生まれてこのかた、近所づきあいなど深くしたことがなかったというのに、札幌から横浜に戻ってから野球少年たちのコーチなどを引き受けてしまって、そこから学校の宿題なんかを教えてたりして、知り合いが一気に増えてしまった。
悪い話じゃ無い気もするが、やっぱりずっとそういうこととは離れて生きてきた身としては、結構面倒臭い。
特に親御さんとの付き合い。
子ども達は、大人から見るとまあ小さいことに、あれこれ悩んで可愛いのだけれど。
今日は、午後から広い公園のコンクリート製のベンチとテーブルで勉強会。といっても宿題やらせて、あとで採点、解説してあげるだけだけど。
周囲はテントを張って遊びに来た家族連れ。
勉強会が終わって、炉端にヘビイチゴを見つけた子どもが「食べられるか?」と聞いてきた。別の子どもが「ドクイチゴじゃん、食えねーよ。毒だから」。
私は食ったことがあるから、食っても大丈夫、毒じゃないとわかってたけど「毒は無いけど、道端のものは口にしないほうがいい」と、なんだからしくないことを言ってしまった。
今度は先に走ってた子どもが「これ、なんて名前の花ーッ?」と聞いてくる。
わからん…。そもそも、草木の名前なんてほとんど知らん。
「なんだろう?形がりんどうって感じかな」
「りんどう?」
「いや、りんどうって響きがこういう形じゃねえか?」
「適当ーッッ!」
「だいたい花の名前なんて知るか!」
「前、俺はなんでも知ってる、この地球上で知らないことなどないとか威張ってたじゃ無いか!」
ああ、「前」というのは2〜3ヶ月ほど前の〝コンクリート勉強会〟に、ある子どものお兄ちゃんが大学模試で答え見てもわからない問題があったと相談に来たのを簡単に解き明かしてやって、ガキどもが「すごーい!なんでわかるの?」と聞いてくるから「なんでも知ってる。地球上に知らないものはない」と答えたのだった。
「なんでも知ってる奴なんて地球上に一人もいない。もしそんなこと言う奴がいたら、そいつは大ウソつきのバカだ」と言うと「それ、自分じゃん!」と指差され、何人かの子どもが「えー、お母さんにグンソウ(=軍曹=季節ごとに呼び方を変えて呼ばせてる)は知らないことないって言っちゃったじゃん!」と、ちょっとおだやかじゃない話が…。
なんでも親に話すなよ。
家族になんでも話す子どもというのは、自分がそうではなかっただけに、想像が及ばなかったが、私が中学生の頃は家族との会話なんてほとんどなかった気がする。
私の頃も中高時代は受験という大きな重石が、学校生活に陰を落とすというか、無機質な受験戦争って中国、韓国、台湾、日本に独特の文化。
駅周りに進学塾がひしめくの見ると、なんだか子ども達に、同情してしまうのだ。
悪い話じゃ無い気もするが、やっぱりずっとそういうこととは離れて生きてきた身としては、結構面倒臭い。
特に親御さんとの付き合い。
子ども達は、大人から見るとまあ小さいことに、あれこれ悩んで可愛いのだけれど。
今日は、午後から広い公園のコンクリート製のベンチとテーブルで勉強会。といっても宿題やらせて、あとで採点、解説してあげるだけだけど。
周囲はテントを張って遊びに来た家族連れ。
勉強会が終わって、炉端にヘビイチゴを見つけた子どもが「食べられるか?」と聞いてきた。別の子どもが「ドクイチゴじゃん、食えねーよ。毒だから」。
私は食ったことがあるから、食っても大丈夫、毒じゃないとわかってたけど「毒は無いけど、道端のものは口にしないほうがいい」と、なんだからしくないことを言ってしまった。
今度は先に走ってた子どもが「これ、なんて名前の花ーッ?」と聞いてくる。
わからん…。そもそも、草木の名前なんてほとんど知らん。
「なんだろう?形がりんどうって感じかな」
「りんどう?」
「いや、りんどうって響きがこういう形じゃねえか?」
「適当ーッッ!」
「だいたい花の名前なんて知るか!」
「前、俺はなんでも知ってる、この地球上で知らないことなどないとか威張ってたじゃ無いか!」
ああ、「前」というのは2〜3ヶ月ほど前の〝コンクリート勉強会〟に、ある子どものお兄ちゃんが大学模試で答え見てもわからない問題があったと相談に来たのを簡単に解き明かしてやって、ガキどもが「すごーい!なんでわかるの?」と聞いてくるから「なんでも知ってる。地球上に知らないものはない」と答えたのだった。
「なんでも知ってる奴なんて地球上に一人もいない。もしそんなこと言う奴がいたら、そいつは大ウソつきのバカだ」と言うと「それ、自分じゃん!」と指差され、何人かの子どもが「えー、お母さんにグンソウ(=軍曹=季節ごとに呼び方を変えて呼ばせてる)は知らないことないって言っちゃったじゃん!」と、ちょっとおだやかじゃない話が…。
なんでも親に話すなよ。
家族になんでも話す子どもというのは、自分がそうではなかっただけに、想像が及ばなかったが、私が中学生の頃は家族との会話なんてほとんどなかった気がする。
私の頃も中高時代は受験という大きな重石が、学校生活に陰を落とすというか、無機質な受験戦争って中国、韓国、台湾、日本に独特の文化。
駅周りに進学塾がひしめくの見ると、なんだか子ども達に、同情してしまうのだ。



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