Foreword=シュガー・レイ・レナードによる序文=
 

シュガー・レイ・ロビンソンに初めて会ったのはラスベガスだった。

無条件に尊敬していたアイドルに、実際に会えたんだ。

とにかく興奮した。ああ、これがシュガー・レイ・ロビンソンなのか、と。

彼は素晴らしいオーラをまとった人物で、単なるボクサー以上の存在だった。

モハメド・アリのように、ボクシングや人生を超えた存在だった。

彼の試合のテープやドキュメンタリー番組を何度も見ていたが、シュガー・レイはいつも存在感があった。

優れたアスリートや偉大なチャンピオンには、それが確かに伝わってくる存在感がある。

彼の全ての試合を見たけど、勝ったという事実だけでなく、どうやって勝ったのかということが重要で、彼はとにかく美しかった。

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Was there pressure to carry the name Sugar Ray?(その名を継ぐということ)

私は楽観的で自信に満ち溢れていて、彼が成し遂げたことに少しでも近づきたいと思っていたので、むしろそれを発奮材料にしていた。

偉大な名前を継ぐことに否定的な人がいたかどうかすぐには思い出せないけど、否定的な意見もあったかもしれない。

それでも、プロデビューして10~15戦目にラスベガスでシュガー・レイに会ったとき、私は「ミスター・ロビンソン、あなたの名前を使っていますが、気分を悪くしてないでしょうか?」と聞いたんだ。

彼は「どうして気分を悪くなんかするものか。私の名前を継いだ君を見てきた。君は素晴らしいボクサーだ、誇りに思う」と答えてくれた。

とても嬉しくて、すぐに「ありがとうございます!」とお礼したよ。

Passing of the Torch.

あのとき、彼が私を受け入れてくれたことで、私は彼からトーチを引き継いだ気分になった。とても重要で、大きな責任の伴うトーチであることを理解していたから、誇らしさと緊張で身震いしたのを思い出す。

私は彼を尊敬していた。彼も私を目にかけてくれていた。

「準備が大切だ。レイ、いつも完全な準備しておけ!」と、よくアドバイスしてくれてた。
 
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リングを降りると、ステージや表彰台に立っているかのようにいつも美しく着飾っていた。

シュガー・レイ・ロビンソンはいつでもとびきりにお洒落な人だった。

それが彼の存在感を高めていた。

彼はバーやクリーニング店、衣料品店など、ニューヨークのハーレムで少しずつ手を広げて、様々なビジネスを展開していた。

彼の、リングの中と外での成功に刺激され、自分ももっと最高になるために、もっと頑張ろうと思った。

ボクサーはエンターテイナーでなければならない、そんな考え方も彼から学んだ。

シュガー・レイが試合をするとき、彼のパンチは、エンターテインメントと興奮を生み出していました。

ボロパンチにしろ、ボディショットにしろ、彼のパンチは速くて、アクセントが効いていて、リズミカルで、見ているだけで楽しい気分にさせてくれた。

だから、みんなシュガー・レイ・ロビンソンの真似をしたんだ。まさに時代の先端を走っていた。


私はプロで40試合、シュガー・レイは200試合以上を戦った。

彼の試合数の多さには、いまさらながら驚くしかない。

彼は偉大なファイターであり、偉大なチャンピオンであるべきだった。彼こそがチャンピオンだった。

そして、シュガー・レイは試合に負けると、より強い強い気持ちで再戦に臨んでいた。

私はロベルト・デュランに負けたことで、多くのことを学んだ。

デュランは、ボクシングの精神面、心理面が肉体と同じくらい重要であることを教えてくれた。

敗北から立ち上がることで真のチャンピオンになったシュガー・レイ・ロビンソンは、私にとって偉大な見本だった。

The Greatest Fighter Ever(シュガー・レイは史上最高のファイターか?)

疑う余地などどこにもない、明らかに史上最高のファイターだ。

彼は万能のファイター、ボクサーの完成形だった。

史上最高なんて、所詮は人が決める主観的なものだと思ってる人がいるかもしれない。しかし、それは大間違いだ。

モハメド・アリが多くの人にとって“The Greatest”であるのは、やってのけた業績からだ。シュガー・レイはリングの中のスタイルがとにかく最高だった。

私に言えるのは、二人と知り合えたことを幸せだったということ、それだけだ。

シュガー・レイ・ロビンソンの試合を見たことがないファンには、まず見て欲しい。

いつも美しく、ときに凶暴で、ときに力に満ち溢れ、どんなときも鋼鉄の精神で戦う姿、彼こそがチャンピオンだった。

彼こそが理想的なチャンピオンだった。

彼のことを一言で表すことなんて到底出来ない。それでもあえて一言で表現するなら“special"、他に並ぶ者などない特別な存在だった。