スポーツは日々進化しています。

その進化は大きく分けて「ギア」と「身体能力」の 二種類です。

「ギア」については、最近ならカーボンプレートをソールに仕込んだ「厚底シューズ」。これまでにもスピードスケートの「スラップスケート」や、競泳の「レイザーレーサー」など、従来の記録を一変させる革命的なギアが登場しました。

ただし、ギアの進化はレイザーレーサーが禁止されたように「どこまで許すか?」の問題です。

カーボンプレートの反発を助力とする「厚底」が許されて、ローラースケート靴が許されない理由は「助力の大きさ」「助力が目に見えてあからさますぎる」からという問題ですね。

野球では従来の球速だけでなく、回転数が重視される新時代を迎えています。回転数の多い150㎞の方が、回転数で劣る160㎞よりもボールが〝垂れず〟に、打者にとっては打ちにくい軌道になるのは当然です。


江川卓や藤川球児の「わかってても打てない、当たらない直球」は回転数が多かったことは明らかですが、それ以前の問題としてコントロールがあります。

「江川さんや藤川くんは意識して高めのボールを投げることができた。大谷くんの速球はそこに行けないからバットに当てられる。いくら速くても打たれるのと同じように、いくら回転数を上げても打者に引きつけて見られてしまう外角や低めのボールはバットに当てられやすい」(桑田真澄)のです。

スピードガンの球速やラプソードの回転数を気にする以前に、しっかりしたコントロールが大切になるのは言うまでもありません。

また、打者からボールの出所が見にくい角度で投げることも数字以上に重要です。
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「今の選手は昔なら誰も通用しません」という落合博満の言葉は、そのまま受け止めることはできませんが、スピードガンの数字を意識する現代の投手が〝数字の呪い〟に取り憑かれていることは明らかで、球速が飛躍的に伸びている原因はトレーニングの進化だけではありません。

もし、金属バットがプロでも導入されると、落合や掛布雅之らが大切にしてきた「素手の感覚」はナンセンスになります。手袋をはめた手でがっちりグリップしてバットを振り回すのが基本になります。

陸上の「厚底」は、その段階に踏み入ってしまっています。近い将来、カーボンプレートの反発助力に依存したメカニクスでしか走れないランナーばかりになるでしょう。

「ギアの奴隷」です。

とはいえ、私の言葉などロマンチックな物語に憧れる幼稚な戯言です。

長野五輪前にスラップスケートが導入されたとき、清水宏保がすぐに採用したのに対して、堀井学は「感覚が狂う」と取り組みが遅れてしまいました。

結果はご存知の通りです。

「真芯に当てないと手が痺れて怪我するっていうなら、真芯にあてりゃいいんだよ。手袋なんてはめると感覚が鈍るだけじゃなく、真芯に当てなくても大丈夫って思っちゃうだろ。だからどんどん下手くそになっちゃうわけ」(落合)なんていう言葉は真剣に聞いてはいけません。

「練習でクッションの厚いグローブを使うのは拳の保護だけじゃなく、練習相手をカットさせたくないから。試合で薄いグローブをはめるのは拳の感覚が正確に伝わるから。レイジェスが拳を痛めやすいというのは嘘で、しっかりナックルで当てれば怪我しない。変なところで当てたら怪我するのはレイジェスもグラントも一緒」(マニー・パッキャオ)というファンタジーと同じです。

落合もパッキャオも実在する妖精です。

あなたが住んでいるのがファンタジーの世界でないなら、絶対に真似してはいけません。 

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学習するのに最強の媒体が「紙」であることは、もはや明白です。

前置きが長くなりました。

最先端の技術がいつも必ず正しい、最も効率的とは限らないという、お話です。

このブログのテーマの一つ「オールドスクールは死なない。消え去りもしない」ということです。

先週、東京大学と日本能率協会マネジメントセンター、NTTデータ研究所が「紙の手帳の脳科学的効用について〜使用するメディアによって記憶力や脳活動に差〜」という研究・実験結果を発表しました。

実験結果をまとめると「スマートフォンなどの電子機器と比較して、紙の手帳を使った方が、記憶の想起に対する脳活動が定量的に活発になることを発見」「教育やビジネスにおいて電子機器が多用される中、記憶力や創造性につながる紙媒体の重要性が明らかになりました」ということです。

具体的には「紙の教科書やノートを使って学習する際には、そこに書かれた音葉の情報だけでなく、紙上の場所や書き込みとの位置関係といった視覚情報などを、同時に関連付けて記憶する連合学習が生じています」ということでした。

「一方、スマホ・タブレット・パソコンといった電子機器では、画面と文字情報との位置関係が一定ではなく、各ページの手がかりが乏しいために空間的な情報を関連付けて関連して記憶することが困難です」。

「このように紙媒体は想起の際の手がかりが豊富であるため、記憶の定着に有利であることに加え、その高い記憶力を元にした新しい思考や創造的な発想に対しても、役立つと言えるでしょう」。

もちろん、新しい思考や創造的な発想とは無縁の、検索作業で膨大なデータを擁するデジタルを使うのは有益です。

考えるのは紙、単純作業はデジタル。棲み分けが正解です。少なくとも若い脳が学習するにあたって、デジタル主役はありえません。


政府がデジタル教科書の導入を急ぐ理由はたった一つしかありません。

すでに巨額の予算を割いて、そこに既得権益が発生しているからだけのことです。

今回の調査結果だけではありません。欧米などデジタル先進国では「新しい思考や創造的発想」が苦手な子供が増えている問題が現実となって噴出しています。

紙の教科書との併用だけでなく、デジタル教科書の役割を当初の予定から思い切って縮小するべきです。

まともな政治判断ができるなら、ですが。