昨年は、井上尚弥がノニト・ドネアを振り切り、WBSSバンタム級トーナメント優勝。

IBFとWBA2団体のベルトと、リング誌認定バンタム級王者の座に就いて、世界評価はさらに上昇しました。

60年代末に承認団体が分裂してから、自力での2団体統一は渡辺二郎、井岡一翔、田口良一に続く日本史上4人目の快挙、井上が3団体統一となると史上初です。

2団体時代の渡辺は、事実上のUndisputed Champion、The Championでした。
現状 a Champion の井上がそこに追いつくには4団体のピースをコンプリートしなければなりませんが、現在のバンタム級シーンを見渡すとその可能性は十分期待できます。

そして、パウンド・フォー・パウンド、PFP。

日本のボクシングファンはUndisputed Champion と同じくらいに、井上のPFPにも強烈な関心を寄せているようですが、これは「世界チャンピオン」とは違うリングの外で全てが決まる Mythical Ranking (意味の無い架空のランキング)です。

私が世界のボクシングに引き込まれた80年代後半にはすでにリング誌が、Fighter Of The Year (その年最も活躍が目立ったボクサー)とは違う年間PFPともいうべきBest Fighter Poll のランキングを発表、毎年〝落選〟する日本ボクサーにとって大きな壁となっていました。

80年代以降、団体と階級の増殖に歯止めが利かなくなり「誰が本当に強いのか?」という、スポーツが追い求めるべき本質を蔑ろにするという、異常な状態が続き、妄想であるはずのPFPへの関心は高まっていきます。

もちろん、リングの外での腐敗は戦うボクサーとは一切関係がありません。

承認団体がどれだけ分裂しようが、階級がどれだけ細分化されようが、たった一つのリングで2人のボクサーが拳を交えることは、いつの時代もかわりません。

この腐りきった時代に長谷川穂積や西岡利晃らは「誰が本当に強いのか?」という大命題(本来はアスリートが考える問題ではありません)に、2人は「ラスベガスでのメガファイト」をゴールに定めました。

「ラスベガスのメガファイト」。歴史上、軽量級ではそんなものは一度も存在しなかった蜃気楼、幻覚です。

WBCが差し出す雑魚挑戦者ではない対抗王者を倒すことがラスベガスへのジャンプ台になると考えた長谷川は、米国では想像もできない、興行規模と緊張感をまとった軽量級のビッグファイトを日本武道館で実現しました。

しかし、あの夜、当時の階級最弱王者に勝っていたとしてもラスベガスなどありえませんでした。そもそもが、存在しない〝ツチノコ探し〟なのですから。

そして、西岡は「MGMグランドガーデンでメインイベンター」という、やってはいけない恥ずかしい詭弁を弄してしまいました。〝ツチノコ〟を見つけたと言ってしまったのです。

今でも、少なくない井上信者(少し前なら長谷川や西岡信者)はラスベガスで軽量級のメガファイトと深刻な幻覚症状に陥っています。

彼らが「井上は何十億円のメガファイトでラスベガスに引っ張られるから日本では見れなくなる」とまことしやかに語るのは、もしかしたら彼らの目だけには本当にツチノコが見えているのかもしれません。

私が知らない彼らの妄想ワールドでは、ラスベガスの大会場を舞台にバンタム級のメガファイトが夜な夜な繰り広げられているのでしょう。

…現在のリング誌PFP(電子版)は、キングがカネロ・アルバレス、 2位がワシル・ロマチェンコ、そして井上が3位。

 21世紀になってからも日本人ボクサーにとって、リング誌PFPの扉は分厚く重く、決して開いてくれませんでした。

「日本のジム所属」 という枠まで広げると「年間PFP」とも捉えることができる「BEST FIGHTER POLL」 で、ユーリ・アルバチャコフが1996年に10位に食い込んだことがありました。

また、ローマン・ゴンザレスを帝拳所属と考えると、電子版よりも価値が高いこの BEST FIGHTER POLLで2014年にいきなり4位デビュー。2015年には軽量級史上初のPFPキングに輝き、この玉座を2016年も守りました。

もちろん、ラグビーのブレイブ・ブロッサムズを見るまでもなく、ハイブリッドの多国籍軍は誇り高き日本代表です。

協栄ジムが全キャリアに渡ってプロモートしたアルバチャコフ、帝拳魂を胸に込めたロマゴンもまた日本の誇りであることは間違いありません。

しかし、個人競技の場合…私のように心が狭い人間は、アルバチャコフやロマゴンを日本人だと受け止められない思いもあります。

私にとって、最初にPFPのドアを激しくノックしたのは、長谷川と西岡でした。
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あの日本武道館で、長谷川が圧倒的な下馬評通りに勝利を収めていたなら、PFP10傑入りは間違いありませんでした。

現実には大番狂わせを起こした低評価のフェルナンド・モンティエルがPFP9位に入ったのですから、勝っていれば9位以上のポジションが用意されていたはずです。

そのモンティエルは長谷川戦以上に圧倒的不利のオッズを立てられたPFP6位のドネア戦で、予定通りに破壊されてしまいます。

軽量級では極めて珍しいPFP対決を制したドネアは、この試合でなんとPFP3位まで浮上します。

日本の永遠の最強・ファイティング原田とも日本国内だけで比較された長谷川を粉砕し、号泣させたモンティエルを予告KO通りの2ラウンドで仕留めたドネアの頂は、日本からはあまりに高く、見上げるしかありませんでした。

長谷川が倒れたいま、もはやリング誌PFPの扉が日本人に開かれるときは永遠に訪れないとも思われましたが…。

夜明け前の闇が最も深いーー。

PFPリストに日本人が3人もその名を打ち込み、さらに2人がウェイティングサークルに待ち構えるという、誰も想像ができなかった歓喜の刻が迫っていました。