クイーンズベリー・ルールが制定された1867年から、なんと153年もの時間が経ちました。

この長い歴史上、プロボクシングは一度も世界的な統括団体を持てないままです。

20世紀初頭まで、英国貴族のお金持ち倶楽部や、ニューヨーク州などの自治体が興行を統括、世界チャンピオンを承認していました。

英国から米国へ、世界の覇権が移行する時代です。

ニューヨーク州公認、ニューヨークタイムスがオフィシャルの採点を行うというシステムが世界のボクシングを支配しつつありました。

欧州の貧しい人々…もっと直截に言うと欧州に居場所がなくなった人々…貧しいだけでなく、犯罪者や政治的亡命者は米国を目指しました。

アイルランド人、イタリア人、ユダヤ人…故郷を追われた極貧の彼らと、アフリカから強制連行された奴隷の子孫たち。

財産どころか基本的人権も持たない彼らが、裸一貫、一代では何も出来るわけがありません。

はるか彼方の西部で金鉱を掘り当てるにしても、凶悪なマフィアの組織でノシ上がるにも、それなりの時間が必要です。

しかし、欧州を追われた貧乏人でも、肌の黒い奴隷の子孫でも、裸一貫どころかたった二つの拳だけで大統領よりも金持ちになれる職業が、米国にはありました。

ボクシングです。

当たり前の話、彼らが這いつくばって辿り着くのは、東海岸でした。

ニューヨークがボクシングを統括、取り仕切るのは地政学的にも当然でした。
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1890年に太平洋まで制圧した西漸運動、現在のアメリカ合衆国の原形が出来上がったとき、ボクシングも西へ〝伝播〟しました。

しかし、覇権は玄関口を抑えたニューヨークのままです。

ニューヨーク州アスレティック・コミッション(NYSAC)は、米国スポーツ、ボクシングファンにとってネバダ州アスレティック・コミッション(NSAC)に並んで耳慣れた統括団体ですが、その歴史は比べようもありません。

NYSACが設立されたのは1900年、その目的はボクシングを統括することでした。

この「ニューヨーク至上主義」を、〝本家〟英国や、フロンティアに新たに立ち上がった米国の新しい州は当然快く思っていません。

英国の肝いりで、13の州がニューヨークに反旗をひるがえす形で、1920年に立ち上げたのが全米ボクシング協会(NBA)、のちのWBAでした。

NBAは、13の州の統括権(=興行権)はそのままに、世界王者承認という機能だけを担う認定団体でした。

「田舎の州が束になってもニューヨークの覇権に対抗できるわけがない」。

そのはずでした…しかし、思い返してください。

1920年代、画期的なメディア革命が起きます。ラジオの登場です。

そして、40年代にはテレビが続きます。

ポログラウンズやマディソン・スクエア・ガーデン、ヤンキースタジアムで開催される世界タイトルマッチは、全米に生中継される時代になったのです。

ニューヨークの地理的優位性は崩壊、興行収入の柱はゲート収入からテレビ放映権へと大きく転換してゆきます。

また、反社会的勢力とのつながりが濃かったボクシング興行は、ニューヨークのエスタブリッシュメントやニューヨークタイムスにとって「将来の災い」と見られ、積極的な関与を敬遠するようになっていました。

そして、ニューヨークの影響力が完全に消滅した1962年。NBAは世界ボクシング協会(WBA)とその名を変えます。


その後、1968年に内部組織だった評議会(WBC)がWBAに謀反を起こす形で分離独立。

そのWBCが設立されたのは、なんと1963年、WBAはその発足直後から反乱分子を孕んでいたのです。

承認団体は、すべからく腐敗団体です。

もちろん、どんな腐敗団体も誕生してから腐敗するのが順序ですが、ボクシングの団体はさすが、一味違います。

どの団体も、奸計と裏切りから生まれました。つまり、生まれる前から汚濁に塗れていたのです。
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前置きが長くなりました。

腐敗承認団体で、最も新しい世界ボクシング機構(WBO)のお話です。