シャクール・スティーブンソンが、一部メディアが期待する「メイウェザーの後継者」になれるわけがありません。

ボクシングが没落している時代に、24歳の若さで老人のような安全運転しかできないなんて。

今日のスティーブンソンと同じ24歳、同じジュニアライト級のフロイド・メイウェザーが、どれほどの決意で、どれほどボクシングファンを驚嘆させる試合を魅せていたかことか。

桃色はフシ穴の補筆。マネーはドネアや井上は知りませんし、教えられても覚えていません。


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俺の体はヘビー級でもミドル級でもない。実際にはウェルター級でもなかっただろう。それを泣いていたって仕方がない。俺は、5ft 7in= 170㎝の俺が出来ることは全てやり尽くした。リングの中には塵一つの忘れ物も無い。

 
「フロイド式人気解剖学」の授業を選択したにもかかわらず、ここに座っているお前たちはそもそも「人気」が何なのかを考えたこともないのだろう。

まず、根本基本の問題だ。「好き」の反対語は、何だ?わかる奴がいるか?

「好き」の反対語は「嫌い」?

お前らの脳みそには安物の国語辞典しか入ってないのか?

「好き」の反対語は「嫌い」ではない。

「好き」の反対語は「無関心」だ。

「嫌い」は「好き」の反対語ではなく、類義語だ。

そして「好き」の最上級は「大好き」ではない。「大嫌い」だ。

それだけに、味方のはずのESPNから「コアなマニア以外は誰も知らない」と一刀両断された井上尚弥は「大嫌い」と言われるよりも最悪の表現を送られてしまったのだ。

ファンから好かれて、面白いボクシングをしたら人気が出る、なんて大嘘だ。 

ノニト・ドネアはアジア人らしい謙虚な性格で、15年間も面白い試合を提供してきたのに、米国では大きな会場でメインを張ることも出来ず、西海岸にも東海岸にもまともなファンベースを築くことができない。

その原因は米国で関心が払われない軽量級ということだけでなく、アジア人だからだ。ドネアがメキシカンならもっと人気があって、西海岸をホームにしていただろう。

ゲンナディ・ゴロフキンはファンから好かれて、ボクシングも面白い 、しかも文句無しの人気階級ミドル級だ。しかし、彼はカザフスタン人、米国ではその国がどこにあるのか誰も知らない。旧ソ連の国という以外は。
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マニー・パッキャオは軽量級でアジア人なのに、ラスベガスをホームにしてPPVスターになった?パッキャオが ラスベガスをホームにしてPPVスターになったのは、2008年にオスカー・デラホーヤを倒してウェルター級を主戦場にしてからの話だ。

HBOのPPVイベントでAサイドになったのは、2009年のリッキー・ハットン戦からに過ぎない。

リーロ・レジャバを大番狂わせで攻め落としても、所詮は軽量級だ。

マルコ・アントニオ・バレラやエリック・モラレス、ファン・マヌエル・マルケスという軽量級ではありえない実力と人気を誇るメキシカンと何度も戦えたのは幸運だったが、ジュニアライト級以前の彼らとの戦いでパッキャオは1000万ドル以上の報酬を手にしたことは一度もない。

2008年12月7日まで、パッキャオはプロ13年44戦のキャリアで2000万ドル(25億円)以上を稼いでいたが、12月8日の夜にデラホーヤを8ラウンド終了でギブアップさせた試合で最低保障1100万ドル、最終的には2000万ドルを超える報酬を手にした。

たった一晩、たったの8ラウンド、つまり24分間で13年間で稼いだ金を上回る金額を手に入れたんだ。

どうして、こんなことができたのか?

パッキャオがフライ級のままなら絶対にありえないこと、つまり人気階級で人気選手を打ち砕いたからだ。

ドネアは「ライト級まで7階級制覇してPPVスターになりたい」と夢を語っていたが、フィリピーノフラッシュは、どこまでお花畑なんだ?きっと脳みその中までピカピカ点滅してるんだろう。ライト(軽量)級じゃPPVスターなんて無理なんだ。

井上は「パッキャオが見た風景を見たい」「最低でもフェザーでないと(MGMグランドガーデンアリーナでメイン)」と言ったが、ドネア以上の能天気ぶりだ。フェザー級でパッキャオの風景が見えたとしたら、それは幻覚だ。精神病院に行ったほうが良い。


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俺は…シュガー・レイ・レナードに恋い焦がれていた。五輪で金メダル、そして華やかなプロデビューを夢みていたけど、アトランタでずっこけた。

それでも、銅メダル。試合は全米で生中継された。

もちろん、レナードみたいにいかないのはわかってた。俺はフェザー級で銅メダル、ボクシング人気ももモントリオール1976の時代とは全く違う。

それは俺もわかってた。だから、ボブ・アラムが「君の言う通り、レナードの後継者になれる」と軽々しく笑ったときに、この人は信じてはいけないとわかった。

デビュー前にダナ・ホワイトがスポンサーに名乗りを上げてくれたのは大歓迎で、アラムの反対を押し切って受け入れた。ホワイトは五輪だけでなく、俺のアマチュア時代の試合を細かくチェックしてくれていた。

今思えば、たいした金額じゃなかったけど、俺の試合を見て評価してくれていた、そのことが嬉しかったんだ。

20年後にコナー・マクレガー戦を前向きに考えたのは、20年前の恩義と無関係じゃない。

さて、と。デビュー戦。五輪メダリストのデビュー戦だ。思い出したくないな。

ファイトマネーは2500ドルだった。嘘じゃない。

2500万ドルじゃないぜ、25万ドルでも、2万5000ドルでもない。五輪メダリストが3ヶ月以上も過酷な練習して、たったの2500ドルだったんだ。

誰か時給に換算してくれよ。時給1ドルもないんじゃないか?

バーガーキングでパートタイムしてる方が、はるかに効率が良いってことだ。

レナードのデビュー戦は8万ドル+スポンサー収入で15万ドル、20年後の俺はその60分の1、時代と為替を考えたら実質100分の1以下だ。

もう、笑うしかない。笑う気もしないけど、笑うしかない。

「レナードの後継者」と言うと、背の低い小さな俺を見下して、あからさまに嘲笑する奴もいた。

このままじゃいけない、それはわかっていたけど、トップランクの用意したプロモーションやマッチメイクに乗っかるしか、当時の俺には考えることができなかったんだ。 

まあ、…絶望したな。

世界一のプロモーターは的外れなプロモートしかできないし、ボクシングファンは俺の素晴らしいパフォーマンスが理解できない。 

ウェルター級やミドル級のボクサーがチヤホヤされるが、5ft 7in= 170㎝の俺はそこでは戦えない。しかも、レナードの時代とは違って、アメリカ人ではなくメキシカンがやたら重宝される。

体が小さい黒人の俺は、どうしたらいいんだ?…って話だ。 

な、わかるだろう?

そうするしか、ないだろう。

そうするしか、なかったのさ。