナ前の働き方」でしょう。

んなこと言っても始まりません。

まあ、お陰様で、ボクサーの働き方は、近代ボクシングが開闢してから180年、ほとんど変わっていません。

そして、他のどのスポーツよりもヒールの働き方が興行の成功に大きな影響を与える歴史を紡いできた点でも、ボクシングは特徴的です。

私がボクシングの世界に惹きつけられた80年代から、日本と世界、ヒールの類型を見直してみます。



【強すぎたが故に】
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不言実行の強すぎるボクサー。それが嫌われる理由になるから不思議です。「憎たらしいほど強い」大相撲の北の湖もこのタイプです。

ボクサーの典型はマーベラス・マービン・ハグラー。「ハグラーはどこまで強いのか?」ではなく「誰がハグラーを倒すのか?」に焦点が置かれた、挑戦者に判官贔屓の声援が送られることが多かった憎まれ役でした。

ハグラーがメガファイトの中心で輝いたのに対して、米国からヘビー級を奪い獲ったウラジミール・クリチコはその実力を考えると全く人気がありませんでした。

クリチコ兄弟が旧ソ連から米国を蹂躙したのではなく、ニューヨーク州出身の白人なら、ホワイトホープとして爆発的な人気選手になっていたかもしれません。

売り出し中に「米国風の名前に変えるべき」という意見もありましたが、ウラジミールは尊敬するモハメド・アリがイスラムに改宗しても大きな影響力を持っていたと反論。そして「ロッキー・クリチコになれば人気が出る?嫌だよ」。

タイのボクサーでもジムや企業、商品名をリングネームにされることが珍しくありません。

日本でもユーリ海老原などアイデンティティを尊重しないリングネームが横行してきました。



残念ながら「亀田」は〝【強すぎたが故に】ヒール〟だったとは、どんな大嘘つきでも口にすることはできません。

彼らは「憎たらしいほど強い」とは、最も懸け離れた存在だったのですから。

この「憎たらしいほど強い」を「憎たらしいほどセコい」と同意に結ぶと、フロイド・メイウェザーもこの類型です。

ただ、メイウェザーのヒールは「確信犯」であり「完全犯罪」でした。「亀田」の杜撰で、あとで無様に泣いて謝罪するような情けない無知蒙昧と「完全に計画された下劣なマネー」とは全く違います。

なぜ彼らが蛇蝎のごとく忌み嫌われたのか?

下劣で醜く汚いものを見たときの、正しい反応は「無視」です。

しかし、愚衆は「無視」できずに、嫌悪と憎悪を膨らませながら「罵詈雑言」を浴びせます。 

この「下劣で醜く汚いもの」が白日のもとに処刑されるシーンを見たい…そのエネルギーが最も強いことをマネーは識っていました。

「亀田」はそのパワーを手に入れながらも、世間の反応に戸惑ってしまいます。

彼らは忌み嫌われたことによって、おそらく世界軽量級史上で最も多くのカネを産み出しました。

しかし、それはメイウェザーのようにメディアやファンを手玉にとる周到なマーケティングとは懸け離れた、本人たちが意識して遂行した結果ではなかったのです。

その意味で「亀田」は天才です。メイウェザーは秀才に過ぎません。

とはいえ、ヒーローになろうと努力を向けた方向が間違っていて、ヒールに迷い込んだ「亀田」はやはりあまりに滑稽で憐憫です。

正装した亀田興毅が涙目になって頭を下げた謝罪会見。

痛々しかったです。

謝るな!とまで思いました。